第5-20話 デートと魔術師
『イグニよ』
『どうしたのじいちゃん』
雄大な自然を前にして、ルクスはイグニに問いかけた。
イグニの周囲に纏わりつくように展開されるのは2つの『ファイアボール』。
ようやく、2つ同時に『ファイアボール』を詠唱できるようになったころだった。
『お前がモテてくるとな、訪れることがある』
『何?』
『それは……逆ナンじゃッ!』
『おわっ!? マジで!!? 本当にあるの!!?』
『ある! 良いかイグニ。モテる男はモテ続ける。モテない男はモテ続けない……ッ! そして、女はモテている男を直観で見抜くッ!!』
『そ、そんなことが……っ!』
『故に、中途半端なモテでは通用せんッ! じゃが、その中途半端を突破したときに、お前に訪れる変革……ッ! それが逆ナンじゃッ!』
『す、すごい……! そんなことがあるんだ……!!』
逆ナンなんて夢のまた夢。
イグニにとっては御伽噺の中にしかないと思っているものだが、実際にされるかも知れないという期待に胸が膨らむ。
『じゃがな、イグニ。逆ナンする女には大きく分けて2つある。今のお前の『ファイアボール』のように……』
『いや、俺はただ2つ出してるだけ……』
『黙って聞けェッ!』
『はい』
『1つ目はただ遊びたいだけの場合! こいつは心配せんでも良い。普通に遊んで終わりじゃ。じゃが、2つ目……っ! こいつは厄介……!!』
『な、なんなの……?』
『それはな、破滅願望を持った女じゃ』
『破滅願望……っ!』
幼いイグニはその単語でブルりと震えた。
『そうじゃ。自暴自棄になった者、未来に絶望した者。何かしら、自分の中で線がちぎれた者。きっかけは人それぞれじゃが、そこに至った者は厄介……っ! こちらとしても破滅に巻き込まれる可能性もある……ッ!!』
『な、なんで? だって、破滅したいなら、1人ですればいいのに』
『馬鹿たれッ!!』
バチン!!!
凄まじい速度で飛んできたルクスのビンタによってイグニの『ファイアボール』がかき消えて、直撃したイグニは吹き飛んだ。
『破滅するのはその後! じゃが、女を知らずに生きてきた男が、ともに破滅するのは飲み込まれるからじゃ』
『の、飲み込まれる……?』
『そうじゃ! 特にモテない男に多いが、ろくに女を知らんから誘われた破滅を受け入れてしまう……っ!』
『そ、そんな……ッ! じゃあ、俺はどうしたら良いんだよ! じいちゃん!!』
女性経験皆無のイグニは焦って、祖父に助けを求めた。
対して知らない間にそんな女の子に引っかかって破滅する未来がイグニには見えたのだ。
『イグニ。お前はワシを見ても何も分からんか?』
『え?』
イグニはそう言われて上から下までルクスを一度見渡した。
『目力を上げる?』
『意味が分からんじゃろうがッ!!』
ルクスのド正論ビンタを甘んじて受け入れるイグニ。
『イグニよ。救うんじゃ』
『……救う?』
『そうじゃ! なぜ、強い男がモテると思う? どうして、余裕のある男はモテると思う!?』
『そ、それは……』
『全ては、女が一緒にいて楽しいと思うかどうか……ッ! ガツン、と感情を揺さぶれるかどうか……ッ! そこにかかっている……ッ!!』
『感情を……揺さぶる……ッ!』
『無論、並大抵の事ではない! だが、破滅に向かう人間を救い上げられるような……そんな度量の大きな男こそ……モテるッ!!』
『お、おお……ッ!』
それは、確かにイグニには一理あるように思えた。
いや、むしろそれこそがこの世の真理だと思った。
『分かったなら修行に戻れッ!』
『いや、ファイアボール消したのじいちゃんじゃん……』
『うるさいッ!』
幼いイグニはこれが理不尽だと大人しく受け入れた。
――――――――――
エリィとのデートは楽しかった。
彼女に連れまわされて買い物に付き合ったり、簡単なクエストを受けたりした。
そして、その途中でイグニはずっと彼女に対して抱いている思いを、彼女にぶつけるべきかを悩んでいた。
しかし、上手く言葉にすることが出来ず、結局夕暮れまで一緒に行動した。
「今日は楽しかったわ。付き合ってくれてありがとね」
「いや、俺の方こそ。エリィとデートが出来て、楽しかったよ」
イグニとエリィは冒険者ギルドの中でそう言って握手を交わした。
「なぁ、エリィ。最後に、行きたい所があるんだ。俺に、エスコートさせてくれないか?」
「私の方が年上でお姉さんなのよ?」
「エスコートは男の仕事だろう?」
そう言ってイグニはエリィに手を差し出す。
「……そうね。帝都に慣れた私に、イグニはどんなエスコートをしてくれるのかしら」
「こっちだ」
そう言ってイグニはエリィの手を引いて外に出ると、誰もいない路地裏でエリィの手をつなぐと、『装焔機動』で空に飛びあがった。
「きゃっ!? え、な、なにこれ!? 空を飛んでる!?」
「エリィ。下を見て」
遠くの地平線から、太陽が穏やかに2人を照らす。
だが、イグニが本当に見せたいものはこれからだった。
闇に逆らうように魔導具の光が街に灯ると、それは次第にその数を増やして街そのものが大きな灯りとなっていく。
「……綺麗」
「だろ? これが、見せたかったんだ」
それは、イグニがアリシアたちとともに空から帰還したときに気が付いた景色。
帝都は人が集まり、灯りによって夜が無い。
だからこうして夜に街を見た時、きっと宝石箱のように見えるのだと思ったのだ。
「エリィ。今日のデート。アリシアが活躍したから?」
その腹いせ? と、そこまでは尋ねない。
なるべくエリィを否定するような言葉をかけずに、彼女と語り合う。
「……別に。そんなわけじゃ」
少しだけ、拗ねたようにそっぽを向くエリィ。
それは、きっと答えなのだろう。
アリシアが言っていたことをイグニは思い出していた。エリィは、自分のものを使って遊びたがる、と。
イグニはそこから推測した。
エリィは何かしらアリシアにコンプレックスを抱いているのではないか、と。
「俺はこの国のことをよく知らないんだ。でも、それ以上にエリィたちのことも知らないんだ」
「…………」
「だから、エリィとアリシアに何があったのか知らないんだ」
「慰めてくれてるの?」
「いや。ただ、本心のエリィとデートをしたいと思っただけだよ」
「……どういうこと?」
「言葉通りの意味だよ。ただ純粋にエリィに好かれて、その上でデートをしたいと思っただけさ」
上空は地面よりも風が強く、空中に立っている2人を強い風が撫でた。
「……気づいていたの?」
「ああ。俺はこう見えても、女の子の視線に敏感なんだ」
「……なにそれ」
少しだけ、不思議そうな顔をしたエリィは、イグニに向かってほほ笑んだ。
「変なの」
そして、彼女の言葉を風が届けた。




