第5-21話 猫と魔術師
エリィを城まで送っていって、数日ぶりに宿に戻るとユーリとサラが既に部屋の中にいた。
「お帰り、イグニ」
「遅い!」
「ただいま」
3日ぶりだが、特に変わらずユーリとサラが待ってくれていた。
「サラ。途中で魔力を借りたけど、大丈夫だった?」
「魔力を? 気付かなかった」
パスがつながっているのは双方向なので、サラから魔力を借りれば彼女からもかなりの量を持っていくと思うのだが、サラは何も気にした様子が無い。
相変わらず底なしと表現するのに相応しい魔力量だ。
「そっか。ありがとな」
「ううん。役に立てたら、嬉しい」
サラはそういって満足げに頷いた。
「ところで、ドラゴンはどうなったの? イグニ」
「何とかなったぞ」
「流石だね。倒したの?」
「いや」
「逃がしたの?」
「いいや」
「え? なら、どうしたの?」
「説得して、人の姿になってもらった」
「そんなことが出来るの!?」
ユーリが驚くのも無理はない。
竜が人の姿になるなど、御伽噺の産物だ。
そんなファンタジーが現実にあり得るなどと普段から考えて生きている者はそう多くないだろう。
「ああ。今は城にいるが……多分、学校について来るぞ」
「が、学校に? “冰”のハイエムが……?」
「ああ……」
イグニと一緒に居れば魔法が使えるという理屈なのだろう。イグニは別に魔法を使えることを隠しているわけでは無いので、一緒に居ても問題は無いのだが、教師たちが何というかが目下の悩みだ。
ロルモッド魔術学校の教師陣なら受け入れるだろう……というのが、イグニの見立てではあるが、拒否なんてしようものなら大変なことになりそうだ。なので、イグニはこの件に関して考えることを辞めた。
「そういえば2人はもう夕食は食べたのか?」
「ううん。まだだよ」
「お腹空いた!」
「ならどこかに食べに行こうか」
「そうだね。そうしよう」
お腹を空かした3人は大通りに出ると、適当な店を探している途中に見知った顔を見つけた。
「ん? イグニたちか」
「久しぶりだな。フラム」
イグニがどうにも似ていると思ってしまう赤髪の青年だ。
だが、いつもと格好が違う。
短杖を腰に備え、腰にはポーチが用意してある。
着ている服もいつもと違って、ちゃんと対戦用だろうか。素材の厚みや、魔力の伝導率が低く魔術への耐性を高めているように見えた。
「どこかに行くのか?」
「これから仕事だよ」
イグニの問いかけにフラムは肩をすくめて見せた。
フラムの隣をみると、いつも一緒にいた黒い髪の男の腰に一振りの剣があった。
「……剣士だったのか」
「そう。俺が前衛で、フラムが後衛。そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名前はソル。ただのソルだ。よろしくな」
「ああ、よろしく」
フラムと違って、そこまで親近感を抱かなかったのは彼が剣士だからだろうか。
いや、それにしては言葉にできない何かがあるな……と、イグニが考え込んでいると間を埋める様にユーリが口を開いた。
「仕事ってことは、これからクエストですか?」
「そう。これから地下迷宮の探索。学生は地下迷宮に潜ったりしないの?」
「後期からそういう授業があるんです」
「へぇ。流石は魔術学校だな。授業でやるのか。俺も学校に行けばよかったな」
「お前はバカだから行けねェだろ」
「あ?」
フラムは学校のカリキュラムに感心していたが、ソルの馬鹿にした態度に顔をしかめた。
「でもな、実戦は学校じゃ教えてくれねえこともいっぱいあるからな。気を付けて潜れよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
フラムはそう言ってユーリの肩に手を置いて、ソルと一緒に街の外に向かっていった。
「イグニ」
「ん?」
その姿を見送っていたサラがイグニに振り向いた。
「どうして、これから夜なのに潜るの?」
「それはな、夜はモンスターが活性化するからだな」
「活性化したら、良いことがあるの?」
「モンスターから取れる素材が良くなるんだ。だから、多く稼げるんだよ」
「なら、みんな夜に潜れば良いのに」
「ははっ。それができれば良いんだけどな。モンスターが活性化すると、強くなるから難しいんだ」
「……危ないの?」
「危ない。あの2人はBランク冒険者だから、大丈夫だと思うけどな」
「そうなんだ」
感心したような、驚いているような。新しい知識を手に入れたサラは、そんないろいろなものが混ざり合った視線で2人を見送っていた。
それからイグニたちは適当な酒場に入って、夕食を取ると宿に帰った。酒場に入るまでは、ぎりぎり夕暮れと呼んでも差し支えないほどだったが外に出るころにはすっかり夜になってしまっており、冷えた空気が火照った身体を涼めてくれた。
「そういえばイグニのおじいさん、いつになったら帰ってくるの?」
「いつになったら帰ってくるんだろうな。まぁ、そのうち戻ってくるだろ」
随分と適当な返事だが、本当にいつ戻ってくるかイグニにも予測が付かないのでそれ以外に返答しようがないのである。
「イグニ。猫ちゃんいるよ」
「ん? ああ、本当だ。可愛いな」
暗闇の中、サラが一匹の猫を指さした。路地裏から、半分だけ顔をだしてこちらを見つめてるなんの変哲もないただの猫だ。
「よく見つけたな、サラ」
「ふふん。ここら辺、たくさん猫ちゃんいるんだよ?」
そう言ってドヤ顔になるサラ。可愛い。
しかし、帝都に猫が多いとは知らなかったイグニは久しぶりに見る猫に近寄って触ろうとした瞬間、猫が口を開いた。
『ようやく見つけたぞ。イグニ』
「猫ちゃんが喋った!?」
「え!? なんで!!?」
驚くサラとユーリ。
一瞬、イグニも猫にまでモテる時代が来たかと錯覚したが、それより先に1度聞いた女の子の声を絶対に聞き逃さないイグニの脳内データベースが声の主を特定した。
「せ、セリアさん!?」
間違いなくそれは、セリアの声だった。
「え? あ、本当だ! セリアさんの声だ」
遅れて、ユーリがそれに気が付く。
彼は一度セリアに人質にされている身である。
思い出すのに時間はかからなかった。
『セリアで良い。話がある』
猫は猫のまま、3人に語り掛ける。
『イグニ。アリーとエリィを守ってくれ』
そして、“生の極点”は炎の魔術師に頼み込んだ。




