第6-30話 家族と魔術師
「もー! だから言ったじゃん!」
「で、でもエスティアが本当に男の子の友達作ってくるなんて……」
エスティアの母親はイグニをみながら、あわあわと取り乱している。
こう見ると、やっぱり親子なんだなとイグニは納得した。
「あ、あの。はじめまして。エスティアの母です。いつもエスティアがお世話になっております……」
「いえ、こちらこそ。いつもエスティアさんにはお世話になっております」
貴族時代に培った礼儀をここぞとばかりに押し出していく。
マナーの無い男がモテる場合もあるが、今回はどう考えてもそこには該当しない。
イグニが礼儀正しく頭を下げると、エスティアの母は完全にテンパっていた。
「どっ、どうしよ。お菓子とかなんにも買ってないよ!?」
「大丈夫だから! こっちでなんとかするから!」
「そ、そう? なら……」
エスティアに押し切られるように、エスティアの母は落とした手荷物を拾い上げて、あたふたとしながら別室に向かっていった。その後を追いかけるようにして、リタが部屋を後にする。
こうして、予期せずイグニたちは部屋の中に2人きりになった。
「ご、ごめんね。お母さんが……」
「良いお母さんだな」
「そ、そうかな?」
「ああ。エスティアたちのことが大好きなんだってことが伝わってきたよ」
イグニがそう言うと、エスティアはくすぐったそうに笑った。
「それにしても、今日はこんな時間に帰ってくるなんて……。いつもはもっと遅いのに」
「そうなのか?」
「うん。いっつもはね、日が沈んでから帰ってくることもあるんだ。一番下の子が寝た後に帰ってくることも結構あるよ」
「それまではエスティアがみんなの面倒を?」
「うん。でも、リタも下の子の面倒を見てくれるから」
「……下の子を見ながら、首席になるなんて凄いな」
「う、運だよ。たまたま……ね」
エリーナが聞いたらぶっ倒れそうだな、とイグニはふと思った。
エスティアは自分の成績の話をされるのが恥ずかしいのか、小さく咳払いをすると話題を変えた。
「それにしても、王都が危ないってどういうことだろうね?」
「さっきエスティアのお母さんが言ってたやつだよな」
「う、うん。私たちは何も聞いてないよね?」
「特に学校で言われてはないけどな……」
エスティアの家は王都の外れにある。
なので、情報の伝達が遅いというのがあるかも知れないが、先程まで学校に居たのに『王都が危ない』などという話は聞いていないのだ。
それも、先に帰ったエスティアたちならまだしも、イグニは生徒会として後処理を行っていた。何かあるなら、その時に聞いてもおかしくなさそうなのだが。
「どういうことか、ちゃんとお母さんに聞いてみた方が良いかも」
「そうだな。何があったのか、教えてもらうことができるなら……」
エスティアが母親を探しに行こうと部屋の扉を開けた瞬間、そこからどっと姉妹たちが流れ込んできた。
「うわっ! あ、やば!」
真っ先にそう言ったのは、リタ。だが、彼女は双子の三女四女たちの下敷きになって、身動きができない。その横を五女の子がとたとたと歩いてイグニのところにやってくると、イグニの膝の上に座った。
「お、おう?」
「イグニ、遊ぼ」
「あ、ああ。良いけど……」
その手にはいくつもおもちゃが握られていた。
しかも、イグニの上に座っているので完全に逃げ道を塞がれた形になる。
策士……ッ!
と、イグニは自分の上に座ったまだ3歳か4歳に見える子を見ながら、そう思った。
「何してるの?」
静かにエスティアがリタに問う。
明らかに冷や汗をたらしながら、リタはしどろもどろになって言い訳を紡いでいた。
「い、いや。その……。お菓子を、そう! お菓子をいつ持っていこうかなって……」
「それって、部屋の前にみんなで固まってするようなことなの?」
「……そ、それは…………」
なるほど、エスティアは怒るときは淡々と詰め寄っていく感じなんだ……と、新発見。
イグニの周りには感情豊かな人しかいないので、怒るときも感情豊かに怒る。
こうして静かに怒っている人を見るのは、初めてかも知れないとイグニは思った。
「ご、ごめんなさい……」
そして、観念したかのようにリタが謝った。
リタの上に座り込むようにしていた三女と四女の双子も、ぺこりと頭を下げる。
「みんなー。何してるの?」
そこにエスティアの母までやってきて、場はさらに混乱を極める……と、思ったが、エスティアの母はその光景には一切触れず、イグニに尋ねてきた。
「イグニくん。晩ごはんは食べていく?」
「いえ、お気遣いなく。それまでには、帰りますから」
「そう? でも、これからしばらく外に出るのは危ないって」
「……何があったんですか?」
もしかして吸血鬼の内の一体が逃げ出したのだろうか?
いや、だとしたらもっと厳重な警戒が敷かれているか。
イグニは不思議に思いながら、そう聞くと、
「なんかね、無差別に魔術師の人が襲われてるんだって。しかも、ついさっきから」
「「魔術師が、襲われてる?」」
イグニとエスティアが同時に目を合わせて、首を傾げた。
どういうことだろうか。そんな話は聞いていないが。
「通り魔みたいな感じって聞いたけど……。私は魔術師じゃないから、すぐに帰れたんだけど、職場の魔術師の人には騎士団の人がついてたわ」
……騎士団が?
イグニの目つきが変わる。
騎士団が魔術師につくなど、よっぽどのことだ。
少なくとも、ただの通り魔ごときでそうなるとは限らない。
「襲ってくる人の見た目は分かってるの?」
エスティアが母親にそう聞くと、
「なんかね、金髪で【光】属性を使ってくるらしいよ」
と、そういった。
だが、あいにくとその情報だけでは何も得られない。
王都には金髪で【光】属性を使う魔術師などありふれているからだ。
「2人とも、学校で何か聞いてない?」
「ううん」
「聞いてないです」
「んー。そっかぁ」
エスティアの母親がそういうと、未だに双子に下敷きにされているリタが口を開いた。
「母さん! イグニさんは強いんだから、そんなやつが来ても返り討ちにするって!」
「そ、そうだね。確かにイグニさんなら……」
エスティアもそれに乗っかってイグニを見つめる。
イグニは安心させるように、大きく頷いた。
「大丈夫ですよ、俺は強いですから」
「そうだよ! イグニさんは前の『大会』でも優勝してるんだから!」
リタのその言葉を聞いた時、ふとフレイも金髪で【光】属性の魔術師だったな……と、そんなことを考えた。
しばらく感想返信できないです。




