第5-31話 魔力の通り道
それは、無限のぶつかり合いである。
事象の内側に展延し負の無限を持つフラムの魔法に対して、4次元構造を3次元に落とす魔法によって正の無限を持つイグニの魔法がぶつかり合う。
それはさながら、お互いを喰らいあうモンスターのように空中で激しく発光。
生み出された莫大なエネルギーが、干渉しあって光へと転じているのだ!
「イグニッ!」
「……アリシアッ! 上だッ!!」
イグニの魔法も、フラムの魔法も一度発動したら後は潰えるまでは威力を保つ。ならば、発動した後に、それを展開している魔術師を邪魔しようとするのは当然たどり着く場所だ。
イグニたちの真上から降り注いできた黒炎の塊を、アリシアは空中を縫うようにして回避。だが、そこにフラムの追撃弾が飛んでくる。
「頼みがある」
イグニは降り注ぐ黒炎の雨の中、アリシアにそう言った。
「どしたの?」
「上に、向かってくれ。それだけやってくれれば。あとは俺が」
「……分かったわ」
空中に生み出された新しい太陽。
イグニとフラムの魔法の激突を、アリシアは迂回しながら空に上がる。
そこに居るのは、赤髪の青年。
イグニと同じく魔法に手を伸ばした魔法使いだ。
「……フラム。俺とお前が似てる理由が分かったよ」
イグニはアリシアの箒の上に立ち上がって、そう言った。
空気が薄く、普通であれば呼吸も難しいほどの高さだが、アリシアの魔術によって空気が確保されている。何も問題はない。
「お前。『属性特化型』なんだろ」
「……ああ。それが?」
どうにも、言葉に言い表すことの出来ない違和感。
それは、彼が単一の属性しか使わなかったところにある。
イグニたちのような学生と違って、通常の魔術師は自らが最も得意とする属性を軸に多くの属性を使って戦況を優位に進めていく。マリオネッタが良い例だ。彼は自らの【固有】と、【地】属性を組み合わせて戦っていた。
その例外は“極点”のように1つに極化したものか、あるいは。
「いや、どこかで似ていると思っただけだ」
イグニたちのように、それ以外が使えない者だけである。
『属性特化型』は、その名の通り使える属性が単一であり、それ以外の属性を使えない。だが、その反面。その属性に対して著しく高い適性を示す。
「……【火:SS】だ。すげぇだろ? 俺の適性はよ」
静かに、イグニの問いかけに応えるようにフラムがそう言った。
「ああ。凄いと思うぜ」
それに、素直に賞賛を送る。
『人の澱み』を燃料にして炎とするなど、通常の魔術師が行えるようなものではない。間違いなくフラムは一流の魔術師だ。
だからこそ、魔法という領域にたどり着いたのだろう。
「そういうお前も、『属性特化型』か? イグニ」
「いや、俺は『術式極化型』だ」
「……何だ、それ」
「たった1つの魔術しか使えねぇんだ」
「……それが、『ファイアボール』ってわけか」
「ああ」
イグニの肯定に、フラムは真下を見た。
今もなお、無限同士が激突しあっているそれを。
「……『ファイアボール』で、魔法使いかよ」
フラムの怯えたような、称賛するかのような言葉を流して両目でフラムをまっすぐ見据えた。
「投降しろ。お前は『地下監獄』送りになるだろうが……まあ、あそこなら死なねえよ」
「馬鹿いえ。自由こそが、何よりも俺の命だ」
「なら帝都に攻め入る必要は無かっただろ」
「……降霊魔術って知ってるか?」
「死霊術か?」
「そうだ。死人を弄ぶひどく冒涜的な魔術。死んだ英雄の魂を、彼岸より引きずりおろして素体に入れる。そうすることで、死んだ英雄を生き返らせる魔術だよ」
「それが、何だってんだ?」
「いるだろう。これからの世界に、英雄が」
「……何に使うんだ?」
「あ? お前、もしかして何も知らねえのか」
その時、これまで会話に乗って来ていたフラムが露骨に不機嫌な様子を見せると会話を打ち切るようにして、言葉を吐き捨てた。
「…………は?」
「“極点”のような鈍間な連中とは違う。俺たちは、“咎人”のやり方で生きてんだよ」
「……とりあえず、お前が話す気が無いってことだけがよく分かったよ」
「何にも知らねえで暢気に生きていられるお前らが羨ましいぜ」
少なくとも、言葉は交わした。
イグニはそう思って、強く奥歯を噛み締めた。
「イグニ」
「あ?」
「お前のそこ、澱んでるぜ」
刹那、イグニたちの真下が爆破したッ!!
