第15話 一番な魔術師
「……ここに居たのか」
イグニは学内を延々と探し回って、ようやく校舎裏の目立たない場所でうずくまって泣いているエリーナを見つけた。
「そんなに悔しかったのか」
「……違う」
うずくまって、自分の太ももに顔をうずめたままのエリーナ。
外から見ていると卵に見えないこともない。
「私は……C組を、強さでまとめて来た。私は、強さだけしかないんだ」
「別にエリーナさんが弱かったなんて誰も思ってないと思うけど」
「剣を抜かずに負けたのは、初めてだ……」
イグニは死ぬほどアドバイスしたかったが、ぐっとこらえた。
モテの作法その9。――“むやみにアドバイスする男は嫌われる”である。
「だから、取り乱したのか」
「……うん」
(『うん』って……。可愛いかよ…………)
イグニはちょろい。
「剣を抜けば勝てると、思ってたのに……。まさか、抜く前にやられるなんて思ってなかったんだ」
「……それは」
「分かってる。それが、勝負だ。私は……驕っていたんだ。自分の実力に敵う人間なんていないって……。入学試験で、首席だったから」
「ああ、それは知ってる」
「……なあ、イグニ。私たちの世代がなんて言われているか、知ってるか?」
「いや、すまない。知らないんだ。教えてくれ」
「『黄金の世代』、と言われているんだ。“曙光”のフレイ。“颱”のアリシア。“歪”のエルミー。そして、“万”のエスティア。……私が、一番だったんだ」
……フレイ?
やや聞き覚えのある単語が聞こえたような気がするが、それよりもイグニはアリシアの方が引っ掛かった。
「……入学前に2つ目の名前を持った人が、多く入学してくる年だったんだよ。今年は」
「そうだったのか」
「私が、一番だったのに……」
そういってさらにどんよりとした空気を生み出すエリーナ。
(すっげぇ落ち込むじゃん。この人……)
こんなに落ち込むとは思っていなかったイグニは困惑。祖父からはこんな状況の対処法を聞いて無いのだ。
……いや、待て!
本当に聞いていないのかっ!?
探れ! 脳の奥をっ!!
―――――――――
『イグニよ』
『何だよ。じいちゃん。いま前が見えねぇんだ』
あれは、目隠ししたまま『魔王領』を歩き続けるという罰ゲーム……じゃなくて特訓をしている最中だった。
『お前、目の前で女が泣いていたらどうする』
『えー。女の子が? んー。抱き寄せて耳元で『大丈夫だよ』っていう』
『気持ち悪いっ!!』
ばちん!!
『痛っ! 前が見えねえんだからビンタやめてよ!!』
『それが許されるのは女といい感じになっとる場合じゃ! そうでないのにそんなことしたら気持ち悪くて違う意味で泣かれるぞっ!!』
『そ、そんな……っ。じゃあ、俺はどうしたら……っ!』
『……聞くのじゃ』
『…………?』
『悩みを聞くのじゃっ! そして、その悩みから解決方法を探り出せェッ!』
『む、無理だよ……。難しいよ……!』
『無理とか言うなっ! モテたいじゃろうが!』
『も、モテたい!』
『ならやるのじゃ』
『分かった! やる!!』
―――――――――
……思い……だした……っ!!
なんか昔にそんなやり取りした気がする……っ!!
だ、だがもうエリーナの悩みは完全に聞き出した……っ!
エリーナが泣いているのは一番だったのに負けたから……っ!!
そこだ……っ!
そこを突くしかない……っ!!
「エリーナ、さん」
「………………」
完全に卵のように丸まってしまったエリーナはイグニの言葉をスルー。
だが、イグニはひるまず続けた。
「エリーナさんが、今まで戦ってきた相手の中で一番強かったよ」
ぴく、と身体が動いた。
「実は俺、一度ミラ先生と戦ったことあるんだけど……。でも、やっぱり一番強いのはエリーナさんだったよ」
嘘も嘘だが、仕方あるまい。
(嘘も方便、だっ……!)
ということで自分を納得させる。
「……私が、一番……?」
「あ、ああ。そうだよ。エリーナさんが一番だ」
「……ほ、本当か? どうして私が一番だった!?」
(ど、どうしてと来たか……っ)
イグニは困惑。生まれた沈黙によってエリーナの顔が暗くなっていく。
だが……っ!
だが、しかし……っ!!
イグニの脳は煌めいた……っ!!!
「そ、それは……。エリーナさんが、一番……綺麗だったから……」
「私が、一番……」
エリーナが顔を赤くする。
自分で何を言っているのかさっぱり分からなくなってきたが、それでも喋りだしたイグニの口は止まらない。
「ああ。うん。一番綺麗だったから、一番強かったんだよ」
自分で自分を納得させる。
(俺は何を言っているんだろう?)
「……そうか」
すっ、とエリーナが立ち上がった。
そして、イグニの手を両手で取った。
「そうか! 私が一番か!」
「あ、ああ! エリーナさんが一番だよ!」
「私が一番なんだな!」
「もちろん! エリーナさんが一番だよ!!!」
「ありがとう。イグニ! 元気が出たよ!!」
「構わない! エリーナさんが一番だから!!」
もう意味不明である。
「イグニ! 私のことはエリーナで良い。その代わり、私もイグニと呼ばせてくれ」
「ああ。もちろんだ」
2人で握手を交わす。
ちなみにイグニはここまでを全てノリとテンションで押し切ったので自分が何をやっているのかよく分かっていない。
「帰ろう、エリーナ。一番がこんなところにいたらだめだ」
「そ、そうだな。確かに一番の私がこんなところにいたら駄目だな。うん」
よく分からないままに最高の制御コマンドを手に入れたイグニはエリーナの扱い方を完全に理解した。
「さあ、行こう。エリーナ」
「もちろんだ。ありがとう。イグニ。私を追いかけてくれて」
「エリーナが一番だからな」
そういうとエリーナの顔がほころぶ。
(この人、ちょろ……)
と、自分のことを棚に上げるのはイグニの悪い癖である。
というわけで2人仲良く『模擬演習場』に帰還。
中に入ると、C組とD組がそれぞれ模擬戦をしあっていた。
「あ、お帰り~。なかなか帰ってこないから先生心配しちゃった~」
「ご迷惑をおかけしました。私はもう大丈夫です」
「うん。そっかそっか~。天狗の鼻を折っておこうって先生思っちゃたんだよ~。ごめんね~」
「いえ。構いません。負けても私は一番ですから」
「うん。うん。自信と驕りは別だってのが分かったって顔してるよ~。イグニ君のケアが良かったのかなぁ」
ミラはうんうんと頷いてから、
「なら、罰ゲームは今日からだね!」
エリーナは再び逃げ出した。