第6-19話 代償と魔術師
「みんな、準備は良いな」
エドワードの真剣な表情が多くのクラスメイトを射抜いた。
ここまで無敗を築いているD組の指揮官としては、次の試合も勝利で終わらせたいのだろう。
だが、次の相手は。
「A組の戦法は僕たちと同じように一人を軸にして作られている。だから、今回の作戦の肝はイグニとフレイが戦っている間に、僕たちがどれだけ動けるかにかかっているんだ」
A組だ。
「どうだ、イグニ。勝てると思うか?」
「ああ、もちろんだ」
エドワードに話を振られて、イグニは大きく肯定した。
その言葉で、クラスメイトたちも安堵の表情に包まれる。
「俺は前に一度勝ってるし、今のフレイは調子が悪い。十中八九、負けないだろうな」
「頼もしいな。だが、向こうもフレイの調子が悪いことは気がついているだろう。戦闘だけなら随一だったあのフレイが、エリーナに押されていたんだからな」
エドワードはそう言ってホワイトボードをバン! と叩いて、駒を動かした。
「だから、向こうは焦って攻撃の手が強くなることが予測できる。だからこそ、守りを固めて攻撃班にフラッグを任せる戦法をこのまま続ける。悪いが、アリシアとイリスには攻撃班に入ってもらう。イグニは単独でフレイを止めてくれ」
「それは良いが……どこから来るとか分かってるのか?」
「今までの対抗戦でフレイは、まっすぐ真ん中のフラッグを取りに来ていた。恐らく、自分を止められる人間はいないと思ってだろうな」
「凄い自信だな」
「ああ。だが、今回はイグニがいる。一度、『大会』で敗北しているイグニにどう対処してくるのかは不明だが……。イグニ、お前はどう思う?」
「あいつはまっすぐ来るだろ。そういうやつだ」
自信にあふれているからこそ、イグニがやってきたところで止まらない。
むしろ、リベンジしてやると燃え上がっているのではないだろうか?
だが、強くなったのはフレイだけではない。
イグニとて、さらにあれから化け物たちとの場数を踏んできた。
はっきり言って負ける気がしないのだ。
「分かった。なら、イグニにはフィールドのど真ん中で待機してもらおう。他の場所で見つけたら、すぐに連絡をよこす。それまではすぐに動けるようにしておいてくれ」
「分かった」
「それ以外のメンバーについては、大きく変わらない。各自、自分の持ち場を守って勝利につなげよう。特に防衛班は勝つための戦いじゃなく、負けないための戦い方を意識してくれ」
エドワードが最後に締めくくろうとしたタイミングで、準備の終わりを知らせる合図が流れた。
「移動しよう。今回も勝って、D組の優勝につなげるんだ」
その言葉でクラスがまとまると、イグニたちは外に出た。
今回のフィールドは『ジャングル』。イグニが空から種を蒔いたあれである。
だが、その時のような更地はどこにもない。
今はもう数メートルすらも見ることの出来ない鬱蒼としたジャングルがそこに広がっていた。
「視界が悪いな」
イグニは1人で呟いて、中心に向かっていく。
他のみんなはもう持ち場についただろうか?
そんなことを考えながら、草木をかき分けて奥に進んだ。
この時、イグニは気がついていなかったが、観客席は座る場所が無いほどの超満員であり立ち見客で通路も溢れんばかりに人が集まっていた。何しろ前回大会の決勝戦の勝者たちがぶつかり合うのだ。
一体どれだけの戦闘が繰り広げられるのかと、この戦いを待ち望んでいた者たちで溢れかえっているのである。あいにくと、イグニたちの元には木々に邪魔されて歓声は届かないが、声で地面が揺れていると錯覚するほどの大声量である。
「……さて、そろそろだな」
イグニがそういうのと、全く同じタイミングで試合開始の合図。
耳につけている魔導具から流れるようなエドワードの指示が飛んでくる。
だが、それらは全てイグニではなく防衛班と攻撃班に向けられたもの。
各クラスに一枚だけ渡される地図を見ながら、頭の中で場所を確認しながら指示を飛ばしているのだろう。
そんなエドワードを見ていると、イグニも昔のことを思い出した。
かつてタルコイズ家で、父親から教わった軍隊の動かし方を。
あの時から勉強に身が入らなかったイグニだが、あの学問だけはフレイも難しそうにしていた。すると、フレイもきっと指揮官としての器では無かったのだろう。だから、こうして前線に出てきたのかも知れない。
「やっぱり、お前は来るだろうな。フレイ」
「……当たり前だろ。イグニ」
『ジャングル』の木々を押しのけて、顔を見せたのはフレイだった。
単純明快と言うべきか、愚直というべきか。
エドワードとイグニの読みどおり、フレイはまっすぐ中心のフラッグを取りに来たのだ。
「さて、俺はお前を止めなきゃいけねぇ」
「…………」
「『装焔』」
無言のフレイにイグニは詠唱。
目の前に生まれた5つの『ファイアボール』が白色に染まる!
「『発射』ッ!」
「…………ッ!」
しかし、フレイは何もしない!
そして、そのまま真っすぐ『ファイアボール』に突っ込んで――吹き飛ばされる。
イグニはフレイが防御魔術を使うものだと思っていたので、手加減なしの『ファイアボール』を叩き込んだ。
真正面から受けたフレイはジャングルの木々をへし折って数十メートルは吹き飛ばされると、最後に一際大きな大樹に激突して停止。
「……何やってんだ? お前」
まさか何もしないとは思っていなかったフレイにイグニは僅かに引きながら問う。
「…………まだ、感覚がつかめないな」
ゆらり、と幽鬼のようにフレイが立ち上がる。
顔は青白く、肩で息をしている。
明らかな、体調不良だ。
「……ま、同情はしないぜ。体調を整えるのは、基礎の基礎だ」
馬鹿は風邪を引かないという言葉があるが、それはさておいてイグニはフレイに宣告。
しかし、イグニのそれは当たり前の話だ。
戦場で、ダンジョンで、命の危機に陥った時、相手に『体調が悪かったから』と言えば見逃してくれるだろうか? それで助かるだろうか。
答えは、否だ。
「これは、体調不良じゃない……。代償だ」
「……へぇ」
イグニはフレイの言葉に何かを思ったのか、小さく息を漏らした。
「なんの代償かは知らないけど……。ま、代償にしてはあまりに軽く見えるけどな」
「…………なんだと?」
フレイの目つきが変わる。
だが、イグニはそのまま続けた。
「体調崩すだけで何かが手に入れられると思うなら、大した思い上がりだと思うぜ?」
モテるために人生を賭すと覚悟した男の心のこもった一言は、しかしフレイには届かなかった。