「……ッ!」
アリシアとイグニがその爆発に巻き込まれるようにして、宙に投げ出されるッ!
「お前……ッ! 世界にある『澱み』も燃やせるのかッ!」
「『人の澱み』は人の業だ。暗く、重く、密やかなところに溜まる。だが、そうじゃない澱みは薄く希釈されて世界に漂ってんだ」
イグニは反射的にアリシアの方を見ると、彼女はぐったりと身体が湾曲したまま世界に投げ出されていた。
……気を失っている!
イグニは空中を落ちながら体内にある魔力を確認。既に十分。
……ありがとう、サラ。
「『装焔機動』ッ!」
足元に数千という『ファイアボール』を展開すると、それらに指向性を与えて爆発!
アリシアに向かって直線移動で距離を詰めるッ!!
「はははッ! 『ファイアボール』で空まで飛べんのかよ! なら俺も『ファイアボール』」
フラムの詠唱により、256もの『ファイアボール』が発動。
それら全てがイグニを狙って、
「『ファイア』ってな」
ズドドドドドッツ!!!
撃ちだされた!!
「……クソッ!」
悪態をつきながらもイグニはアリシアに身体を近づける。だが、どうしても『ファイアボール』の方が速度としては上! 後方から迫ってくる無数の魔力に意識を寄せつつ、なんと空中で身をひねって回避。
「『装焔』」
だが、回避するのも邪魔くさいと判断したイグニは全くもって同数の『ファイアボール』を展開。そして、
「『発射』ッ!」
フラムに向かって、撃ち返した。
「怖い怖い」
対してそう思って無さそうな顔でフラムはそう言うと、彼もまた回避。
だが、その瞬間両者の『ファイアボール』は制御を失う。
「……アリシアッ!」
だが、今のイグニには両腕が無い。
「『装焔』ッ!」
それは誰に向けるわけでもなく、己のために。
「『群体生成』」
刹那、イグニの両腕を補間するように無数の『ファイアボール』が生成されると、燃え盛る両腕がそこに出現。
そして落ち続けるアリシアをなんとか抱きかかえると、彼女の重みを腕に感じながらイグニは空中でブレーキ。慣性を活かして、柔らかく立ち止まった。
「おい、おい! 大丈夫か。アリシア!」
「……んっ。あれ、ここは……? そッ、そうだッ! フラムは!?」
「上だ。箒が狙われて……落とされたんだ」
「ご、ごめん。私が気が付くことなのに……」
「いや、俺も気が付くべきだった」
2人は空中で謝罪を重ね、そして2人でフラムを見上げた。
「……熱いか?」
「ううん。大丈夫」
イグニの両腕は『ファイアボール』で構成されている。
いくらイグニが熱を抑えているからと言って、フラムのように全く熱を出さないようには出来ない。
だが、アリシアの纏っている防魔の服がイグニから伝わる熱をシャットダウン。
「何だか、2人で姉さんを倒した時みたいね」
「懐かしいな」
ふと、アリシアがそう言うと、こんな時だというのにわずかな懐かしさがイグニの懐に入りこんできた。
「今回だって勝てるさ」
「そうね。イグニは強いから」
「いや。アリシアが、いるからだ」
「……別に私は」
「もう一度、魔法を使う」
アリシアが、ふと顔をあげてイグニを見た。
「アリシアにしか、頼めない」
「……分かった。絶対、私から離れないでね」
ぎゅっとアリシアがイグニに抱き着く。
彼女の体温がそっとイグニに伝わって来て、そして何よりもどこまでも。
2人の心が繋がった気がした。
「これって」
「……ああ」
それは、魔力の繋がり。
絶対的な信頼者が結べる魔力の通り道。
即ち、パスである。