第7-4話 襲来する魔術師
「ミコちゃん! ミコちゃん! 大変だよ!」
イグニとミコが生徒会室でゆっくりしていると、血相抱えたミルが小脇にリリィを抱きかかえて部屋の中に飛び込んできた。
「どした? そんなに慌ててよ」
「明日から部活動全面的に禁止だって!」
「……マジか?」
ミル会長がそういって、抱えられていたリリィを抱き抱えるとリリィはミルの巨乳に埋もれてもがいた。
「ちょ! ちょっと会長! 離してください! 死んじゃいます!」
「あ、ごめんね」
リリィがそう言って会長から離れると、一息。
「んで、部活禁止って……」
「あのね、さっき公国の国境沿いに魔王軍が来たって。だから、この学校も本腰を入れて対応するんだって」
ミルの言葉に生徒会室が静まり返った。
公国の北にある神聖国が魔王軍に落ちたのが3週間前のことだ。
それから一ヶ月も経たずに公国の防衛戦まで軍がやってくるなんて、誰も想像していなかった。
「イグニ」
「ん?」
生徒会室の上級生同士で話している横で、リリィがぼそりとイグニに語りかけてきた。
「『聖女』様は無事なんでしょうか?」
「ローズか? ローズなら……」
イグニが先日、ローズから来た手紙のことを思い返しながら口を開きかえた瞬間、
どたどたどた!!!
と、先程のミルの足音よりも数段激しい足音を鳴らしてドーン!!! と、勢いよく扉を開けて一人の少女が飛び込んできた。
「久しぶりね! イグニ!!」
そう言って、ローズがイグニのところに飛び込んできた。
そのままイグニはローズの勢いに押されて倒れる……なんてダサいことはしない。
モテたい男はしっかりとローズを優しく抱きしめた。
「王都に戻ってきたんだな、ローズ」
「ええ! 『魔王領』を浄化することができないんだもの! 『聖女』の仕事はしばらくお休みよ!」
イグニがローズから手紙をもらったのはつい一週間ほど前のことだった。
あまり長くなく、簡易的に書かれたその手紙には王国に向かうということがシンプルに記されていた。
「ローズ様。あまり激しく走らないでください。はしたないです」
遅れて、ローズの騎士が入ってくる。
彼女は『聖女』の護衛、“海”のフローリアだ。
神聖国の保有する“極点”だが、『魔王軍』との戦いには参加せず『聖女』を守ることを任されたらしい。
「お久しぶりですね、イグニ様。そちらのエルフは……」
フローリアに見つかったリリィがさっとイグニの後ろに隠れる。
「昨日の敵は今日の友とも言います。ローズ様に手を出さないのであれば、私は何もしませんが」
フローリアはそういって友好的に握手を求めたが、リリィはじぃっとその手を見るだけで何もしなかった。その反応に目をつむって苦笑すると、フローリアは手を引いた。
「ちょっとちょっと! 部外者立ち入り禁止! イグニ君。この人たち誰?」
突然の乱入者にミルがそういって大きな声で断りを入れたが、それにローズが反発。
「部外者じゃないわよ! 私はイグニの婚約者なの!!」
「婚約者? イグニ君の??」
「昔、そうだったんです」
説明が難しいのでイグニはそう言って流したが、ローズがイグニの手を取った。
「でも、小さい時にイグニと私で約束したわ!」
「あ、ああ……。そうだな……」
あれは家の約束ではなく子供同士の約束なので、それを婚約というのかどうかイグニは悩んだ。だが、好かれてるならなんでもいいやと開き直った。
「つまり2人は幼馴染ってことだね」
「確かにそうだわ! 私とイグニは幼馴染なのよ!」
「それなら部外者じゃない……ってことにはならないの!」
ミル会長がそう言って、ローズとフローリアを追い出そうとするがミコが口を開いた。
「でもよ、ミル。サラがここに入ってきてるんだし、別に良くないか?」
「た、確かに……」
納得しちゃうミル。
「よくわからないけど、私はここにいても良いってことね!」
イグニの胸で頬ずりしながらそういうローズと、イグニの後ろから般若の形相でそれを見るリリィ。しかし、その状況を変えたのはフローリアだった。
「いえ、私たちにもするべきことがあります。ローズ様がここに来たのは、イグニ様との顔合わせに過ぎません。さ、行きますよ。ローズ様」
「やだやだ! イグニと一緒にいるの!」
「子供みたいに駄々こねないでください。さ、こっちに」
半ば引っ張られるような形でイグニから離されたローズは露骨にしょんぼりとした顔を浮かべるも、フローリアに何かを耳打ちされてぱっと顔色を変えた。
「ええ、そうね! 今日は顔合わせに過ぎないわ! また会いましょう! イグニ!!」
そして、やけに物分りの良い態度でるんるんと生徒会室を出ていった。
「凄いのが知り合いだな、イグニ」
「ええ、まぁ……。昔はああじゃなかったんですけどね」
と、ミコの問いかけにイグニも困惑した顔で答える。
昔のローズは純粋な女の子だったんだけどなぁ……と、遠い過去に思いを馳せるも、イグニはすぐにその考えを打ち切った。
モテる男というのは女の子の過去にこだわらないのである。
過去に何があろうとも、それを受けいられる男がモテるのだ。
「さっき『聖女』さまが居たんだけど、何かあったの?」
その時、タイミングよくユーリとヴァリア先輩が戻ってきた。
イグニが事の顛末を説明すると、ユーリは納得。
ヴァリア先輩はイグニが『聖女』と知り合いだったことに驚いていた。
「『聖女』さまが来て話が変わっちゃったけど、本題はそっちじゃないよ! 部活動禁止!! こんなのロルモッド始まって以来だよ!」
「仕方ないですわ、会長。事態が事態ですし……」
ミルが腕をぶんぶん振って抗議すると、それを諦めたようにヴァリアが諭した。
元より、ロルモッドは生徒の自主性に重きをおいた教育方針を立てていた。部活動の自由さと、それを管理する生徒会。それは教員が立ち入らず、生徒たちによって管理されている自治そのものである。
ある意味で放任主義とも取れるが、しかしロルモッドは数多くの優秀な魔術師を輩出するという結果で周囲を黙らせた。そのロルモッド魔術学校が部活動の全面禁止。そして、さらには。
「放課後も残っちゃいけないって。授業終わったらすぐに帰れだってさ!」
「……大変なことになってきたな」
ミコがそういって呻く。
「それでは授業の復習や予習を校内でできませんわ」
「そーなんだよ! 先生たちもやることがたくさんあるって言ってさ! こっちの話を全然聞いてくれなくて!」
ミルは怒りを露わにしたまま、息を深く吐き出すと椅子に座った。
「『魔王』に備えなきゃ行けないのは分かるけど、何とかならないのかなぁ」
ミルの呟きは、誰が返すわけでもなく静かに部屋の中へと消えていった。
それに何かを言えるものは、その場にはいなかった。




