第6-21話 侵入者と魔術師
「クレーヌ。見ろ、あれが王国の持っている暗部だ」
「なにそれ?」
王都の端。
クレーヌが歓声のする方を見てみれば、そこには巨大な建築物がある。
王都の中心にある城の隣にそびえ立つようにして、建っている複数の塔のような建築物は、全てがロルモッド魔術学校の建築物である。
「王国が周りの国に隠しているものだ。暴かれたくないものがあそこにはあるのさ」
「悪いことをしているの?」
「そうだとも」
全身を燕尾服に包んだグレゴリーはそう言って、大きく頷いた。
「周りの国々にいい面をしているようだが、あそこでやっているのはろくでもない研究ばかりだ」
「じゃあ、グレゴリーはあれを壊すのね!」
「いや。奪う」
「獲っちゃうの? 大丈夫?」
「大丈夫だ。『魔王』が絶対の災厄であるように、悪には悪でしか立ち向かえないんだよ。クレーヌ」
「ふうん」
彼女は興味なさそうに、退屈そうなため息をついた。
「まぁ、良い。お前には難しい話だったな。行くぞ、クレーヌ」
「うん」
「始めてくれ」
刹那、二人の姿が消える。
先程までその場にいた痕跡は残っている。
だが、もし彼らを見ている者が居たとしても彼らがどこに向かったのかが分かる者は居ないだろう。
次に彼らが姿を表したのは、ロルモッド魔術学校の地下深くに広がる研究所の中だった。
「ねぇ、グレゴリー。次はどこに行けばいいの?」
「俺の側にいろ」
「うん」
ゴシックに身を包んだ少女はそう言って深く頷いた。
グレゴリーは研究所の中を物色しながら歩いていく。道中にかかっているプレートを見ながら、グレゴリーは静かに1つ答えを見つけた。
「……ここだ」
研究所の扉に手を触れると、ガチりと音を立てて鍵が開く。特定の魔力の流れでしか開かない魔力錠なのだが、グレゴリーに取っては簡単な錠である。
そもそも、ロルモッド魔術学校のセキュリティは、地下に入るまでに厳重なものが敷かれており、研究所の中に入ってからは簡単なものしかない。それは、絶対に中には入れないという慢心の現れだろう。
グレゴリーは中に入ると、中を物色し1枚の図面を見つけた。
「……これだ」
「なにそれ」
「禁術だ」
「錬金術のこと?」
「……クレーヌ。お前は、馬鹿だな。禁術っていうのは、多くの命を犠牲にして成り立つ魔術のことだ。こいつの研究も、使用もどこの国でも禁じてる。だから、禁術なんだよ」
「え!? おかしいよ。だって、禁止されてるならこんなところにないはずでしょ」
「馬鹿。そんなものは建前なんだよ。どこの国だって裏じゃ研究してる。ここでもそうだ」
「それって……嘘つきってこと?」
「そうだ」
グレゴリーが見つけたのは大きな魔術陣。
美しい幾何学模様を織りなしているそれは、『魔王』を討伐するために必要な研究である。
「グレゴリーはそれが欲しかったの?」
「ああ」
「じゃあ、グレゴリーは人殺しになっちゃうの?」
「……クレーヌ。よく聞け」
グレゴリーは魔術陣を脳に刻み込みながら、隣に立っている少女に語りかける。
「何もしなければ、1000人が死ぬ。でも、100人死ぬだけで残りの900人が助かるなら、お前はどうする」
「え? んー。うーん……」
クレーヌが考え込んでいる間に、グレゴリーは図面を全て暗記し終える。
そして、更には念を入れて小さく詠唱。闇の塊が現れると図面を覆っていく。
しばらく、闇の塊に焼き付くような焦げの線が走ると、グレゴリーは図面を手放した。
「さて、戻るぞ。こんなところに長居は出来ない」
「あのね。グレゴリー、私考えたんだけど」
「話は後で聞く。帰るぞ」
「う、うん」
クレーヌが頷いて、魔術を発動した瞬間。
2人の身体が地面に叩きつけられた。
「あれ? 2人もいたんだ〜。いらっしゃ〜い」
「なんだ? おい、クレーヌ。大丈夫か!?」
「んー。大丈夫だと思うよ〜」
気の抜けたような返事。
グレゴリーが慌てて周囲を確認すると、どこかの建物の中にいることが伺えた。彼は知らぬことだが、彼らがいるのはロルモッド魔術学校の模擬戦場である。
目の前にいるのは、小さな体躯の少女。
だが、強く主張しているその耳は。
「……エルフッ!」
「せいか〜い。でも、まだ花丸はあげれないよ〜」
そういって唄うようにこちらを見下ろすエルフを見ながら、グレゴリーは思い返した。ロルモッドに、エルフの身で教鞭を取っている者がいると。
「“開”のミラ……っ!」
「大せいか〜い。今度は花丸あげちゃう」
そう言ってミラが笑った瞬間、彼女の足元に赤髪の少年と金髪の少年が出現した。
「はっ!? どこここ!!?」
「何だ……? ここは一体!?」
急に出現した少年たちは何が起きているのか理解できていない様子で、周囲を探るとミラとグレゴリーを見つけた瞬間、何が起きたのか大体理解した様子で頷いた。
「イグニ君。フレイ君。お願いしたいことがあるんだけど良い〜?」
「はい! 何でも大丈夫ですよ!!」
「……どうして俺がこんなところに?」
フレイの方はまだ状況が理解できていない様子で首を傾げていたが、イグニの方は状況を理解していた。
「さっきの警報はこの学校の研究所に侵入者が入ったことを知らせる警報なんだよ〜。でも、普通は侵入者が入ろうとしたタイミングで鳴るんだけど、今回は入ったタイミングで鳴っちゃったんだ」
「……ということは?」
「何らかの理由で、突然学内に侵入してきた」
ミラはそう言うと、グレゴリーと倒れたままのクレーヌを見た。
「時間も無かったし、直接ここに引っ張りだした。で、早速で悪いんだけどこの2人をどうにかして無力化してくれないかなぁ〜?」
「……殺せば、良いですか」
ようやく状況を飲み込んだフレイが、ゆっくりとそういった。
「ま、出来るなら生け捕りが良いけどね〜。私はこの後、他に侵入者がいないか見つけないと行けない。他の先生たちは生徒を逃がすので大変だろうから、2人に白羽の矢を立てたってわけ」
「……1年生がやるんですか」
「別に何年生でも良いんだよ。でも、2人が向いているかなって」
ミラの言っていることは分からなかったが、イグニは既に戦闘態勢。
「……『目覚め給え目覚め給え』」
だが、唐突にグレゴリーが詠唱。
「『闇より来たりて目を覚ませ』」
刹那、全ての入り口からどす黒い闇の粘液が凄まじい勢いで模擬戦場に流れ込んでくると一瞬で、全てを埋め尽くした。
「無駄だって〜」
だが、次の瞬間。イグニの耳元にミラの声が届いたかと思うと、彼らは屋上へと移動していた。当然、目の前にはグレゴリーたちがいる。
「さて、イグニ君たち。逃げられないように、よろしくね」
「任せてください!」




