第6-31話 続戦と魔術師
結局、イグニはエスティア家で夕食をご馳走になって、家を後にした。そこまで残るのは迷惑かとも思ったのだが、家族みんながノリノリでイグニを引き留めようとするので、イグニもそれに乗っかったのだ。
「……今日は、ありがとう」
「いや、こちらこそ」
大通りまでエスティアが見送ってくれるということで、イグニたちは夜道の中を歩いていた。
かなり暗いので、イグニとしては見送りは不必要だと思ったのだが、エスティアがどうしても言うので、そのまま流されたのである。
「明日は、学校休みだっけ?」
「ああ、そうだよ」
グレゴリーたちの後処理もあるので、学校は休みだ。
『対抗戦』がどうなるのかという話も行われるのだろう。
恐らくは日を改めてやるのだろうが、襲撃が起きた時に試合中だった生徒たちの処遇も含めて話し合われるはずである。そこに、生徒会が絡む余地はない。全て教職員たちで行われるのだ。
そのため、珍しくイグニは翌日が休日。
羽目も外せるので、ユーリとどこかに行こうかと考えていたのである。
「じゃあ、次に会えるのは明後日だね。お兄ちゃん」
ずっとイグニをそう呼ぶタイミングを見計らっていたのだろう。
大通りに差し掛かろうとした瞬間に、エスティアがそっとイグニを呼んだ。
「……だな」
イグニはカッコつけてそう応えるので精一杯。
やっぱり同級生からお兄ちゃんと呼ばれるのには犯罪的な何かがある……ッ!
と、イグニが一人で盛り上がっていた時、ふとエスティアがあることに気がついた。
「……あれ? 暗いね」
大通りが、暗いのだ。
普段なら、魔導具によって夜でも煌々と照らされている街だが、今日は全ての魔導具が壊れてしまったかのように灯りが無い。
それだけではなく、普段そこを歩いている仕事帰りの男たちや冒険者たちも一人としていない。
「……みんな、家に帰ってるのかな?」
「エスティア。危ないから、家まで送るよ」
イグニの優れた聴覚が、遠くの方から人の悲鳴を聞き取った。
そして、その悲鳴が一つではないことと、こちらに向かってくるというところまで。
「え、で、でも。私がお兄ちゃんの見送りで……」
エスティアが言いかけている途中で、イグニはエスティアを抱きかかえて跳躍。
遅れて、そこに光の槍が突き刺さる。
「……随分と早い到着だな」
イグニは攻撃してきた魔術師にそう語りかける。
だが、魔術師は何も言わない。幽鬼のようにふらりと芯もなく見える身体の動きとともに、イグニとエスティアを虚ろな眼窩で見つめる。
「通り魔が誰かと思ったら、お前か。フレイ」
イグニはそう言って、通り魔を見た。
夜闇の中、月明かりだけが頼りだが二年間、『魔王領』の中で鍛え上げられたイグニの夜目は、簡単に通り魔の顔を暴く。
そこにいたのは、虚ろな目をしたフレイだった。
「そういえば途中から姿が見えないと思ってたら……こんなことになってたのかよ」
フレイは語りかけるイグニに、ただ無言で視線をあわせて……そして、魔術を放った。
「……大した精度だな、おいッ!」
魔術の熾りを見ているイグニは驚愕しながらも回避。地面を極彩色の刃が駆け抜けると、露天に直撃。木っ端微塵に破壊する。
明らかに、魔術の精度が上がっている。
今までのフレイにあった魔力が熾ってから発動までの時間が短くなっているのだ。
それこそ、“極点”クラスに匹敵するほどに。
「お、お兄ちゃん。あれって!?」
「フレイだ。どこかでなんかの魔術にかかったんだろうな」
イグニはフレイの後方に着地して、そう言った。
彼はルクスのように鑑定魔術を持っているわけではないので、フレイの詳しい状況を理解することは出来なかったが、それでも推測することはできる。
「……洗脳魔術か、それとも取り憑かれたか」
そういう魔術があるということを、イグニはルクスから聞いていた。
だが、あまりに希少すぎて、そんな魔術師はほとんどいないとも。
「まぁ、どっちにしろろくな状態じゃねえな」
イグニはそう言うと、目の前に『ファイアボール』を展開。
「『装焔』」
ぎゅん、とイグニの『ファイアボール』に魔力が込められる。
「『発射』ッ!」
イグニの詠唱とともに放たれた『ファイアボール』が、フレイの直前で光を散らされ消えていく。
「魔力散乱……。無詠唱か」
それは、フレイの持っている魔術。
イグニも『大会』で見た魔術だ。
だが、彼にはそれを無詠唱で行うだけの技量はまだない。
それは、戦ったイグニがよく知っていた。
「……俺が、一番」
フレイの口が動く。
「強い、んだ」
「……ああ、そういうことかよ」
そして、イグニは何が起きたのかを理解した。
理解して、しまった。
「どうしたの?」
「いや、分かった。どうして、ああなったのかを」
「……本当に?」
「自分が強くなるために、魂を売り渡したんだろうさ。それで、あんなことになった」
「…………」
エスティアは静かにフレイを見る。
かつて、『黄金の世代』と呼ばれた中でも異彩を放っていた魔術師を。
「何の魔術なのか、どんな儀式をしたのか……。そこまで、詳しいことは知らねえけど、何かの代償で心を奪われたって感じか」
「そ、それで他の魔術師を?」
「理性を無くしたのかもな」
「……え?」
「自分が強いと認めてもらいたいだけ、なのかもな」
エスティアはそれに何も言わなかった。
ただ、ゆらりとイグニたちを振り返ったフレイを見て、
「……どう、するんですか」
ただ、そう聞いた。
「止めるよ」
当たり前のように、イグニはそういった。
それは、彼自身が狙われているからではない。
フレイは、大通りからエスティア宅に向かって動いていた。
恐らく、エスティアとイグニという二人の魔術師が居たからだろうと、イグニは推測する。
だが、もしイグニとエスティアがそのままフレイを撒いたとしたらどうなるか。
次に狙われるのは誰なのか。
それは、リタではないのか。
エスティアの妹である彼女には、間違いなく魔術師としての才能があった。
それこそ、ロルモッドに入れるだけの実力だ。
そして、狙われたらどうなるのか。
狙われた後にどうなるのか。
イグニはそこまで知らないが、それでも女の子が痛い目に合うかも知れないという状況で、彼はそれを黙って見過ごせない。
「エスティアは、離れててくれ」
そして、エスティアを離すと夜闇に溶け込むようにして『対抗戦』の続きと相成った。




