第5-23話 打ち合わせの魔術師
「良いか、イグニ君」
イグニの前にいるのはいかつい騎士団長。相変わらずの筋肉と、笑顔以外の表情を許さないような表情筋がびっちりと顔に張り付いている。そして、2人がいるのは騎士団の施設にある作戦会議室であった。
「帝都にある狙撃スポットはここにある通りだ」
「……結構ありますね」
目の前の板に地図が貼り付けられ、狙撃スポットが赤い丸で囲まれていた。
「帝都は攻め込まれたときに、反抗拠点としても活用できるからな! 帝都まで侵入されたときにも、ちゃんと反撃できるように狙撃スポットが用意してあるのだ!」
「……良いんですか? そんな情報を俺に教えても」
「ああ! 君の話はアリシア皇女だけではなく、セリア様からも聞いている! 信頼しているよ!!」
騎士団長が相変わらずの笑顔でそういうが、イグニとしては納得。
アリシアだけでなく、セリアからも頼み込まれたのであれば帝都民はイグニに全幅の信頼を寄せるだろう。
セリアには、それだけの積み重ねがあるからだ。
「分かりました。続けてください」
ちゃんと相手によって敬語が使える元貴族っ子のイグニが先を促すと、騎士団長は頷いた。
「この狙撃スポットは当日、全て騎士団員が配備され皇族の護衛として使われる」
「なるほど。そこを使って、皇族に襲い掛かった連中を先に撃つと」
「そういうことだ。しかし、相手は“咎人”。我々の埒外の攻撃をしかけてくることは想像できる」
「魔法、ですか」
0から1を生み出す奇跡。
それは、多くの魔術師が手を伸ばし、そして届かぬ極みの果てである。
「そうだ。だから、その場合は君にお願いすることになる。大丈夫だろうか?」
「何とかしてみますよ」
イグニは騎士団長の確認を笑顔で流した。
自分も魔法使いである。そして、最強である。
その自負こそが、イグニの自信につながっている。
「ありがとう。それ以外に関しては、私たちに任せてくれ。こう見えても、皇族を守って来たのだ」
こう見えても、ね。
イグニは騎士団長の言葉を心の中で反芻しながら、苦笑を浮かべて彼の手を取った。
王家、皇族の下につき、彼らを守護する騎士団に入るためには過酷な試練を乗り越える必要がある。もしくは、輝かしい経歴のどちらかが。例えばエリーナの兄、ハウエルはロルモッド魔術学校という世界最高峰の学府にて3年間首席を務めた。
故に彼は騎士団にて、今も輝かしい経歴を残している。
彼の場合は首席だったが、ロルモッド魔術学校の生徒会で生徒会役員を務めるなどでも騎士団に入れるだろう。
逆に言ってしまうと、そんな人間でないと入れない。
冒険者のように誰でもがなれる仕事ではないのだ。
当然、その打たれ強さや戦いのノウハウの積み重ねなどは冒険者とは比べものにならない。
かつてイグニと戦ったあの新人騎士も異常なほどに打たれ強かった。
「当日、何もないことを祈りましょう」
「うむ。それが何よりだ」
イグニたちはミーティングを終えると、外に出た。今度は馬車の確認である。
夜の闇の中、月の光に照らされるように、翌朝皇族が乗る馬車が照らされていた。
「イグニ君。明日、君はアリシア皇女の馬車に同乗してもらう」
「ん? アリシアの、ですか?」
“咎人”が戦争を吹っかけてきているのなら、皇帝の馬車に乗らなくて大丈夫なのだろうかと疑問に思っていると、
「流石に生誕祭の時、外国の人間を皇帝の馬車に乗せるわけにはいかないのだ」
と、ここで初めて笑顔が歪んだ騎士団長が答えた。
イグニはそれを聞いて納得。
確かにいかにセリアやアリシアから信頼を寄せられているとはいえ、イグニは王国の人間である。そして、王国と帝国はお世辞にも仲が良いとは言えない。
無論、それだけで同じ馬車に乗らないということは無いだろうが、今回は皇帝の生誕祭。つまり、帝国のお祭りである。
そこに王国の人間が乗り込んで、場を乱すというのも良くないだろう。
「……なんでアリシアなら良いんですか?」
「うん? 君はアリシア皇女と学友なんだろう?」
「あ、ああ。それはそうですけど……帝都の人たちは知ってるんですか?」
「心優しいアリシア皇女は帝国だけではなく、王国の文化とその理解のためにロルモッド魔術学校に通われているのだろう?」
いや、いるのだろう? って聞かれても。
どうにも、イグニがアリシアから聞いた話と帝都に伝わっている話に違いがあるようだが、彼女は皇族だしそういうこともあるのだろう。
「つまり、ご学友の君が乗ることには問題はない。それにこれは、アリシア皇女からの依頼なのだ」
「アリシアから?」
ちょっと意外だったイグニは尋ね返す。
「ああ。占いの結果から……と言われていたが」
「占いの」
アリシアの占いはそこそこ当たるので、信頼しておいて損は無い。
そういえば占いで思い出したが、『犠牲』のカードの問題はどうなったのだろうか? ハイエムは上手くやってるだろうか。
「あら。こんな夜に、熱心なことね」
「ハイエム。元気してたか」
ふと、女の声がしたかと思うとイグニの側に蒼い髪の女性が立っていた。気高き竜で人と喋らないという演技をお願いしたはずだが、普通に話しかけてきたのでイグニは少しだけ驚いた。
「ええ、とてもよくしてもらっているもの」
「それは何よりだ」
イグニの背後で騎士団長が身構えているのが伝わってくる。
それも致し方ない事だろう。彼女は最強種。
イグニが止めなければ、一瞬で帝都を丸ごと氷漬けにすることだって出来るのだから。
「明日はどうするんだ?」
「どうもしないわ」
「ん? そうなのか?」
「ええ。今は物語を読むので忙しいの」
「……ん?」
ハイエムから思いもよらぬ単語が出てきたので、イグニがそう尋ねると、
「物語って……本を読むのか?」
「ええ、読むわよ」
「どんなものを読むんだ?」
「今は『赤竜と黒騎士』の物語よ」
ちなみにそれは絵本である。
「……面白いか?」
「ええ、素敵だわ」
そういうハイエムが、イグニには幼い乙女のように見えて。
……女の子は、みんな乙女なんだな。
そう、思った。




