第5-33話 報酬と魔術師
「帝国を救った勇者たちに、勲章を……」
皇帝の声を聞きながら、イグニは恭しく礼をしていた。
貴族時代に培った作法なので、王国式だがイグニの出身がそこにあるということでそれも許されていた。
イグニの隣にいるのはアリシア。
彼女も皇帝の前で深く礼をしていた。
その顔は以前に比べてとても晴れやかに見える。
彼女自身を縛っていた呪いの鎖は、彼女自身が打ち払った。
皇帝の隣にはセリアが控えている。
“生の極点”たる彼女は帝国の剣。ならば、皇帝の守護者には彼女こそが相応しい。
ちなみにだが、セリアはイグニたちがフラムを捕まえた翌日にもう1人黒髪の青年の首だけを持って帰ってきた。そして、両腕が無くなっていたイグニの傷を一瞬で治すとフラムの拘束魔術を強化した。
聞いた限りでは吸血鬼たちと連戦を繰り広げた後、“咎人”と戦ったらしいのだがそれにしては、帝都の事後処理に邁進していた。
イグニはセリアの体力お化け具合に驚きながらも、自身の継続戦闘能力を高める必要があると心に決める1日になった。
皇帝からの勲章を受け取ると、イグニはアリシアと一緒に彼女の部屋に移動。
「ふぅ」
そして、ゆっくりと息を吐き出した。
「慣れない?」
「堅苦しい場所は苦手なんだ」
そう言ったイグニにアリシアが微笑む。
「元貴族なのに?」
「だから、『元』なんだぜ?」
お互いの軽口もいつにも増して、明るさが混じっている。
それもそのはず。
2人は目に見えない魔力の経路で繋がっているのだ。
「そうだ。イグニに伝えたいことがあったの」
「俺に?」
「そう。見てて」
そう言ってアリシアは手元に初級魔術である『ウィンドボール』を生成。
そして、
「『纏風』」
轟、と風が吹き荒れた。
舞い上がる風にイグニが目を細め、そしてゆっくりと開いた先にあったのは、莫大な魔力が渦巻く『ウィンドボール』。
「それって……?」
「イグニのやってる『装焔』と同じ方法で、魔術を強化してみたの」
さらっと言うアリシアだが、それは爆発寸前の爆弾を手に抱えているようなもの。
魔力の密度を高めた状態で熾せば、当然魔術の威力は上がる。
だが、全ての魔術師がそれを行わないのはただ1つ。
それを行う必要がないからだ。
イグニの『装焔』は、初級魔術しか使えない彼が中級以上の魔術に対抗するために生み出した秘技。しかし、それは諸刃の剣である。
通常、魔力というのは扱う量が多くなればなるほどその分技量が求められる。
イグニは『ファイアボール』に通常の数百倍という魔力を注ぎ込み、それを使っているが多くの魔術師はそれをする必要がない。
単に、上級魔術を使えば良いだけだからだ。
「……でも、アリシアはそんなのしなくても」
「ううん。ここからが本番なの」
そう言ってアリシアが窓の外を指さした。
今日は生憎の曇天。夏の日差しが無いのが残念だが、直射日光がない分、涼しい。
「『風よ』」
アリシアは手に持っていた『ウィンドボール』を、空に向かって投げる。
ふわり、と風に乗って浮かんでいったそれは空高くで爆ぜて、
ドウッッツツツ!!!
