第6−3話 説得と魔術師
「ふ、ファンです。よろしくお願いします!!」
そういってエスティアはその小さな体を折って精一杯に礼をした。
イグニは照れながら自分に差し出された手をとる。
「お、おう。どうも……」
「あ、あの……! イグニさんの活躍、ずっと見てました!」
「ずっと?」
「はい……っ! 入学した時に首席だったエリーナさんを“適性”がFの人が倒したって聞いた時からずっとです……っ!」
そういって感極まった様子でイグニの瞳を覗き込むエスティア。
イグニから返ってきた握手をぎゅっと強く握りながら、紅潮した顔で矢継ぎ早にイグニに話を振ってきた。
「あの……っ! い、色々聞いてたんです! イグニさんの活躍を!」
「大会で優勝した後に何かしてたっけ?」
学校で知られている活躍といえばそれくらいだろうと思ってイグニは首をかしげるが、エスティアは恥ずかしがりながら答えた。
「こっ、公国で……聖女さまの奪還戦に参加されたり……。占い部と生徒会の合同遠征の時に……襲ってきた“咎人”を捕まえたり……! イグニさんのお話は全部知ってます!!」
そういってずいっとイグニに身を寄せるエスティア。
あれ? 俺のモテ期きた?
「イグニ。近づきすぎですよ」
だが、リリィがぐっとイグニの身体を引っ張ってエスティアから距離を取らせる。
「で、でもリリィ。俺のファンだって言ってくれてるし……」
「は、はいっ! わ、私なんかが……ファンなんて、おこがましいかも知れませんけど……。とにかく! 私はイグニさんの活躍を見ていて、励まされていたんです! “適性”がFでも頑張ったらフレイさんを倒せるんだって……! 首席も倒せるんだって……っ!!」
めちゃくちゃ早口で言うものだから、イグニは気圧されるばかりである。
「だから、私頑張ったんです! イグニさんのおかげで首席も取ることが出来ました! 本当にありがとうございます!!」
ぺこり、とエスティアが頭を下げる。
思わぬところで感謝され面食らうイグニ。
そういえば前期の首席はエスティアと言っていた。エリーナが首席になれなかった原因は巡り巡って俺だったのか……。
と、イグニはエリーナに僅かな申し訳無さを抱いた。
「そうだったのか。それは凄いな。良いことだ」
一方、勉強に関してはさっぱりなイグニはそういって誤魔化すだけ。
首席なんてともかく、赤点を回避するので精一杯である。
イグニは特別生なので赤点なんてないのだけれど。
「イグニ。そろそろ、本題に入りましょう」
「ん。そうだな。確かに」
リリィからの忠告にイグニはうなずいて、エスティアにたった1枚の資料を見せた。
「エスティア。今日は生徒会から頼みがあって来たんだ」
「頼みですか?」
「ああ。生徒の対抗戦に出場してくれないか」
「対抗戦……ですか」
イグニからの問いかけに顔が暗くなるエスティア。
恐らくこの話は事前に教師からも行っているだろう。
自由参加という形にはなっているが、実際に戦闘に向いていると思われる生徒たちは強制参加だということを。
「どうだ? 参加してくれないか?」
……何か、参加しない理由があるのだろう。
エスティアはひどく苦々しい顔をしながら、言葉を一生懸命探しているようだった。
「す、すみません。そういうのは、無理、です」
「……理由だけでも、聞かせてくれ」
モテの極意その8。――“女性を受け入れられる男はモテる”。
まずは自分の都合を相手に押し付けるのではなく、相手が何を求めているのかを探るところが大切なのだ。
「あっ、あの。私、その……あまり、良い家の出身、じゃないんです……」
小さく、消え入りそうな声でエスティアがそういった。
「で、でも。その、才能を……。買って、頂いて。ロルモッド魔術学校に、入れることになったんです……」
“黄金の世代”と言われているほどだ。
エスティアも、入学前から色々なところで活躍していたのだろう。
だから、入学したのだ。
「ロルモッド魔術学校って、その……。貴族の方が、多いじゃないですか」
「そうだな」
それは否定しない。
魔術の適性が優れているからといって、それを発揮するためにはしっかりとした教育が必要となる。“適性”とは、あくまでも“適性”。
それが才能に直結するとは限らないのだ。
イグニがロルモッド魔術学校に入れたのは、術式極化型だけが理由ではない。ルクスという“極点”の元で育ったからこそ、入学できたのだ。
イグニはその幸運に恵まれたが、基本的に教育には金がかかる。
そして、貴族は平民と比べても金を持っている。
だからこそ、平民よりも良い教育を受けているのが当たり前だ。
そうして、幼い頃から優れた教育を受けている貴族たちがロルモッド魔術学校に集まるのだ。
「だから、その……。クラスの、みなさんに、あまり良く……思われて、無いんです」
「……それは」
イグニは言葉に詰まった。
そういうこともあるだろう。
全ての貴族の子どもたちが人格的に優れているわけではない。
イグニとて入学したての時にはエドワードに絡まれたのだから。
「す、すみません。で、でも。だから、あまり目立ちたくないんです」
「そ、そうだったのか……」
「でもエスティアさん。首席ですよね?」
ふとリリィが資料を見ながらそう聞いた。
「あ、それは。その……お母さんが一生懸命、働いて、学費……出して、くれてるから、首席取ろうって、思ったんです」
「ロルモッドは首席を取ると学費が無くなるからな」
リリィがその制度を知っているかどうか分からなかったので、イグニが補足。
「だ、だから……。イグニさんの、お願いでも。こればっかりは…すみません。無理、です」
ゆっくりと、言葉を選びながら、震えながらエスティアは言葉にした。
「……分かった。そこまで言うなら。一度、こっちでも持ち帰ってみる」
ここまで決意が固いのであれば、初日で崩すことは不可能だとイグニは判断。
「良いんですか? 会長に怒られるかも……」
「ミル会長はこれくらいじゃ怒らないよ。それに、これはあくまでも自由参加なんだから」
イグニはリリィを説得。
「読書の邪魔して悪かった。じゃあ、俺たちはこれで帰るから」
「あっ、ま、待ってください!」
「ん? どうした?」
「さ、サインください!!」
……持ってないんだけどな。
だが、女の子からの頼みである。
断るなんていう選択肢はもとよりイグニの中には存在していない。