第7-3話 変わりゆく日常
しかし、エレノア先生からの答えがモテに繋がっていないことなどイグニは百も承知である。馬鹿だ馬鹿だと思われているが、そこまで流石に馬鹿じゃないのだ!
だが、それでも彼の自信に繋がることに間違いはない。
次に向かったのは生徒会室である。
エレノアとの相談もあって、放課後やや遅れて生徒会に向かったのであいにくと他のメンバーたちは見回りに出ているのか、部屋の中に居たのはミコちゃん先輩だけだった。
「お疲れさまです」
「おう。おつかれ」
ミコちゃん先輩は部屋の中で紅茶を優雅に飲んでいた。
「ユーリたちは見回りですか?」
「ああ! さっき出ていったからな。ちょうど入れ替わりになったんだろうぜ」
「俺たちも行きますか?」
「いや、良い。部活の数が減ってるからな」
ミコちゃん先輩はそう言うと、顎を使って校庭を指した。
イグニがそちらに視線を向ける。
ロルモッド魔術学校の校庭は広い。
それは、数々の模擬戦を行うためでもあるし中規模魔術、大規模魔術の練習を行うためでもある。いつもであれば授業が終わっても、そこには魔術熱心な生徒たちが必死に訓練していただろうし、部活動を行う生徒たちもたくさん見受けられた。
そこをヤバいことをしていないか見回るのがイグニたち生徒会の役割だったのだが……。
「全然人いないですね」
「まぁな。今はもう大半が疎開してるしよ。そりゃ人も減るって」
「うちのクラスも3分の1が疎開しましたよ」
「イグニのとこもか? そうなるだろうな」
「ミコちゃん先輩は逃げないんですか?」
「家族が避難したら、オレも逃げるよ」
ミコちゃん先輩はそう言ってニヤッと笑った。
彼女は孤児院の出身であり、そこにいる子供たちが疎開するまではこの王都に残るのだろう。
「ほんとに来るんですかね。『魔王』」
「“極光”が見つけたんだろ? なら、本当に来るんじゃないか」
「それまでに“極点”たちが倒しそうなもんですけどね」
1ヶ月前、“光の極点”であるルクスが北の果てにてモンスターたちの異常な軍勢とその中央にいる魔法使いを確認した。魔法使いの交戦意志と、領土の進行よりその魔法使いは『魔王』と呼ばれ、国々は一丸となって『魔王』に対抗するべく行動している。
だが、その成果は芳しく無く……人々は誰が言うよりも先に南へ南へと逃げていた。
王都が避難民で溢れたのは、つい2週間前のこと。
しかし、彼らはさらに南へと逃げていった。
王都にいた3割の人間たちとともに。
「そうなったら良いな」
ミコちゃん先輩は、珍しくふっとにこやかに笑った。
それはいつもイグニが見る男勝りの彼女ではなく、頼りになる年上の女性のような微笑みで。
「ミコちゃん先輩。そういう顔もするんですね」
「んだよ? 変なもんでもついてたか?」
「いえ、綺麗でしたよ」
「ばッ! 変なこと言うんじゃねえよ!」
相手を褒める。
こんなものはモテの作法にも入らない基礎の基礎だ。
「調子狂うぜ……。イグニもなんか飲むか?」
「いただきます」
しかし、こうしてミコちゃん先輩と2人きりになるというのも珍しいことだ。
「そういえば、聞いた話なんだけどよ」
「どうしたんですか?」
「『地下監獄』にいる囚人たちを『魔王』にぶつけるって噂があるらしいぜ」
「マジですか?」
『地下監獄』とは地下迷宮を改造して作られた、魔法使いたちの監獄だ。確かにそこにいるのは魔法使い。『魔王』に対抗できる者もいるかもしれない。
「これは美味いぞ」
「ありがとうございます」
イグニはミコちゃん先輩に入れてもらった紅茶を口に含む。
ただ、美味しいと思った。
「イグニは逃げないのか?」
「行く場所が無いですよ、ミコちゃん先輩」
「それはオレも一緒だぜ」
茶菓子を出しながら、ミコちゃん先輩が笑う。
「じゃ、一緒に逃げるか」
あれ? 俺プロポーズされてる??
