第6-18話 いちばんと魔術師
「あ、あの! イグニくん!」
「ん?」
今度はどこの対抗戦を見に行こうかと相談しながら、フィールドを移動しようとしていたところ急にイグニは呼びかけられた。
「エリーナさんがどこに行ったか知らない?」
「エリーナが? いや、知らないが……。どうしたんだ?」
「それが次はエリーナさんの対抗戦なんだけど、どこにもいないの!」
女の子はイグニにずいっと近寄りながらそういった。
「どこにも居ない? もう控室に入ってるんじゃないのか?」
「ううん! 控室にもいないの! 早く呼ばないと不戦勝で相手が勝っちゃうの!!」
「んー。確かに、それは良くないかもな」
それはあまりに勿体ない。
一年に一度しか無いこんな機会に、不戦敗で敗北が決まるのはあまりに勿体ない。
「イグニくんはエリーナさんと仲が良さそうだったし、もしかしたらどこにいるのか知ってるかなって思って」
「……分かった。ちょっと探してみるよ」
心当たりがないこともないイグニはそう行って、アリシアたちにしばしの別れを告げると校舎に向かって足を運んだ。恐らくだが、エリーナがいるのはあの場所だ。
そう思って、目的地にたどり着くと……いた。
うずくまって地面にずっと丸を描いているエリーナがいた。
「え、エリーナ? どうした?」
「……無理だ。負けだ。終わりだぁ…………」
うわっ。メンタルやってる。
「ど、どうした? 何があった??」
イグニがそう話しかけると、ちらりとエリーナはイグニを見て「はぁ……」と、ため息を付くとまた地面に丸を描き始めた。
「良いんだ……。私は一番になれないんだ……。このまま永遠の二番手なんだぁ……」
「お、おいおい。らしくないな。こんなにマイナスになるなんて……」
「いっ、一生懸命練習したんだ……。あの斬撃……」
『鎌鼬』のことだろうか?
例の飛ぶ斬撃のことだが、イグニの知る限りあれを使えるのはエリーナで3人目だ。
つまり、“剣の極点”クララ、“生の極点”セリア、そしてエリーナである。
なので、彼女がかなり剣術の上級者であることは疑いようのないものだと思っていたのだが……。
「あ、ああ。あれな。俺もあれを使えるやつは片手の指で数えるほどしか知らない。凄いと思うぞ……」
「でも、負けたもん……」
負けたもんってなんだよ。
可愛いかよ。
「良いなぁ。『ファイアボール』であれだけ強いもんなぁ。私がどれだけ頑張っても……勝てないもんなぁ……」
「で、でも……。俺は対抗戦に出ないし……。それに、ここで不戦敗ってのも勿体ないだろ? 行こうぜ、エリーナ」
「次の相手は、フレイなんだ」
イグニはその言葉で、どうしてエリーナが精神をやってるのかを理解した。
「うわーん! もう終わりだー! 負けるんだぁ!! だって、私頑張ったもん! 夏休み父上にお願いして『ファイアボール』弾く特訓したんだもん!!」
……そんなことやってたの?
「でも勝てなかったんだもん! 負けるんだ! 負けるのやだぁ!!」
そういって地面の上でのたうち回るエリーナ。
やばい! エリーナが幼児退行起こしてる!!
なんとかしないと!!!
「いや、そうとは限らないぞ! さっきの対抗戦じゃ、フレイは調子が悪そうだったんだ。エスティアに押されてたんだぞ」
「え、エスティアに?」
「ああ、エスティアにだ」
「そ、そうか。あのエスティアにか」
急に顔をキリッとして立ち上がるエリーナ。そして、何事も無かったかのように剣にそっと手を当てた。
「ふふっ。なら、私が勝つかもな……!」
「ん? エリーナはエスティアがどれくらい強いのかを知ってるのか?」
「ああ、何度か手合わせして……。そのたびに、私が勝ってる」
「そ、そうだったのか!」
エスティアの首席という話は聞いていたが、あれは総合点で首席。
なら、たしかにいくつかの成績ではエリーナがエスティアを上回っていてもおかしくない!
「なら、勝てるチャンスはあるぞ! エリーナ!!」
「そ、そうか! そうだよな!!」
急にエリーナは元気を出すと、そのままイグニの右手を両手で包んだ。
「ありがとう、イグニ! おかげでやる気がでたよ!」
「いや、気持ちは分かる。負けるのは嫌だよな」
「……イグニでもそうなのか?」
「そりゃあそうだよ。負けるってのは、一生懸命努力したことが無駄だって言われてるような気がするんだから」
「い、イグニ……!」
「でも、頑張ったことは無駄じゃないんだ! 俺の腕を飛ばした時くらいの気概を持っていけば、きっと勝てるぞ!」
「ありがとう。本当に、ありがとう。行ってくる」
エリーナはそう行って、どこまでも澄み切った表情で個人対抗戦のフィールドに向かっていった。イグニのその後ろを追いかける。恐らくだが、アリシアたちがそこにいると思ったのだ。
というわけで、エリーナと一緒にフィールドに向かうと、ちょうど観客席の入り口のところでアリシアたちが待っていた。選手と観客の入場口は違うので、そこでエリーナと分かれるとイグニたちは観客席の中に入った。
「よく見つけたわね。イグニ」
「まぁな。たまたまだよ」
そう軽く流して、空いている座席を探したのだがどこにも空いていない。
観客席は多くの観客でいっぱいになってしまっている。
「……凄い人だな」
「しょうがないから立って見ましょう」
「そうだな」
イグニたちは場所を移動。
観客席の後方に立って、フィールドを見渡した。
「イグニはどっちが勝つと思う?」
「……そうだな。もしフレイの調子が悪いんだったら、エリーナだろうな」
2人がフィールドに入ってくる待ち時間にユーリがそう聞いてきたので、イグニは正直に答える。どこまでフレイが弱っているのかは分からないが、それにしても魔術に関してはひどく技量が落ちてる。
しばらくして、2人がフィールドに入ってくると、戦闘開始。
お互いに激しい魔術のぶつかり合いから始まった!!
「……凄い」
その様子を見ながら、ユーリがぽつりと漏らす。
だが、イグニにはどうしてもフレイが上手く魔術を使っているようには見えなかった。フレイの光速の魔術をエリーナは完全に読み切って防ぎきっている。だが、フレイは機動力でエリーナを上回り、決定打を打たせないでいた。
ゆっくりと、ゆっくりと真綿で喉を占めるようにじわじわとエリーナがフレイを追い詰めていく。
「……勝ったか?」
エリーナが剣を掲げる。
その独特の構えは、『鎌鼬』の始動に他ならない。
飛ばす斬撃は魔術と違ってタイミングを図るのが難しい。
フレイも防御魔術を使うかどうかを悩んでいる様子で、一瞬動きをためらった。フレイの魔力が燻る。
刹那、エリーナが剣を振った。
遅れて斬撃が飛ぶ。
だが、血が舞うことはなかった。
その代わり、そこには無傷のフレイが立っている。
「……っ!」
イグニには、見えた。
斬撃が飛んだ瞬間、フレイの腕が一瞬だけ粒子になったのを。
光の粒子を斬撃が斬ることは出来ない。
だから、フレイは無傷でそこにいる。
それは“光の極点”が生み出した至高の防御魔術。
「……なんで、あいつが」
遅れてフレイによってエリーナが場外に押し出され、彼女の敗北を知らせる試合終了の音だけが高らかに鳴り響いた。