第6-12話 次席と魔術師
イリスの応援を終えると、次はC組との対戦である。
「一体誰だよこんな過密スケジュール組んだやつ!!」
イグニたちが急いで控室に向かうと、中でエドワードがキレ散らかしていたが、このスケジュールを組んだのはミル会長である。なので、イグニはその事実を伏せるべく黙り込んだ。
「でも、今日のクラス対抗戦は午前中で終わりだよ。エドワード」
ユーリの言葉に、エドワードが「ふん!」と鼻を鳴らす。
個人対抗戦はトーナメントで行われるが、クラス対抗戦は総当りである。
そのため、スケジュールに関しては個人戦もクラス戦も忙しくて仕方がないと言った次第だ。
個人戦に関しては流石に総当りにしてしまうと時間がいくらあっても足りないので、しょうがないと言えばしょうがないのだが。
「よし、みんな。そろそろC組の対策案を練るぞ」
エドワードはため息をつくと、パンと一回手を叩いて自身に注目させた。
遅れてエドワードの取り巻き2人がホワイトボードを持ってきて、クラス全員の視界につく位置に配置する。
「次のフィールドは『氷』だ。冷たいから体力を奪われる上に、竜が生み出した魔術によってどんな攻撃も通用しない鉄壁の氷たちが立ちふさがっている。みんな、防寒具は用意したか?」
エドワードの言葉に全員が頷いた。
魔術師はいついかなるときでも万全の状態で戦えるわけではない。時には真冬の凍てつくような寒さの中で、時には真夏の茹だるような砂漠の中で戦わなければならないのだ。これは、そのための訓練とも言えるだろう。
「さっき聞いた話だと、竜が吹雪をフィールド上に起こすこともあるらしい。みんな、気をつけてかかるんだぞ」
エドワードの言葉で、顔色が変わる者とそうでない者に二分された。
それもそうだろう。吹雪なんていうものは、実際に体験してみないとその恐ろしさが分からない。
『魔王領』は北にあるので、真冬になると信じられないほどの豪雪と風が吹き荒れてまともに生活できるような状況ではなかったので、イグニも吹雪の恐ろしさはよく知っている。
「そして、C組戦で一番気をつけるべきなのはこいつだ」
バン、と音を立ててホワイトボードに写真が貼り付けられる。
そこにはイグニもよく知っている少女の写真が貼り付けられた。
「次席のエリーナ。こいつがやばい」
エドワードは至って真剣にエリーナの心の傷をえぐりながら、ホワイトボードの中で駒を動かす。
「魔術と剣術の両方を抑えており、貴族の名家出身だ。当然、集団戦の戦略方法も抑えてるだろう。それ故、B組とは比べ物にならないほどの難しい敵となるはずだ。だからこそ、僕たちも先程と戦略を変える」
「ここで変えるのか?」
イグニの問いかけに、エドワードは頷いた。
「ああ。前回のように均等に防衛していると、どこかが破られたときにカバーしきれなくなる。だから、今度は一つの旗を重点的に守ることで敗北を防ぎ、その間攻撃班や遊撃班の速度を活かして相手の旗を全て奪う」
「なるほど。旗を2つ奪われても、3つ目を奪わなければ敗北にはならない、か」
イグニの言葉にエドワードが頷く。
「ああ。だが、対抗戦の試合時間は30分。それまでに試合の決着がつかなければ、旗を取られた枚数で判定負けする恐れがある。これは、一つの賭けだ」
エドワードはそう言って、ホワイトボードに貼り付けられている駒を自陣に集めて、その代わりイグニの駒を敵の旗の方へと進めた。
「賭けなんだ。イグニたちが敵の防衛を掻い潜って、敵の旗を奪うのが先か。それとも僕たちの防衛が突破されて旗を奪われるのが先か」
「責任重大だな」
「ああ。期待してるぞ」
そこまで言うと、エドワードは新しく班のメンバーを旗に割り振った。
だが、イグニたちの役割はほとんど変わらない。
旗を目指してひたすらに走って、それを奪うだけである。
「イグニ。今回はもしかしたらエリーナの足止めをお願いするかも知れない」
「俺がか?」
「ああ。あいつの成績は次席。つまり、あのフレイを抑えて次席だ。しかも入学時は首席。正直いって、俺たちのクラスの中で言ったらお前以外に正面切って止められるやつがいるかどうか怪しい」
「……分かった。なら、俺が向かうまでなんとか食い止めてくれ」
「頼むぞ」
エドワードがそう言うと、準備終了の合図の音が鳴る。
そして、イグニたちはハイエムの作り出した氷のフィールドに足を運んだ。
「……さっむ」
「寒いな」
アリシアと俺の吐き出した息が白く染まる。
相変わらずとんでもない魔術を使うな、と思いながらイグニは防寒具を着込んで所定の位置に向かった。
そして、イグニたちがたどり着いた瞬間に試合開始の合図。
「行くぞ!!」
イグニの合図によって3人は弾丸のように飛び出した。
そして、旗の1つにたどり着いたが、だがそこには防衛にあたっている生徒が誰もいない。
そう、誰もいないのだ。
罠を警戒しながらイグニたちは旗を引き抜くが、何も起きない。
『エドワードッ!』
イグニはとっさにエリーナの考えを読み取って、インカムを起動。
『どうした!?』
『旗を抜いた! こっちには誰もいない!!』
『誰もいない!? 旗の防衛にか!?』
『そうだ! きっと、エリーナは俺たちと同じことを狙ってる!』
『……ッ!』
インカムの奥でエドワードの息を飲む音が聞こえた瞬間、D組の旗が奪われた表示がディスプレイにデカデカと表示された。それも、1本ではなく2本同時に。
『……クソ! 読まれてた!!』
エドワードの吐き捨てるような声。
『あいつ、僕たちがイグニに依存した電撃戦を組むことを読んでいたんだ! 攻撃班! こっちにエリーナが来る前に2本目の旗を取れるか!?』
『無理! こっちは罠がいっぱい仕掛けてあって、中々近寄れない!』
『……イグニ! 戻ってこい! 防衛戦だ!!』
遅れて、インカムの向こうから誰かの悲鳴が聞こえてきた。
『……もう来た! C組だ!!』
『分かった! 今行く!!』
イグニは本拠地を振り返ると、アリシアとイリスに指示を送る。
「俺は戻ってエリーナを食い止める。2人は攻撃班と合流して、旗を奪ってくれ」
「分かったわ」
「はい、分かりました! イグニさま!」
イグニはUターン。
そのまま『装焔機動』で本陣へと戻る。
「……ッ!? 『装焔』ッ!!」
だが、そこには既に模擬刀で旗に向かって猛進するエリーナがいて、
「『発射』ッ!」
「シィッ!!」
息を吐き出しながら、エリーナが『ファイアボール』を弾く。
「……やっと来たか。イグニ」
「久しぶりだな。エリーナ」
剣を構えて、エリーナがイグニに振り向く。
イグニは指をエリーナに向けて、魔力を熾す。
「……ふふっ。初めてだな。こうして、実戦の場でイグニと向い合うのは」
「そうだな」
「そういえば前に言っていたな。魔剣師は剣を抜く前に倒すものだと」
「……ああ」
「この夏で更に私は強くなった。その成果、見せてやる」
そして、エリーナが大地を蹴った。