雲を一切残さず散らした。
「こんな小さな魔術でも『天災魔術』になるの」
それは間違いなくイグニがやってきたこと。
彼も同じく『ファイアボール』で、雲を散らしたことがある。
「初級魔術でこれなら、上級魔術で使ったらどうなると思う?」
「……凄い事になるだろうな」
雲一つない青空から差し込む太陽光を見ながら、イグニはアリシアを見た。
それはイグニには絶対に出来ないことだから。
「凄いな。アリシアは」
素直に、彼女に対する敬意だけが出てきた。
たった1つの武器を磨き上げるイグニと違って、アリシアには数多くの選択肢がある。
「ううん。イグニのおかげ」
「俺の?」
「うん。イグニとパスを結んだ瞬間に、イグニがどういう風に魔術を使っているのかが頭の中に流れ込んできたの」
「あぁ、だから」
「使えるようになったんだよ」
イグニが風の軌道を読み抜いたと同じようにアリシアにもイグニの感覚が伝わっていたのだ。
「そっか。嬉しいよ」
アリシアはきっと強くなる。
今はまだ羽化する段階だけれど、遠くないうちにきっと。
だからこそ、自分がその一翼を担えたことが素直に嬉しかった。
「でも、流石に魔法を使ってる時はどうなってるのか全然分かんなかったけどね」
そう言って笑うアリシアの横顔がとても綺麗で。
イグニはしばらくそれに見とれた。
「あら。さっきまで涼しいと思ってたのに、雲が晴れたと思ったらアナタの仕業?」
ゆるりとアリシアの部屋に入ってきたのはハイエム。
“冰”の2つ名を持つ彼女はやはり暑さに慣れないのだろうか。
直射日光をひどく嫌がっているように見えた。
「そうよ。これでハイエムが天候を変えても元に戻せるわ」
「その必要はないわ。この腕輪、素敵だもの」
そう言ってハイエムが銀の腕輪を自慢するように見せてくる。
それは帝国の技術が詰め込まれた魔導具。
腕輪をつけた人間の周囲に簡易的な結界を張って、周囲に散布される魔力を腕輪に集めてろ過して空気中に散布する。これにより、サラやハイエムの特殊な魔力を無害化しているのだ。
「それ、気に入って貰えれて何よりだわ。ウチの技術部も喜ぶわね」
「ええ。お礼を言っておいて。これで私も魔法使いの側にいられるのだから」
「別に魔法使いの側にいるからって、魔法が使えるようになるわけじゃないからな?」
イグニは一応ハイエムに釘を刺しておく。
魔法とは刹那の気づきである。
それに気がつくかどうかで、魔法使いになるかどうかが決まると言っていい。
故に、魔法使いに年齢は関係ないのだ。
「でも、身近で見ればヒントくらいにはなるじゃない」
「まぁ、それはそうかも知れないが……」
しかしイグニの魔法はどちらも『ファイアボール』に特化した魔法である。
彼女自身の魔術を多く持つハイエムに応用が効くかどうかは別だと思うのだ。
だが、イグニとて2つの魔法は数多くの魔術理論からの閃きだったわけで、そういう意味で言えば彼女がイグニの側で魔法を見るというのは、無駄なことではないのかもしれない。
「イグニ様。こちらにいらっしゃいましたか」
ふと、部屋の外からイグニを呼ぶ声がする。
この声の主は間違いなくセバスチャンだ。
「報酬の件について、お話がありまして。こちらに来ていただけますか?」
「はい。是非とも」
イグニは心の中の興奮を抑えきれずに、そういった。
「報酬って、この間のやつ?」
「いや、ハイエムの件だ」
「あら。私?」
「ああ。なんとかしてくれってな」
イグニはそれだけ告げると、部屋の外に出た。
そこには真顔のセバスチャンが立っており、
「今回の件、イグニ様のお眼鏡に叶う方を探すまでにかなりの時間がかかりまして」
「いえ、大丈夫です。時間なんて、気にしませんから」
「ええ。今回ぴったりのお方が見つかりましたので、ご案内させていただきます」
報酬とは言わずもがな、女の子の猫耳をもふもふしたいのだ。
「こちらです。お入りください」
セバスチャンに案内されるがままに部屋に入ると、そこには大きなベッドとそこに座る1人の少女がいた。
艶やかな髪と、それを引き立てるような真白い肌。
そして頭頂部には2つの猫耳があって、ぴょこぴょこと揺れている。
だが、イグニはそんなことよりも目の前にいる少女が知り合いだったことに驚いて、
「ほ、ほら。早くしなさいよ」
「え、エリィ!?」
帝国の第2皇女がそこにいた。