第6-29話 妹と魔術師
『イグニよ』
『どうしたのじいちゃん』
『妹は……良いぞ』
『急にどうしたの』
『妹は……良いぞ……』
やけにしたり顔でそういう祖父にイグニは首を傾げた。
『いや、妹でしょ? そんなに良いもんなの?』
『……うむ。家族という血縁の中に生まれる禁忌……ッ! しかし人は禁止されると盛り上がる……! やってはダメ、というものであればあるほど盛り上がるのだ……ッ!』
『うーん。でも、血が繋がってるからなぁ……』
『甘いッ!』
イグニの愚痴っぽい呟きに、ルクスが叫んだ。
『血が繋がってるだけが家族ではないぞッ! イグニ!』
『え、そうなの!?』
『魂が呼応するのなら……それは、家族だ……ッ!』
『……た、魂が』
イグニは、ルクスの言う言葉を繰り返した。
『じゃ、じゃあ魂が呼応しなかったら家族じゃないの……?』
『そうじゃ……ッ! 生まれおちただけで家族になれると思うなッ! 家族とは一つのコミュニティ、ならばそれを存続させるための持続努力はあって当然……ッ!』
『おお……っ!』
ルクスの言葉に感激するイグニ。
『つまり、ワシが追い出されたのも、お前が追い出されたのも家族ではなかったということ……ッ!』
『そ、そういうことか……ッ!』
『そして、家族の縁を切ったということは、新しく家族になれるということもあるということだ……ッ!』
『あ、新しく……家族……ッ!?』
おぼろげに、本当におぼろげだがイグニの中で何かが掴めそうなほど固まりつつあった。
『妹とは……ッ! 血が繋がっているものだけではないということだ……ッ!!』
『そ、そんな……ッ! そ、それって義妹ってコト……ッ!?』
『そういうこともあるだろう。だが、この世の中……思わぬ出来事が転がっているのだ……ッ!』
『お、思わぬ……』
『義妹でもなく、血縁関係者でもなく……妹ができることが』
『そ、そんなことが…………?』
ルクスの語ったのは、イグニにとって幻想にも思えた出来事だったが、しかしどうにも現実味を帯びているようだった。
『イグニ』
そして、ルクスはイグニを見た。
『妹は良いぞ』
―――――――――――――
……そ、そういうことだったのか…………ッ!
イグニは熱暴走でぶっ壊れた脳みそがゆっくりと冷えるに連れて、正気を取り戻していた。いや、正気とはなんなのだろうか? 同級生から「お兄ちゃん」と呼ばれたことをおかしいと思うことだろうか。
不要……ッ!
そんな正気は不必要……ッ!
最初、何を言われたのか分からなかった……ッ!
だが、現実に……目の前で女の子から『お兄ちゃん』と呼ばれた瞬間……!
それを理解した瞬間、胸の中で何かが弾けたのだ……ッ!
それが、本物でなくてなんなのだ……ッ!
これを掴まなくてどうするのだ……ッ!!
かくて、イグニは正気を捨てた。
まぁ、元から無いようなものではあったが。
「い、イグニさん……?」
エスティアはイグニを見ながら、顔を真っ赤にしたままだった。
彼女はイグニに尋ねたことの答えを待っているのだ。
故に、イグニは口を開いた。
答えねばなるまい……ッ!
いや、答える必要があるのかどうかも不明だ……ッ!
二人きりの時に自分のことを兄と呼んで良いのかなど……っ!
それを断る男など……いるのだろうか……ッ!
いや、いない…………ッ!
「良いぞ」
「ほ、本当に!? やった!」
ぴょん、と小さくエスティアが跳ねる。可愛い。
そして、イグニを見ながらゆっくりと、小さくその可愛らしい唇で言葉を紡ぐ。
「お、お兄ちゃん……っ!」
かっっっ!?!?!?!??
イグニは語彙を失った脳みその中、唯一まともに動く魂を持って、ルクスに叫んだ。
分かった……ッ!
分かったぜ、じいちゃん……ッ!!
これが……妹の良さ…………ッ!
しかも、同級生からそう呼ばれることは禁忌にも近い……ッ!
なるほど……禁止されれば盛り上がる……ッ!!
そういうことか……ッ!!
イグニは震えた。
震えながら、一緒にエスティアと彼女の家に向かった。
「お姉ちゃん、おかえり……って、その人!」
「うわっ! イグニだ! イグニが来た!!」
どたどた……と、エスティアを玄関まで迎えにきた双子はイグニを見るなり家の奥に入っていく。
「リタちゃーん! イグニが来たよ!」
「お姉ちゃんが連れてきたよ!」
「え、マジ!?」
そして、家の奥からは次女の慌てた声が聞こえてくる。
「うわっ。こんな格好イグニさんに見せられないよ。ヤバ……」
声が大きいので玄関にいるイグニにまで次女の声が聞こえてくる。
それを聞きながら、イグニとエスティアは苦笑い。
「ちょっと片付けるから待っててね。お兄ちゃん」
エスティアは小声でそっとイグニに囁いて、家に上がった。しばらく待っていると、すぐにエスティアが戻ってきた。
「上がって」
「お邪魔します」
イグニは彼女の家に上がらせてもらう。
二度目となるエスティアの家だ。
アリシア、エリーナと女の子の家に遊びに行ったことはあるが二人とも実家が金持ちで屋敷と城が家なので、あんまり落ち着かなかったが、エスティアの家はいい意味で落ち着きがあった。
「イグニさん。何飲む?」
「何でも良いよ」
「うん、わかった」
ノリノリでエスティアがお茶を入れる。
その間に、ガチガチになったリタがやってきた。
「いっ、イグニさん」
「どうした?」
「あ、あの! 魔術を教えてくださいっす!」
「魔術を? ああ、良いぞ」
女性から助けを求められたら絶対に応えるイグニは、それに頷いた。
「けど、俺は『ファイアボール』しか使えないけどな」
「だ、大丈夫っす! イグニさんの『ファイアボール』は特別っすから!」
そういって拳を握りしめるリタの間にエスティアがぎゅっと割り込むと、イグニに紅茶を差し出した。
「イグニさん。どうぞ」
「あ、ありがとう。エスティア」
急に自分の姉が目の前に入ってきたことに驚いて、リタは目を白黒させる。
「リタもなにか飲む?」
「い、いや。いらない……」
エスティアから何か圧のようなものを感じ取ってリタが引いた瞬間、玄関からガチャガチャと音がした。
「ん? 誰だろう」
エスティアは不思議そうに首を傾げて、玄関に向かう。
イグニは紅茶を一口飲みながらそれを見守っていると、
「ただいまー! 今日はちょっと早く終わっちゃった!」
「お、お母さん!? 今日は早かったね」
「そーなの。なんかね、王都がいま危ないからってさっさと帰らされたの」
……ん? お母さん?
イグニはエスティアの家にやってきた本当の目的をふと思い出した。
「あ、そうだ。お母さん。と、友達がいま来てるから」
「友達? ああ、イグニさん?」
「そ、そうだよ」
親子が会話をしながらリビングにやってきた。
室内に入ってきたエスティアの母親は、エスティアによく似ていた。
そんな彼女はイグニを見て、硬直したまま手に持っていた荷物を落とした。
「お、お母さん? どうしたの!?」
「……お」
「お?」
「男の子だったの!?」
え、そこから!?
ありがたいことに200話到達です




