第5-16話 ドラゴンと魔法使い
魔力の熾りを視覚的に捉えているイグニにとって、竜の魔力熾しは急に目の前から竜の姿が消えたかと錯覚してしまうほどに、巨大で雄大だった。
「『装焔:極小化』」
魔力を熾すということは、彼女の大技。
ならば、こちらも相応を持って対応せねばならない。
イグニによって生成された極小の『ファイアボール』が後方に撃ちだされると、後方に展開した魔力の加速炉を通って亜光速まで加速。
さながらそれは、まるでイグニの後光のように光を散らす。
――ィィィイイイインンンンンッ!
空気を切り裂いて加速し続ける『ファイアボール』がイグニの背後で唸った。
だがそれと同時にハイエムが、その魔力を口腔に一極集中。
……来る!
「アリシア! ブレスだ!」
「……ッ!」
乱気流を自身の魔術によって抑えこんでいるアリシアが苦い顔を浮かべる。
だが、竜のブレスは『疑似魔法』。
魔力という糧を得て、莫大なエネルギーを生み出すそれは確かに魔術の領域から離れない。
だが、それは到底人の魔術では届かぬ領域にある。
故に、それは疑似の魔法として扱われる。
「『発射』ッ!」
イグニの加速炉によって、完全に加速しきった『ファイアボール』が撃ちだされる。
もはや一筋の光に見える『ファイアボール』がハイエムに直撃ッ!
竜の胸に直撃し、大きく鱗を陥没させ、衝撃波が山頂に積もり始めた雪と周囲の巻雲をまとめて吹き飛ばすッ!!
だが、それごときで竜のブレスは止まらない。
「『装焔:極光』」
ぐるり、とイグニは魔力を熾したまま回す。
それは熾転とイグニが呼んでいる遥か東方の技術。
イグニの頭。魔術の処理を行っている部分を活性化させると、普段の処理能力では届かぬ魔術が使える。それは、彼の祖父の名を冠した術式。『ファイアボール』に光と同じ初速度を与えて、最速の種族であるワイバーンですら狩りとれる魔術。
だが、それと同時にハイエムがその口腔を開いた。
「『撃ち抜け』」
刹那、光と光が激突した。
「――ッ!」
空を飛んでいるイグニたちをまとめて焼き殺さんとする膨大な光の奔流は、しかしイグニの『ファイアボール』に散らされ、その奥にいるイグニたちには降り注がない。
無限に思える一瞬の間、光の奥にいるハイエムとイグニの視線が交わる。
無論、光が彼らを纏っているので見えるはずがない。
だが、魔力の熾りが彼らを結ぶ。
そして、竜の奔流はイグニの『ファイアボール』に散らされて周囲の巻雲を焼き払った。
だが、イグニの『ファイアボール』も届かず終わる。
完全にブレスによって威力を殺されたのだ。
「……今のブレス、全力じゃないな」
『あら。あなたもまだ奥の手がありそうじゃない』
雲が晴れ、完全に晴天となった山の頂点にて、イグニとハイエムは向かいあう。
『奥の手、出さないの?』
「……まだ、話し終えたわけじゃない。俺は、あなたを殺したくないんだ」
『ふふっ』
ハイエムは静かにほほ笑んだ。
『いつぶりかしらね。人に心配されたのは』
その巨大な瞳がイグニたちを捉えて、細くなった。
『でも大丈夫。私、ヤワじゃないのよ』
それは、彼女が自身を最強だと思っているからこその自信。
だがそれは、イグニにもよく伝わった。
イグニの持っている最高火力の魔術は2つともハイエムにぶつけた。
ちらりとハイエムの胸を見ると、先ほど撃ち抜いた胸の傷が凄まじい速度で塞がっていく途中だった。
……ああ、なるほど。
イグニはそれを見て、完全に理解した。
竜に人の小賢しい魔術は通用しないのだと。
「……分かった。なら、俺は全力でいく」
『ええ、ええ! そうでなければ楽しくないわ!』
それはまるで、恋人と初めてダンスを踊るような乙女の声色。
「……アリシア。頼む」
「任せて」
それを使う瞬間、彼はあらゆる魔術が使えない。
「『装焔:完全燃焼』ッ!!」
イグニの胸の奥深く、そこは1人の少女と繋がっている。
彼が持っている全てを燃やし尽くして、そこに生まれるのは『ファイアボール』。
だが、それは小さな小さな『小宇宙』だ。
『……あら? あなた、魔法使いなの』
それは流石に予想外だったのか、問いかけるハイエムにイグニは不敵な笑みで返した。
『堕ちなさい』
それを不穏に思ったハイエムは命令を使い、イグニたちを落としにかかる。
だが、そこにイグニたちは既にいない。
ハイエムは持ち前の直感を使って、後ろを振り向いた。
だが、それと同時に竜の両翼をエネルギーの奔流が撃ち抜く。
イグニたちを捉え直して追撃に移ろうとした瞬間、再びイグニたちが消える。
「俺の魔法は、時間を止める」
これ以上、ハイエムを痛めつけることは本意ではないイグニはハイエムに語り掛ける。
魔術師と魔法使いの間に横たわる絶対的な壁を見せつけることで、戦意を削ぐ。
「どれだけ速くても、どれだけ強くても関係ない」
ハイエムは再びイグニたちを見失い、周囲を探るがその姿が見えない。
次の瞬間、空から降り注いだ熱源が竜の鱗を熔かす。
「ここでは、俺が絶対だ」
『素敵ね。素敵だわ!』
だが、ハイエムは再び口腔に魔力を充填。
疑似魔法で魔法に対抗しようとしている。
それならば、この魔法に対抗できると信じている。
「……なぁ、ハイエムさん。あなたは、どれくらいまで耐えきれる?」
『なんの話かしら?』
「まずは、3日だ」
刹那、ハイエムは周囲の時間が止まっていることに気が付いた。
口の中に魔力が貯まり目の前にいるイグニを撃ち抜けば良いだけなのに、それが出来ない自分がいることに気が付いた。
そして、遅れて全てを理解した。
これから、自分の身に何が起きるのかを。
『なるほど。そういうことね』
ハイエムはそう言って口の中の魔力を散乱させた。
魔法の前では何もできないと悟ったのだろう。
「話を聞いても良いか?」
『ええ、もちろん。貴方たちは勝者ですもの。竜に勝ったのだから、何でも聞いてちょうだい。ただ』
と、言ってハイエムは再び魔力を身に纏った。
『これでは話しづらいでしょうし、こっちに形を変えましょうか』
次の瞬間、ハイエムの全身が光に包まれて、ぐにゃりと形を変えると人の形になる。
「これでどうかしら?」
そういって身体に積もった雪を払ったのは、全身をローブで包んだ背の高い銀にも似た青い髪の少女だった。
……か、かわわ……………。
そしてイグニは語彙を失った。
……かわええ。