第6-1話 依頼と魔術師
夏休みもすっかり終わり、2学期が始まったばかりの学校でイグニはミルから手渡された紙を見て、その題名を読み上げた。
「ロルモッド魔術学校対抗戦?」
「うん。2学期の中でも1番のイベントだよ!」
生徒会室でミル会長がそう言って手を上げた。
「クラス対抗戦と個人対抗戦の2つがあってね。魔術での競い合いをやるんだよ!」
「魔術での競い合い……。それってこの間の『大会』とは違うんですか?」
イグニがこうして言う『大会』とは1つしか無い。
フレイと激闘を繰り広げたアレだ。
「前のやつは一般の人も含んでやってたでしょ? でも今回のやつは別! ウチの学校からしか出ないし、学年でクラス別に別れて競い合うんだよ」
「楽しそうですね」
「楽しいけどね、イグニ君にはちょっと物足りないかも」
「学年別ですからね。俺は1年生としか戦えないってことですか?」
「うん。そうなるね」
“最強”と自負するイグニから見ても今の1年生には優れた魔術師が数多く在籍していると思っている。だが、彼ら彼女らを相手にして勝てないかと聞かれるとノーだ。絶対にイグニが勝つと胸を張って頷くだろう。
「このクラス対抗戦って何やるんですか?」
そう聞いたのはユーリ。
彼もまたイグニと同じようにミルからプリントを手渡されて、内容を読んでいたが理解できないところがあったようだ。
「ん? これはね。フラッグ争奪戦だよ」
「フラッグを? どうするんですか?」
「えっとね。まず、学校側が用意してあるフィールドがあるんだけど、そこに各クラスごとに3つのフラッグが置いてあるの。それを全部取られたクラスの負け!」
「た、たったそれだけですか?」
「うん。そうだよ。禁止事項は相手チームを殺すこと」
殺す、という言葉をさも当然かのように言うミル。
魔術でのぶつかり合いに絶対の安全はない。
つまり、そこにはリスクとして死がつきまとう。
「誰かを殺した時点でそのクラスの負け。それ以外は何をしても良い」
ミルは笑顔でそういうと、ユーリはこくりと唾を飲み込んだ。
「旗を取られないように戦略を練る者。旗を守る者。そして、相手の旗を奪いに行く者。クラスの中で上手にチームを分ける必要があるし、それぞれ必要とされる力は別。どう? 単純だけど、難しそうでしょ」
「……ですね」
ユーリはこくりとうなずいた。
イグニは確かに面白そうだな、と思って自分ならどこに配置されるかを考えた。
「多分、イグニは旗を奪いに行く人だよね!」
「だよな。俺もそう思っていたところだ」
イグニの機動力を考えればそうなるだろう。
「ぼ、ボクはどこだろう……?」
「ユーリは旗を守る役割だろうな」
「そうかな? うん。イグニが言うならそんな気がしてきたよ」
ユーリはもともと支援魔術師だ。
ここ最近は過去のトラウマを乗り越えて、攻撃魔術を使えるようになったものの、それでも長い間使っていないというブランクがあるためロルモッドで常に攻撃魔術を学んできた学生たちに通用するかという心配がある。
だが、旗を守る時に攻撃側の防衛に関してはユーリの得意とするところなのではないだろうか。
優れた支援士は、タイミングを見極めて求められている支援を的確に行わなければならない。ならば、その逆もできるということだ。
「それで、こっちの個人対抗戦っていうのは……?」
「ん? そっちはね、希望者だけが参加する学年別の魔術対抗戦だよ。文字通り、一対一で競い合うの」
そういってミルが新しい紙をイグニに手渡した。
イグニはそれを手に取ると、中身を確認。
「学年で分けられてるのはね、よっぽどじゃないと勝負にならないからだよ」
そこには5種類のフィールドが記されていた。
「『大会』よりも多く用意されたフィールドの中で、どちらかがギブアップするまで競い合うの。もちろん、相手をエリア外に追い出しても良い。純粋な魔術勝負だけじゃなくて、多彩なフィールドをどう使うかも戦略ポイントだよ!」
「何もない平面のステージだけじゃなくて、起伏のある丘陵ステージ。水場のステージもあるんだ……」
イグニの後ろでユーリが5つのフィールドを見ながら、ぽつりと漏らす。
「希望者ってことは全員参加じゃないんですか?」
「うん。だって、戦闘に向いてない人もいるでしょ? そんな人たちが戦うのは無駄だと思わない?」
「……確かに」
イグニがぱっと思いつくのはエドワードだろう。
彼の得意属性は【生】属性。
そして、得意術式は治癒魔術だ。
身体を治すことを得意とする彼が戦いの場に出ることは、彼にとっても大会にとっても良いことにはならないだろう。
「でも、逆に言えば戦える子は基本的に全員参加なんだよね」
そしてミルは机の上に山のように積み上げられた書類を探し始めた。
「ん? じゃあ、俺も出るってことですか?」
「イグニ君は特別枠だよ〜」
「特別枠? なんですかそれ」
「ほら、前に『大会』で優勝してるでしょ? そういう子は特別枠になるの。だって、イグニ君の実力は他の場所で認められてるんだから、対抗戦だと別の子の実力を認めてあげないとね」
そう言ってミルは新しい書類を1枚取り出した。
「なら、俺の特別枠ってのは何をするんですか?」
「イグニ君と同じ学年の対抗戦優勝者と最後に1戦やるんだよ」
「良いんですか? 勝ちますよ?」
「ま、それはそれで一興ってやつだよ。そして、イグニ君。今から新しい仕事」
ミルは先程見つけ出した書類をイグニに手渡した。
「この子が唯一、対抗戦への参加を拒否してるの。イグニ君にはその子を口説き落として、大会に参加させてほしいんだよ」
書類に書かれていたは――“万”のエスティア。
前期の首席だ。
黄金の世代に数えられ、イグニは何度も名前を聞いたことはあったが今まで一度も会ったことがない。
クラスが違うし、『大会』にも参加してこなかったからだ。
「口説き落とすって……」
「ほら、イグニ君。女の子の友達多いし、慣れてそうでしょ?」
「ま、まぁ……」
言外にモテてると言われてると思ったイグニは悪い気はせずに、後頭部をかいた。
「というわけで、イグニ君にはこの子の首を縦に振らせてほしいの」
「やってみます」
モテの作法その5。――“困っている女性は助けるべし”。
ミル会長の頼みごとに、イグニが首を横にふることはないのだ。
ありがたいことに拙作『中卒探索者』がHJ大賞を受賞させていただき、書籍化することになりました。
『極点』共々、よろしくお願いいたします。