第6-4話 教師たちと魔術師
「さて、こうして皆に集まってもらうのも久しぶりだな」
しゃがれた声で学長がぽつりと漏らす。
王国どころか世界全土を見渡しても彼女に並ぶ魔術師はそう多くはいない。
過去の大戦を生き延び、勇者たちとも交流のあった古の魔術師。
“賢しき”アリア。
既に100を超えている彼女の年齢は、彼女ですら正しく把握していない。
トレードマークの大きな帽子を深くかぶって、最奥の座席に腰掛けて彼女が見渡したのは、彼女の教え子たち。
即ち持って、ロルモッドの教員たちである。
「先日、王家から極秘の通達があった。余計な混乱を招かないように、関係者以外に通達するなという厳重のお達しつきでな」
その内容については、全ての教員が知っている。
“咎人”たちからの宣戦布告だ。
『魔王領』で何が起きているのかは分からないが、何かが起きている。
だからこそ、彼らが動き出したのだと。
「帝国と王国に対して、“咎人”たちは同時に宣戦布告を行った。大したやつらだが、我々の敵ではない。“極点”たちの活躍に任せればいいだけだからな」
アリアは深く息を吐く。
その顔は100を超えている者とは到底思えない。
見るものが見れば、60や70と言っても通じるだろう。
「そもそも“咎人”たちが動き始めるのは今回に限ったことではない。好き勝手に生きるやつらのことだから、我々に対して攻撃を仕掛けてきたことは一度や二度ではないのだ。そもそも、わざわざ宣戦布告なんてものをしなくとも、勝手に襲ってくればいい。それが、こうして律儀に行ったということは、やつが何かを考えているということだ」
アリアはそう言って、先程教員たちに配った紙の資料をパンパンと叩いた。
「帝国襲撃事件において、ウチの学生が活躍したことはみんなもよく知っていると思うが、捕まえた“咎人”に関していくつか処置を行って、奴らの目的を喋らせた」
「……しかし、これは」
事前に紙の資料に目を通していた副学長がわずかに声を漏らす。
そこに書いてあることは、到底信じられるような内容ではなかった。
「……『魔王』の侵攻を食い止める、などとは」
イグニが捕らえた“咎人”。
フラムは現在、『地下監獄』に収容され、“咎人”たちの目的や魔法について口を割らされている。
多くの洗脳魔術と自白魔術を掛けられた先に、フラムがようやく口を開いたのだが、彼は常に『魔王に備えなければ』と繰り返しているのだ。だからこそ、犠牲がいるのだと。そう繰り返している。
「この犠牲というのは禁術のことでしょうか」
「その可能性は高いと思いますよ」
副学長の問いに、禁術に関する研究を主として行っている教師が答える。
「禁術――つまり、多くの国によって禁止されている魔術の多くは人の命を魔力代わりにして発動するものが多いです。例えば、『呪詛塊』と呼ばれる禁術があります。これは、300人の子供を生きたまま煮詰めて1つの塊を作り、それを取り込むことで300人分の怨嗟を自分の力に出来る魔術です。たった1人の怨嗟ですらも、禍根を残すこともあるのに関わらず、300という数字ですからね。下手をすれば魔法にすらも手が届いてしまうのではないかと思わされますよ」
『呪詛塊』とは、公国で行われた聖女争奪戦に置いて傭兵マリオネッタが食した禁術である。それは一介の魔術師が、複数の“極点”を数十時間もの間拘束し続けるほどの力を与えた。
それを魔法使いである“咎人”たちが口にすればどうなるのだろうか。
「他にも禁術は数多く存在します。彼らは王国や帝都のような多くの人口を有している国を襲撃して、禁術を行うつもりなのでしょう」
それに加えて、禁術に関する資料や結果は“咎人”たちよりも国家のほうが質も量も兼ね備えている。どこの国も、後ろめたいことは隠れながらもしっかりとやっているのだ。
アリアは一度、大きく咳払いした。
「そうだ。そして、奴らが禁術を用いて『魔王』に対抗しようとするのであれば、ロルモッドも狙われることになるだろう」
ロルモッド魔術学校は魔術師の育成機関であるとともに、数多くの魔術の研究を行っている。無論、そこには禁術も含まれている。
「次に控えた対抗戦。我々教師陣が数多くのフィールドに散らばる。必然的に、ロルモッドの守りは手薄になるだろう。私が“咎人”であれば、この期を逃しはしない」
「それならぁ、生徒に守りを頼んではいかがですかぁ」
メガネをかけた教員が、学長にそう提言する。
「一年生に優秀な子がいますよぉ」
「……それも、場合によっては考えよう。だが、生徒たちにはやはり学校生活のイベントを楽しんでもらいたい。それは、最後の手段だ」
「分かりましたぁ」
「では、当日のスケジュールに関してだが私たちだけではなく王国から騎士団を借りられるということで警備はぐっと楽になる。次の資料に目を通してくれ」
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さて、そんな教員会議が行われているとは露知らず、間抜けな男たちは本屋の中でこっそりと足を進めていた。
「エドワード。本当なんだな……っ!」
「……イグニ。よく聞け。マジだ」
赤髪と金髪。
よく目立つ髪色の両者はこっそりと、本屋の棚に隠れるようにして大人のコーナーに向かっていく。
「……ほ、本当に年齢を聞かれずにえっちな本が買えるんだな!?」
「馬鹿。声がでかいぞイグニ」
「わ、悪い……」
周囲を確認しながら、イグニは謝罪。
私服で本屋にやってきているとはいえ、騒ぎすぎるとロルモッドの学生だとバレてしまうかも知れない。
「これは僕も聞いた話だが、実際に1つ上の先輩がこの本屋でエッチな本を買っているのだ……」
「ま、マジか。じゃあ、早速買おうぜ……!」
ごくり、と唾を飲んでイグニたちは抜き足差し足で大人のコーナーに足を運んでいると、
「あれ? イグニとエドワードじゃない。何してるの。こんなところで」
アリシアに、呼び止められた。
「んん!? ん、あ。アリシアか」
「どうしたの。そんなに驚いて」
流石のイグニもまさかことに及ぼうとしている瞬間に呼びかけられるとは思ってなかったので、わずかにうろたえた。
だが、ここでエドワードが二回咳払いして、イグニとアリシアの間にたった。
「……アリシア。声が大きいぞ。この本屋に、禁術を取り扱っている本があると聞いて僕とイグニはやってきたんだ」
「……禁術?」
……ナイスだエドワード!
イグニは心の中でエドワードに親指を立てた。
禁術といえば2人でこそこそしていた理由になるし、魔術師らしく好奇心に溢れた様子もアピールすることができる……っ!
こいつ、もしかして慣れてるな……ッ!
「本当に探しにきたの? エロ本じゃなくて」
「んんんっ!!? そ、そんなわけがないだろう! 僕たちをなんだと思っているんだ!!」
後ろでコクコクと頷くイグニ。
「ふーん。ま、それならそれでいいけど。この本屋には無いと思うわよ。禁術を取り扱ってる本なんて」
「そ、そうか。だが、まだ確認してない限りは分からないが……。そうかもな。うん。イグニ、別の本屋に行こう」
「あっ? あ、ああ。そうだな……」
エドワードの見事な切り抜けに助けられ、イグニたちは本屋を後にした。