第6−7話 誤魔化しと魔術師
イグニは次女から差し出された手を取って、握手。
「……んで、その“天炎”って何?」
「ご、ご存知ないんすか!? イグニさんの二つ名ですよ!!」
「え、二つ名……?」
「リタ、あれは2つ名じゃなくて通称だよ」
「え、そうなの? 姉さん」
「うん。2つ目の名前は王族や貴族から付与されるものだから」
ふむ?
イグニは首を傾げたが、似たような話を以前どこかで聞いたことがあったのですぐに納得がいった。
つまりは、こういうことだ。
優れた魔術師には王族や貴族から二つ目の名前が与えられる。
例えば“極光”であったり、“万”であったりとだ。
それは優秀な魔術師に与えられる名誉であるし、何よりも王族や貴族が『これだけ優秀な魔術師を抱えていますよ』と周囲にアピールするためにも使われる。
だが、そうでなくても優れた魔術師は存在する。
王族や貴族の目が届かない辺境や、それともそれらの関係から外れた者などだ。
そういった者たちには、王族や貴族から二つ目の名前が与えられることはない。
だから、周囲が勝手に呼びはじめるのだ。
それは、魔術師に対する畏怖と敬意を込めて。
「え、俺が“天炎”って呼ばれてるの……?」
「はい! そうです!! 知らなかったんすか!?」
「え、いつから……?」
「一ヶ月、二ヶ月くらい前からっすよ……!」
「知らなかった……」
イグニは唖然とするが、よく考えてみたらここ一ヶ月ほどはエリーナの家――辺境にある――や、ルクスのせいで帝国にいたのでほとんど王都にはいなかった。
そう考えたら、呼ばれている本人がそう呼ばれていることを知らないのも何もおかしな話じゃないのか……?
「姉さんなんでこんな有名人と友達なの!?」
「あ、あっ。そ、それは……」
リタに話を振られて、急にどもり始めるエスティア。
なるほど。言い訳は考えていなかったと。
ちらちらこちらを見てくるエスティアがどう見ても助けを求めているようにしか見えなかったので、イグニは前に進んでリタに笑顔を見せた。
「いや、俺は学校の勉強が苦手で。エスティアに助けてもらってたんだ」
「あ、そっか。姉さん首席だから……」
ぽん、と納得の言った様子を見せるリタ。
どうやらこれで納得してもらえるみたいだ。
モテたいなら、弱点をさらけ出せ。
昔、そう言われたことをイグニはふと思い出す。
それを教えてくれたのは間違いなく俺の師匠。
あれはそう、火山地帯で溶岩の中を修行していたときのこと……。
――――――――――――――
『イグニよ。モテるために必要なことはなんだと思う』
『え、かっこいいところを見せることじゃないの』
尋常ではない熱気に晒される中で、幼いイグニはやせ我慢。
それは、常にカッコつけていないと、いざ女の子の前ではボロが出ると祖父に言われたからだ。
『うむ。それもあるだろう。だが、それだけではモテない。かっこいいところを見せて居ても、ただかっこいいだけの人で終わる……ッ!』
『そ、そんなことが……!?』
イグニは衝撃のあまり、足を踏み外しかけた。
踏み外した先はもちろん溶岩である。
危うく死ぬところだった。
だが、イグニにとってはこれだけ努力してきたのにモテないほうが死ぬよりもつらいことである。
『必要なのは、人間であること……ッ! 同じであること……ッ!』
『ど、どういう……?』
『つまり、隙をみせることだ……ッ!』
『す、隙を……!?』
イグニは混乱。
どうして隙を見せることがモテることにつながるのか、わからないのだ。
『うむ。つまりは……ギャップ萌えよ……ッ!』
『ぎゃ、ギャップ……!?』
『つまりな……。同じクラスになった地味な子が、よく見たら可愛かった……! がさつなあの子は、実はとても女の子らしく可愛いものが好きだった……ッ! これら全てがギャップ萌え!!』
『いや、俺学校行ったこと無いからわかんないけど』
『心で感じとれェッ!!!』
パァン!!!
乾いたビンタの音とともにイグニの体が宙に舞う。
『うぉおお!! 危ない! 落ちる! 落ちる!!』
悲鳴のような声を上げて、イグニは不完全な『ファイアボール』で自身の軌道をずらすと、なんとか陸地に着地した。
『心じゃ、イグニ。大切なのは、心なんじゃッ!!』
『な、なるほど……』
『そして、このギャップ萌えは……我々だけではない……ッ! 女だって同じ! 人間であるならば、変わらぬッ!!』
『そ、そうなの……?』
『聞いたこと無いか……ッ! 不良がふと魅せる優しさに引かれる女のことを……ッ!』
『いや、無いけど……』
『もっと情報を集めんかい!!』
『ぐへぇっ!!』
意味もわからずふっとばされるイグニ。
『つまり、そういうことだ……ッ! 普段完璧な男が魅せるふとしたポンコツ具合が……隙になる……ッ!』
『で、でも……。それで、嫌われたりとかは……しないの?』
『何を言う! 何も出来ない男ならまだしも、あらゆるものが完璧にできる男のふとした隙こそが……刺さるんじゃ……ッ!!』
『あ、あらゆるものが……完璧に……ッ!』
『そうじゃ! つまり、イグニ! お前はここ『魔王領』であらゆるものを完璧にしなければならぬっ!!』
『で、でも……。なんでも完璧ってことは……隙は生まれないんじゃないの……?』
『何を言っておる! 人には向き不向きがあるように! どれだけ努力しても、そやつが出来ないことはあるのだ……ッ!』
『な、なるほど……! じゃあ、俺の不得意なことってなにかな!』
『それはお前がよく知っておるじゃろう』
『……勉強、とか?』
『うむ』
『………………俺って、馬鹿なのかな?』
その時、イグニは一つの真理にたどり着いた。
――――――――――――――
「ね、姉さん。すごい人に勉強を教えてるんだね……っ!」
リタのエスティアを見る目が尊敬に染まっていく。
あれ、ということは今まで尊敬されてなかったってことかな?
まぁ、俺も弟から尊敬されたことないしなぁ。
と、自分の境遇に置き直して親近感を覚えるイグニ。
そもそもイグニは弟の存在をガチで忘れることがあるので、お互い軽んじているというところで言えば似た者同士である。
「そ、そうなの。イグニさんが、勉強教えてって……!」
「今日も勉強?」
「ううん。今日は、うちに遊びに来ただけで……」
「ウチで何するの?」
「……うっ!?」
リタの純粋な視線がエスティアを貫く。
だが、エスティアはリタの言葉で詰まった。
エスティアがイグニを連れてきた理由は、『自分だって学校に友達がいるんだよ』と家族にアピールするためであって、それ以外の目的はない。遊ぶと言ったって、何かエスティアの中に案があるわけではないのだ。
「そ、それは……」
「何かあるんだったら、私も準備するよ!」
リタがエスティアのために立ち上がる。
「その……。…………模擬戦だよ」
「おい? エスティア?」
この娘いまなんて?
なんとか絞りだしたエスティアの言葉に首を傾げるイグニ。
だが、エスティアは自分が言ったことをそのまま貫いた。
「だっ、だから! 模擬戦!!」
……なんで?