第5-19話 帰還する魔術師
馬車で十数時間かかる道のりをイグニたちはわずか数時間で踏破して、帝都まで帰還。
『装焔機動』のような繊細な空中機動ではなく、ただ後ろに向かって爆発させ続けるという荒業もここに極まれりという手法で、遠路を乗り切ったイグニたちは真っ先に城に向かった。
アリシアたちと共に城の中に入ると、すぐにセバスチャンが出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。……そちらの方は?」
行きにはいなかった3人目をセバスチャンが尋ねる。
「“冰”のハイエムよ、爺や」
「なんと!?」
どんなことにも動じないように見えたセバスチャンが目を丸くして驚いた。それもそうだろう。竜が人の姿になるなんて、御伽噺でしか聞いたことが無いのだから。
「…………」
ハイエムは先ほどから無表情で黙っていた。移動中にイグニたちがハイエムに伝えた通りの無表情だ。彼女も精いっぱい演技をしてくれていると思うと、イグニは彼女に感謝しかなかった。
「爺や。私は生誕祭の準備をするから、ハイエムに客室を用意してちょうだい」
「かしこまりました。ハイエム様、ご要望があればなんなりと」
「……要らないわ」
静かに、そして人に興味無さげにそう言うハイエム。
これこそイグニたちがハイエムにお願いした、人に興味のない気高き竜っぽい仕草だ。
イグニは上手く行っていることに心の中でガッツポーズ。
「承知しました」
セバスチャンが頷くと、イグニの方を向いた。
「イグニ様。報酬の件なのですが、今から用意致しますのでお時間かかると思います……」
「大丈夫ですよ」
報酬と言えばイグニが夢にまで見た獣人の女の子をもふもふすることなのだが、準備がかかると言われてしまったらイグニとしてもそれを受け入れるしかない。モテる男は器が広いのだ。
「それでは、ハイエム様。こちらに」
セバスチャンがハイエムを連れて客室に向かう。
ここからはなるべくボロが出ないようにしてもらうしかない。夏休みが終わればアリシアはロルモッド魔術学校に戻るので、今しばらくの我慢であるということはハイエムに伝えている。
なので、生誕祭が終わるまではイグニと離れることをハイエムは了承したのだが、少しだけ疑念が残らないこともない。
そんなハイエムがトラブルを起こさないように後ろから祈っていると、アリシアから声をかけられた。
「イグニはこれからどうするの?」
「ん? いったん宿に帰るよ。ユーリとサラも待ってるだろうし」
「そう。なら、次に会えるのはいつかしら」
「すぐだよ。遅くても生誕祭だ」
「ふふっ。楽しみにしてるわ」
アリシアがそうほほ笑むと、踵を返して城の中に消えていった。イグニはそんなアリシアを見送ると、自分も街へ向かった。
しかし、時は日中。2人は宿にいないだろうから、合流しようとすると街の中を探さないといけない。困ったなぁ、と思いながらも帝都の中で分かる場所から潰していこうと思い、イグニは冒険者ギルドに向かった。
ギルドの中に入ると、ユーリと来た時よりもはるかに多い冒険者の数に最初は驚いた。だが、それがハイエム討伐に駆り立てられていた冒険者たちが戻っただけだと気が付いて納得した。
それにしても、相変わらず男ばっかりだな……と思っていると、後ろからチョンチョンと誰かに指でつつかれた。
「久しぶりね。元気してた?」
「エリィ! 久しぶりだな」
そこに居たのはフードを被った獣人の少女。
イグニたちがハイエム討伐に向かったので、城の中で1人残っていたお姫様だ。
「どうしてここに?」
「私はFランク冒険者よ? ギルドに居たらまずい?」
「……いや。問題はそっちじゃなくて」
「生誕祭だって言いたいんでしょ」
イグニの考えを見透かしたようにフードの下でエリィがほほ笑んだ。
「あ、ああ。生誕祭は準備とか……その、色々とあるんだろう?」
「準備なんて最初のスピーチ練習くらいよ。それに、アリーのおかげで準備する時間はたくさん取れたし」
そういって肩をすくめるエリィ。
アリーというのはアリシアの愛称なので、イグニたちが港町にいる間に準備を終えたのだろう。今はこうして抜け出して遊んでいるというわけだ。
「逆に聞くけど、どうしてイグニはここにいるの?」
「さっき終わったんだ」
全てを言わなくても、それだけで彼女には全てが伝わるだろう。
「やるじゃない。流石はイグニ」
「いや、今回は俺じゃない」
いつもなら照れたり、受け止めたりする賞賛も今回ばかりはアリシアのために受け入れるわけにはいかない。
そんなイグニの返答が予想外だったのか、エリィは目を丸くした。
「そうなの?」
「ああ。今回の立役者はアリシアだ」
「ふーん、そう」
その時、エリィの声が酷く冷え切った。
興味がないような冷たさではない。ただ、アリシアが何かを成し遂げたことが気に入らず、抱いた心の炎を無理やり押さえつけているかのような……そんな冷たさがそこにあった。
「王国で遊んでるのかと思ったら、そうでも無いのかしら」
そして、吐き捨てた。
「それで、俺はユーリたちを探してるんだが知らないか?」
イグニはこの話を続けることに危機感を抱いて、話題を変えた。いつまでも負の感情を引っ張るような話は早々に切り上げてしまうに限る。
だが、エリィはイグニの問いには答えなかった。
「イグニ。あなた、これから暇?」
「……え? ああ、暇だけど」
ユーリたちと合流することしか考えていなかったが、合流したところで何かすることがあるわけでもない。だから、暇かと聞かれたら暇なのだ。
そんなイグニの返答にどこかほくそ笑むようにエリィは口角を釣り上げた。
「なら、これから私とデートしましょう」
「…………!?」
で、で、デート!?
イグニが驚いたまま、エリィは続ける。
かわいい獣人の女の子とデートが出来るなんてイグニからしたら願っても無い事であり、泣いて喜ぶべきことなのだが、イグニは純粋に頷けずエリィの真意を探った。
「暇なんでしょう?」
「……ああ、喜んで」
しかし、デートに誘われたイグニが用意している選択肢は「はい」か「イエス」かの2択なので彼は首を縦に振った。
それ以外に選択肢は無いのだから。