と、なるのがイグニの良いところでありダメなところである。
イグニはぐっとそれを飲み込んで、静かに笑って答えた。
「そういうのも良いですね」
「だろ? でも、ま……案外、お前が倒したりしてな」
「何をです?」
「『魔王』」
ミコちゃん先輩の言葉に、イグニは思わず片眉を上げると……ふと、気になったことを尋ねた。
「倒したら、モテますかね?」
「ふうん? お前も意外とそういう冗談言うんだな」
ミコちゃん先輩がからからと笑う。
ちなみにイグニは冗談でもなんでもなく、大真面目に聞いた。
「そりゃ、イグニ。モテるぜ」
「モテますか」
「昔の勇者伝説を知ってるか?」
「知ってますよ」
勇者が魔王を倒したというあれだろうか。
それくらい、流石にイグニでも知っていた。
「その後、『勇者』が『魔王』を倒した後の話なんだけどよ。『勇者』には心に決めた女がいたわけだ」
「ルディエラ姫ですよね?」
「おう。だからよ、『勇者』とお姫様は仲良く暮らしました……と、行きたい所なんだが、そうは行かなかったらしいんだ」
「え? そうなんですか?」
「自分もお姫様のおこぼれに預かりたいと城の中じゃ『勇者』にちょっかいかける女ばかりになったんだとよ」
そマ?
と、言わんばかりにイグニが目を丸くするとミコちゃん先輩が続けた。
「でも、『勇者』はそんな連中には目もくれずにお姫様一筋だったみたいだぜ」
「そんな話が……!」
初めて聞く『勇者』の話にイグニは息を飲んだ。
正直言って、『勇者』の話は色々と尾ひれがついており何が正しくて何が間違っているのか、分かったものじゃない。
だが、ミコちゃん先輩の話は説得力があった。
というか、モテの極意その1が、“強い男はモテる”である。
ならば、『魔王』を倒した『勇者』がモテるのも必然……ッ!!
ということは、俺はこのままの路線でも大丈夫なのか……!?
と、アイデンティティクライシスを脱出しそうになるイグニ。
「けど、ミコちゃん先輩。詳しい話知ってますね。俺、そんな話聞いたこと無かったですよ」
「オレ、好きなんだよ。こういう話」
「勇者の話ですか?」
「あ、ああ。まぁな」
ミコちゃん先輩は顔を赤くしながら頷いた。
実際に彼女が好きなのは王宮を舞台にしたロマンス物だが、あいにくとイグニはそんなことなど露知らず。
ふと、思い出したことを尋ねた。
「あ、そうだ。ミコちゃん先輩に聞きたいことがあったんです」
「ん?」
彼女は照れ隠しでもするように紅茶を口に運ぶ。
「俺のこと、好きですか? 嫌いですか?」
「げほっ! げほっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
思いっきりむせたミコちゃん先輩にイグニは近寄る。
そんなことになるとは思ってなかった。
「あ、ああ。大丈夫だけどよ……。変なこと聞いてくんな」
彼女は顔を真っ赤にしながら、手で口元を隠す。
そして、しばらく考え込んで……余計に顔を赤くした。
「……好感度チェックか?」
「はい。嫌われてないかなって心配して……」
嘘もここに極まっているが、これからの自分の人生のことである。
イグニは心の中でミコちゃん先輩に謝りながら、そう言うと。
「そ、そりゃ……好きだぜ。イグニのことは」
「ありがとうございます!!」
イグニは思いっきり頭を下げる。
若干言わせた気もしないこともないが、可愛い先輩から好きと言われて喜ばない男なんていないのだ。




