第6-2話 ファンと魔術師
交渉してこいと送り出されたイグニだが、“万”のエスティアがどこにいるのかを知っているわけではない。
なので、まずはエスティアがどこにいるのかの聞き取り調査から始めようと思った。
「リリィ、ついてきてくれないか」
「良いですよ」
もちろん、1人で行くようなことはしない。
男ならともかく、女の子の説得に行くのであれば同性の誰かを連れて行ったほうが安心感につながるだろうと思ったからだ。
とりあえず資料に記されている情報によれば、エスティアはE組らしい。
というわけでイグニたちはE組に向かうことにした。
「悪い。いま、ちょっと良い?」
放課後、教室の中に残って談笑を続けていた女の子たちを捕まえてイグニはそう問いかけた。彼女たちはちらりと視線をイグニに向けると、ぱっと表情を赤らめた。
「あれ? もしかしてD組のイグニ君!?」
「大会見てたよー! すごかったね」
そして、思わぬ好印象が返ってきた。
え、マジ!? 俺のこと知ってるの!!?
モテ期来た!!?
と、思わずテンションが上がるイグニ。
だが、それをぐっとこらえて、顔には微笑を浮かべる。
「ありがとう。そうだよ、俺がイグニだ」
モテの極意その2。――“余裕のある男はモテる”。
こんなことで慌てふためいたり、テンションを上げた様子を見せていてはモテまでは遠い。
そう、ここはクールに振る舞わなければ……。
「ま、私としてはフレイ君推しだったんだけどねー」
「うん。フレイ君イケメンだしねー」
……は?
名前を忘れかけていた弟へ本気の殺意を抱いたのは生まれてこの方初めてである。
「イグニ。早く用件を済ませたほうが良いじゃないですか? これから仕事がたくさんありそうですし……」
呆れながらリリィにそう言われて、弟への殺意をシャットアウト。
推しは違ったみたいだが、俺の名前は覚えてくれていた。
今はそれで良しとしようじゃないか……っ。
と、血涙を流さん勢いで自分の感情を押し殺すと、イグニはその2人に尋ねた。
「エスティアさんはいる?」
「エスティアさん?」
片方の女の子がちらりと教室の中を振り返って、首を横に振った。
「うーん。やっぱりこの時間にはもう教室にはいないよ」
「どこに行ったか教えてもらえるかな」
「放課後だから図書館だと思うよ。エスティアさん、いっつも勉強してるから」
その言葉にイグニは「ありがとう」と告げて、E組を後にした。
「……いつも図書館にいるのか」
「凄いですね。ちゃんと勉強しているなんて」
一応、エルフの国『アルルメニア』からの留学生ということになっているリリィがポツリと苦い顔をして呟く。魔術は好きだが、勉強は好きではないのだ。
というわけでイグニたちは久しぶりに図書館に足を運び入れた。
余談だが、ロルモッド魔術学校にある図書館は図書館である。図書室ではなく、図書館である。
本校舎から少しだけ離れた場所に、数階建ての大きな塔がある。
そこに数多くの魔術書や魔導書が収納されており、生徒や教師であれば誰でも利用できるのだ。
……図書館か。
毎日通えば、“知的”なイメージがつくかな。
なんてことをぼんやり考えながら、そびえ立つ図書館を眺めるとイグニはふと昔のことを思い出した。
――――――――――――――
『なんじゃあイグニ。急に本なんぞ読み出して』
『じいちゃん! 知らないのかよ!! “知的”な男はモテるんだぞ!!』
と、イグニは昨日街で知ったばかりの知識を振りかざしてそう言った。
修行と成長期によって、イグニの服はかなりの頻度で買い換えねばならない。
本来であればルクスだけで街に買いに戻ればよいのだが、それをすると人里で暮らしていないイグニは何年も街に行かず常識で取り残される部分が出てしまう。
なので、ルクスはイグニを連れて街によく足を運んだのだ。
イグニが急にかぶれて本なんて読み始めたのは、街に運んだ時に耳にした女の子たちの会話によるものである。
