第5-24話 パレードと魔術師
城の外から大きな太鼓の音と笛の音が聞こえてくる。
城内にまで届くその音は、これから皇族が帝都を回るのだと示唆する祭囃子。
「アリシア、顔色悪いけど大丈夫か?」
「……大丈夫よ」
いつものように気丈に答えるアリシアだが、どうみても顔色が真っ青だ。
緊張しているのだろうか?
イグニが絢爛なドレスに身を包んだアリシアを見ながら、そう思った。
「ええ、大丈夫。問題ないわ。少し寝不足なだけ」
「馬車の中で眠らないようにしないとな」
「ふふっ。分かってるわよ」
軽口を言い合って、アリシアが馬車に乗りこむ。
馬車、と言ってもそれは普段イグニたちが移動に使っている物ではない。
パレード用に改造され、アリシアたち皇族がもっとも目立つように少し高台になり、腰掛けられるようになっている。
イグニたちのような従者は、皇族が腰を掛ける台座よりも一段下がったところで座って待機するのだ。
「イグニ様! 今日は隣に座れますね!!」
「ああ、そうだな。しっかり仕事しよう」
イリスがイグニに近寄って、目を輝かせながらそう言った。
彼女が犬だったら、今頃しっぽを振っているだろう。
「お願いね、2人とも」
「……本当に大丈夫か?」
普段だったら滅多に言わないようなことを言うアリシアにイグニは心配が勝った。
「貴女らしくないわね、アリー」
「……エリナ姉さん」
アリシアと同じようにこちらもまた絢爛なドレスに身を包んだエリィがやってきた。
こうして2人並んでいると、やはりどことなく顔立ちが似ている。
「たかだか占いに振り回され過ぎじゃない?」
「でも……」
「占いはあくまでも占い。結果が出るって決まったわけじゃないでしょ?」
「……それは、そうなんだけど」
どうにもアリシアの歯切れが悪い。
「なぁ、アリシア。その占いって、何を占ったんだ?」
「『犠牲』、よ」
「……ああ」
それは、イグニも常に気にしていたカードのこと。彼には占いが分からない。『ファイアボール』以外の魔術が使えない彼にとって『古の魔術』も使えないからだ。
だが、それでもその言葉から、カードがどんな意味なのかはある程度推測できる。
「この生誕祭で『犠牲』を引く確率が80%強って出たわ」
「……随分と高いな」
「イグニが側にいると60%よ」
「それでも、半分以上か」
「生誕祭には各国の要人も来るわ。帝都を一周した後、そこで式典を行うの」
「ああ、らしいな」
その流れは昨日、騎士団長と打ち合わせ済みだ。
「その時に、隣国の王子たちも来るの」
「……なるほど」
イグニは、アリシアの言いたいことを理解した。
「お願い。イグニ」
「分かった」
故にその縋るような視線に、大きく頷いた。
「アリー、早く馬車に乗りなさい。遅れるわよ」
エリィがそう言ってアリシアを急かすと、彼女は先に自分の馬車に乗った。
アリシア自身もずっとこうしてグズっているわけにはいかないと思ったのか、両の手を強く握って馬車に乗りこんだ。
それに続くように、イグニたちもアリシアたちから一段下がった場所に乗り込む。
「イグニ様。緊張しますね」
「だな」
隣に座り込んだイリスとそんなことを語り合っていると、ゆっくりと馬車が進み始める。先頭はエリィ、それに続くようにアリシア、そして最後に皇帝の馬車というわけだ。
馬車は城を出ると、そのまま城下町に入っていく。
『――ワァァアアアアアアアアッ!!!!』
外に出るなり、とんでもない歓声に出迎えられた。
大通りには人が溢れかえっており、皇族の姿を一目見ようと押しかけたのだろう。多くの人が皇族に手を振っていた。
無論、アリシアたちも黙ってそこに立っているわけでは無い。
同じように、彼らに笑顔で手を振るのだ。
「……凄いな」
「でしょう? 毎年こうらしいのです」
「ん? イリスは知らないのか?」
「はい! 私は帝国の中でも地方に住んでいましたから……。このパレードを見たことあるのは数回なんです」
「……ん? でも、イリスの家って貴族だろう? 貴族なら、こういうことには参加しないといけないんじゃないのか?」
「いえ、あの……。貴族にも箔というものがありまして」
「うん」
「皇帝に顔を見せれるだけの箔を持っている貴族と、そうじゃない貴族がいるんです」
「……そういうことか」
ある程度理解できたイグニは唸った。
「そうなんです。私の家は皇帝に顔を見せられるだけの箔が無くて……」
三流貴族と前に彼女が言っていたが、いろいろと大変なことを抱えているのだろう。イグニはこの話題に触れるのは避けようと思った。
馬車の周りを騎士団たちが護衛し、狙撃スポットからは全体の行進を俯瞰しつつ安全にパレードは進行していく。
「……どっちで仕掛けてくるかな」
ぽつり、とイグニが漏らす。
だが、それを聞き逃さなかったイリスがイグニに尋ねた。
「どういうことですか?」
「この生誕祭は大きく分けて2つに分けれるだろ?」
「パレードと、式典ですか?」
「そう。パレードはこうして民衆が多いから、襲撃したときに混乱を招きやすく、さらに警備も式典に比べたら薄い」
「なんとなくわかります」
「ただし、式典には各国の要人が集まっている。警備は厚いが、襲撃したときに得られるリターンとしてはそっちの方が大きい」
「なるほど! 確かにそうですね」
「イリスなら、どっちから攻める?」
イグニは周囲への警戒を怠らず、イリスと言葉を交わす。
一方のイリスも周囲に探知魔術を使いながら、イグニとの雑談に興じていた。
それは互いに並大抵の技術ではない。
ロルモッドで鍛えたからこそ、出来る芸当である。
イグニの場合は祖父に鍛えられたが。
「そうですね。私だったら、パレードですかね」
「どうして?」
「だって、これだけ多くの人がいるんですよ? 何かパニックが起きたら、大変なことになるなんて分かりきってるじゃないですか」
「だろうな」
「だから、私だったら部隊を2つ用意します。片方はここでパニックを起こさせるため。そしてもう1つは、パニック中に要人を倒すためですね!」
「……流石だな、イリス」
それは、イグニとほとんど同じ考え。
いくら“咎人”とは言え、式典に集まった各国の要人を護衛する猛者たちを相手にどこまで戦えるのだろうか。
だからこそ、狙ってくるのはこのパレード中。
警戒を怠らないようにしなければ、と身構えた瞬間、街の遥か遠くで魔力が爆発した。
「……ッ!」
「イグニ様?」
イグニは馬車の近くを歩いていた騎士団に視線を配る。
ここで大騒ぎをすると、混乱が市民にまで伝わってしまう可能性があるからだ。
イグニと視線があった騎士団員がすぐに近寄ってくる。
「どうされましたか!?」
「南東の方で魔力が爆発した。何か、来るぞ」
「……ッ! 確認します!!」
短距離通信用の魔導具を取り出し、騎士がどこかに語りかける。
そして、わずかの後に困惑を乗せた声色とともに帰ってきた。
「……南東にあるダンジョンが機能不全に陥りました。大氾濫が起きたそうです」




