第6-32話 魔法使いと魔術師
イグニはフレイの魔術を見る。
だが、そこには一切の油断はない。
彼は今のフレイを、今までのフレイだとは思っていないからだ。
「……なんとも言えねぇな」
フレイが強さに拘っているということに気がついたのは、フレイがどこまでも選民思想に溺れていることに気がついたのは、イグニが家から追放される時になってだった。それまでは、普通のやつだと思っていた。
どこにでもいる、普通の子供だと。
「……その先が、これか」
蔑んでいたイグニに負けたからだろうか、それとも実家で何かがあったからだろうか。
イグニには、フレイのことなど何も分からない。
ただ、魔術師として人を襲う魔術師を捕らえる。
それだけだ。
「……ッ!」
フレイの中で魔力が熾る。
同時にイグニが上体を捻ると、そこを極彩色の刃が突き抜けた。
無詠唱かつ、全くロスのない魔術。
まともな魔術師として、その領域にたどり着くのに一体どれだけの技量と時間が必要となるだろう。
フレイの魔術が直撃したイグニの後ろにあった家屋がバラバラに砕け散る。
その瓦礫を避けるようにイグニは直上に飛ぶと、真下にいるフレイに照準を構えた。
「『装焔:極小化』ッ!」
分子レベルで小さく展開された『ファイアボール』は、お互いに擦り合わされ負の電荷を帯びる。ならば、自然に生じたそのロスを埋めるように電子が流れて、
「『落雷』ッ!!」
ズドッッ!!
晴天の中に、一筋の雷が落ちる。
だが、フレイの直上に生み出される虹の色をした膜がその攻撃を受け流した。
「見たことない魔術だな!」
フレイの生み出した魔術だろうか、それとも『今』だからこそ手に入れることのできた魔術だろうか。少なくとも、一つの落雷を防ぎ切ることの出来る防御魔術はかなりの高位魔術に該当する。
イグニはフレイを見ながら息を吐き出す。
フレイはイグニを虚ろな目で捕らえ続けている。
両者の視線が絡み合う。
目標変更は上手く行ったのだろう。
フレイは後ろに隠れているエスティアに目を向けることなどしない。
ただ、イグニだけを見つめている。
イグニは『ファイアボール』を展開すると、魔力を回した。
「『装焔:極光』」
それは、光と同じ初速を与えられて放たれる『ファイアボール』。
もはや、『火球』と表現するよりも『熱線』と表現する方が正しいといえるその『ファイアボール』をイグニはフレイに向かって放った。
「『発射』」
フレイはイグニの詠唱よりわずかに先に地面を蹴ったが、光の速度から逃れられるはずもなく両足を貫かれて地面に転がった。
「これには対処できないのか」
イグニはひとつひとつを確かめる。
今のフレイは何を防ぐのか、どんな攻撃を仕掛けてくるのか。
それこそが、彼我の戦力分析。
「エスティア! 捕獲魔術は使えるか!?」
「は、はい! いけます」
「さっさとフレイを捕まえて、学校に持っていこう」
「そ、そんなことしても良いんですか?」
「そうしないと、助からないだろ」
こうなった理由がどこにあるのかは分からないが、とにかく困ったことに対する対処はロルモッド魔術学校に丸投げしておいても損はない。
それに教師陣もフレイのことは探しているだろう。
イグニはエスティアに教師を呼んできてもらうように頼んでおいた方が良かったか、という考えが少し脳裏によぎった。
だが、それは既におそすぎる選択肢だ。
だから、さっさとフレイを戦闘不能にして拘束してしまえば――。
そんなことを考えながら、イグニがフレイを見ると両足を貫かれたフレイの身体を光の繭が包んで、全身を再生しているとこだった。
「そういえばそんなのあったな……」
ルクスの生み出した逃亡魔術の効果をすっかり忘れていたイグニはため息にも似た声をもらした。
「俺が一番、強いんだ」
フレイの口がそう動く。
今までのやり取りを否定するかのように、そう呟いた。
「……それで良いのかよ、お前は」
言葉が通じるわけも無いと思いながら、イグニはそう語りかけた。
「そんなのが、強さなのかよ」
フレイからの返答はない。
イグニもそんなものを求めていない。
「……なんでお前が魔法に至れないのか、俺は分かったよ」
イグニはフレイを見る。
二人きりの大通りを上から月が、少し離れたところからエスティアが見つめている。
学生にして二つの魔法に手を伸ばした魔法使いは、フレイの手を伸ばした先があまりににも場違いであることを、見抜いた。
「魔法ってのは、狂信の先にある。自分には出来るという妄執、いや既に出来ているという思い込みが、魔法に届かせる」
フレイは何も言わない。
「……お前。自分を信じなかったな」
それは、多くの魔術師が陥る罠である。
自分と上位の魔術師を比較し、あるいは魔法使いと比較して自分の才能に見切りをつけてしまう魔術師のなんと多いことだろうか。
そして、見切りをつけた魔術師たちの禁術や強化魔術に頼ることのなんと多いことだろうか。
しかし、それでは魔法に至れない。
神と同じ領域の御業を持って、神の威厳を踏みにじるその技法に手を伸ばすには『出来て当たり前』という思考の転換が必要なのだ。
イグニは、それができた。
ルクスとたった二人という修行がそうさせた。
『術式極化型』という自分の体質が、そこまで引っ張り上げてくれると心の底から信じることができた。
だからこそ、その領域に手を伸ばした。
「時間のロスなく身体を修復させる魔術は」
イグニの手元に生み出されるのは『小宇宙』。
「止まった時間の中なら、効果を持たねえだろ」
そして、全ての“時”が止まった。
いや、違う。
その中で、イグニとエスティアの二人だけは動くことを許される。
まったくの無音になった世界の中で、イグニはエスティアを呼び出した。
「エスティア、来てくれ」
「えっ!? こ、これって、どうなってるんですか!?」
「詳しい説明はあとだ。フレイを、捕まえて欲しい」
「は、はい!」
エスティアの魔術によって、フレイが闇の沼に沈みこんでいく。
さらっとミルと同じ魔術を使っていることに、イグニはエスティアの魔術適性の高さを見た。
「あ、お兄ちゃん。血が」
「ん? ああ、これくらいなら」
エスティアがそういってイグニの頬を指差したので、イグニがそれを手で拭う。
だが、それはどす黒く蠢いており、イグニの知っている血ではなかった。
「…………これは」
それは、人の澱みだった。