即ち、『賢い男はモテる』というものだ。
『ふむ。じゃから、珍しく本なんぞを読んでおるわけか』
『そうだよ! 俺は知的な男として夢のモテモテライフを……』
『甘いッ!!!』
凄まじい勢いで飛んできたルクスのビンタをイグニは本に夢中で回避できなかった。
『ぐへぇ……ッ! 何すんだよ!!』
『モテのために新しく趣味を増やすその心意気や良しッ! じゃがな、イグニ! お前は大事なことを忘れているッ!!』
『だ、大事なこと……ッ!?』
イグニは手に持っていた本を地面に落としてまで、ルクスの言葉を待った。
『お前には……その属性は向いてない……ッ!!』
『む、向いてない……? ど、どういうことだよ! じいちゃん!!』
『世の中には向き不向きというものが存在している……っ! 魔術の属性に“適性”が存在しているように……っ! モテにも“適性”がある……ッ!!』
告げられた衝撃の事実に、イグニは一瞬頭の中が真っ白になった。
『も、モテの“適性”……? そ、それってどういうものなんだ……ッ!? どうすればわかるんだ……!?』
『魔術と違って簡単に分かるものではない。ただ、お前に向いているか。向いていないかくらいは判別がつく。例えばな、イグニ。黒髪の者と、赤髪の者。似合う服装が違うことは分かるか?』
『う、うん。それくらいは……』
『つまり、モテの“適性”とはそういうこと……っ! 生まれ持った容姿や体格によって取るべき戦法が変わってくる……っ!!』
『な、なるほど……っ!』
イグニは祖父の正論に感激した。
『つまりイグニ! お前にはその“知的”な戦略は向いてない!! 向いていない戦法で戦えないこともないが……それは、不利ッ! 圧倒的に……不利……っ!』
『……っ!!』
イグニは自分の考えの甘さをぎゅっと手のひらを握りしめることで実感した。
『分かったら、修行に戻るぞ。なに。心配するな。ワシがお前にぴったりの戦法を教えてやろう』
『ほ、本当!?』
『無論。そのためにワシがおる』
『さ、流石じいちゃん! 頼りになる!!』
腐ってもルクスは“極点”である。
イグニは祖父の自信あふれる姿に、得も言えぬ安心感を覚えた。
『でも、じいちゃん』
『なんじゃ?』
『それって俺が馬鹿ってこと?』
『…………』
――――――――――――――
その問いにはついぞルクスは答えてくれなかったが、イグニはその過去の経験から深く学んだ。自分にとって得意とする戦法。不得意とする戦法が存在することを。
だからこそ、イグニはたった1つしかない『ファイアボール』を極める決意をしたわけで……。
「あの子ですかね?」
ふと、図書館3階の図書閲覧スペースに1人の少女が静かに座って本を読んでいるのが見えた。
亜麻色の髪の毛に金の瞳。
ふっと消えてしまいそうな儚さと、本で身体が隠れてしまうのではないかと思うほどの小さな体躯。
だが、じぃっと本を読んでいる少女は間違いなく資料に記されているエスティア本人だった。
「……失礼。エスティアさんですか?」
イグニは読書途中のエスティアの肩をちょんちょんと触って、そう聞いた。
「あっ。わっ。ひゃ、ひゃい!? なんですか!!?」
だが、ひどく慌てた様子のエスティアは大声を出しながら椅子から転げ落ちそうなほど驚愕して……。
「大丈夫か?」
そっと椅子から落ちそうになるところをイグニが支えた。
「驚かせて悪い。俺は生徒会の……」
イグニが名乗ろうとした瞬間、エスティアが口を開いた。
「……本物だぁ」
と。
「……本物?」
「あ、はい! イグニさん、ですよね?」
エスティアが恐る恐るそう尋ねてきたので、イグニはこくりとうなずいた。
「わっ! わわッ! 本物だ! 本物だ!!」
きゅっと小さな手で本を握りしめて、おろおろとしながらエスティアはまっすぐ手を差し出してきた。
「あ、あの! ファンです!! よろしくお願いします!!」