第6-6話 二つ目の名と魔術師と
「あのー。イグニくん」
「はい? なんですか?」
放課後。生徒会メンバーとして、最後の調整をしているとミル会長からそう呼び止められた。
「対抗戦が、明日から始まるじゃん」
「始まりますね」
「で、さ。やっぱりエスティアちゃんに対抗戦に出てほしいってことになって」
「……あの理由じゃダメってことですか?」
「うん。あのね。首席が対抗戦に出ないのは流石にロルモッドの歴史でも初めてなんだって」
「別に良いじゃないですか。史上初。かっこいいですよ」
「先生たちはそう思ってないみたいでね。そもそも、自由参加ってのも戦闘職じゃない子たちが参加しないようにするための方便みたいなものなんだよ」
「そういえば、前にそんなことを言ってましたね」
「だからね、イグニ君。エスティアちゃんに参加するように言ってほしいの」
「個人戦に、ですよね」
「うん。クラス対抗戦は参加必須だからね」
イグニとしては、エスティアの選択を尊重したいのだ。
何しろモテの極意その8。――“女性を受け入れられる男はモテる”。
つまり、彼女の選択が何であれそれを受け入れるべきなのだ。
「ま、この状況を説明してみて、それでもダメって言われたら自由参加ってことで切り抜けるからさ。それに、エスティアちゃんってイグニくんのファンなんでしょ?」
「……まぁ、そう言われましたけど」
「じゃ、押せばなんとかなるかもよ!」
というミル会長の無責任な発言を背に、イグニはエスティア説得に旅立った。
余談だが、ヴァリアは呪いを貯める期間ということで、今はミイラのように包帯ぐるぐる巻きになっている。
イグニは気乗りしないまま、図書館に向かうと相変わらずエスティアはそこで読書を続けいてた。
「よっ!」
「あ、お、お久しぶりです。イグニ、さん」
本を閉じて、エスティアはこくりと挨拶。
「別に本は閉じなくてよかったのに」
「あ、でも。いっ、イグニさんが来たから……」
「悪いな。今日は、頼みがあってきたんだ」
「頼みごと、ですか」
「……対抗戦に、出てほしい」
言いづらいことなので、イグニも言いよどんでしまう。
エスティアは、一度断ったはずのその話をもう一度されるとは思っていなかったのだろう。
しばらくの間、目を丸くしていた。
だから、イグニはここで畳み掛けることにした。
「エスティアは……今はクラスでは目立ってるけど、学校じゃ結構“謎”の存在で通っているだろ……?」
「は、はい……」「でも、俺はエスティアの存在をもっと多くの人に知ってもらいたいんだ」
「な、何故……ですか?」
「だって、首席だぞ? 一生懸命頑張って首席になったんだろ?」
「そ、それは……。そうです、けど……。たまたまって言うか……」
「たまたまで首席なんて取れないよ。首席を取ったのは、間違いなくエスティアの実力だ。だから、エスティアの実力を見たいんだ」
「で、でも……」
「大丈夫だ」
ぐっと、イグニはエスティアに近づいた。
「もしクラスでよく思われてないなら、俺のところに来てくれ。必ず力になるから」
「わ……っ! そ、そんな……。良いんですか……?」
顔を真っ赤にしながら、照れるエスティア。
「大丈夫。俺はD組で、エスティアの隣のクラスだ。何かあればすぐに頼ってくれ」
「そ、そんなこと……」
ちょっと気恥ずかしそうに、エスティアが目を伏せる。
だが、悪い感じではない。気持ちが前向きに傾きはじめているのが手にとるように分かる。
あとひと押しで……!
「あの、イグニさん。そ、その……。も、もしですよ? もし、私の頼みごとも……聞いてくれるなら……。か、代わりに対抗戦に出ても……良いなぁって、思うんですけど……その、どうでしょう、か……?」
「頼みごと?」
はて、いったいどんな頼みごとだろうか。
イグニは女の子から頼られたら絶対に断らない性格の持ち主なので何でも聞くのだが、しかしエスティアの口からそんな言葉が出るとは思っていなかった。
「あ、す、すみません。出過ぎた真似を……」
「いや。俺にできることだったら、何でも言ってくれ。力になるよ」
「ほ、本当ですか!?」
エスティアの顔がぱっと輝く。
「頼みごとってなんなんだ?」
「はい! それは……」
かくかくしかじか。
イグニはエスティアの話を聞いて、快諾。
ということで、エスティアの願いを聞いたイグニはエスティアと一緒に下校。
そして、そのままエスティアの家まで向かった。
イグニからすると容易い願いだが、エスティアからすると大変なことなのだろう。
だから、彼女の気持ちを重んじよう。
イグニはそう思って、エスティアの家の前で立ち止まった。
「ちょ、ちょっと片付けるから待っててください……!」
「分かった。それは良いけど、敬語をどうにかしたほうが良いんじゃないか?」
「あっ。そ、そうですね。でも、その……イグニさんに、敬語じゃないってのは……私の納得が行かないっていうかぁ……」
「ま、まあ。それなら……」
エスティアの頼みごと的には、彼女が敬語を使わない方が良いと思ったのだが、エスティアは顔を真っ赤にして首を真横にブンブン振るものだから、イグニとしても引かざるを得なかった。
「お姉ちゃん。今日は帰ってくるの早いね!」
「と、友達連れてきたから!」
「友達? お姉ちゃん、友達いたの!?」
「いたの!!」
家の中から声が大きな声が聞こえてくる。
そう、エスティアの頼みごととは即ち『友達として、家に遊びに来てほしい』、である。どうにも友達が少ない……というか、友達がいないエスティアは常日頃から家族に友達を家に連れてこいと言われているらしい。
それを安心させる枠として、イグニに白羽の矢があたったというわけである。
「ご、ごめん。ちょっと、散らかってます、けど……」
少し敬語も変になりながら、エスティアはそう言ってイグニを家にあげた。
「おじゃまします」
「ど、どうぞ。こっちに……!」
そういってエスティアはカチコチに固まりながら、イグニを奥へと案内する。
「わっ。本当に姉ちゃんが友達連れてきた……!」
「男の人だよ。彼氏じゃない!?」
エスティアの妹と思われる女の子たちが、こっそり隠れながらこちらを見る。
だが、声がダダ漏れだ。
「こら! 向こう行ってなさい!」
「「はーい」」
妹たちはエスティアに従って、渋々イグニたちから離れていった。
「兄弟多いのか?」
「う、うん。5人いるの」
「5人も……」
貴族のように妾が多くいるのなら驚くに値しない数字だが、一般人でその数はびっくりだ。
「姉さん、帰ってきてたんだ。……あれ? その人は」
「が、学校の……友達……」
リビングに腰掛けていた女の子……。背格好から、次女だと思われる彼女はイグニを視界に入れて……段々と目を丸くした。
「え、ええッ!? て、“天炎”じゃん……ッ!?」
「て……。え、なにそれ?」
イグニが首を傾げると、女の子はさらに続けた。
「“天炎”のイグニじゃん!! なんでこんなところに!!?」
イグニは初めて聞く単語に首をかしげる。
「あ、学校の友達だよ」
「が、学校の……!? うひゃぁ! そ、そうだ! 姉さんと同じ学校だった!! は、はっ、はじめまして!!」
ガチガチに固まったまま、その子はまっすぐイグニに手を伸ばす。
「ファンです! 握手してください!!!」
あれ?
マジでモテ期来た??




