第5-11話 夜道と魔術師
夕食の終わり。
酒場の熱気も静まり始めるころに、イグニたちは解散となった。
「俺はアリシアを送っていくから、先に帰っててくれ」
「うん。分かったよ」
サラはユーリに任せて、イグニはアリシアを送っていく。
「い、良いって。私1人で帰れるし」
「夜道は危ないからな」
「……な、ならお願いしようかな」
酔って火照った顔に夜風が心地良く吹く。
普段より人が少ないと言われている帝都だが、それでも道には人で溢れ周りの酒場からは人々の声が響いていた。
「イグニは、さ」
「ん?」
帰っている途中、アリシアがそっと語り掛けてくる。
とても小さく、ふとすれば聞き逃してしまいそうな声だが、それをイグニが聞き漏らすことなどあり得ない。
「もし、自分の力じゃどうしようもないようなことが起きたら……どうする?」
「人に頼るよ」
すぐに、彼はそう言った。
イグニは自分が何を出来るのかを知っている。
2年間『魔王領』で鍛えられ、『ファイアボール』を魔法の域にまで高め上げた彼は、自分に出来ることとできないことを明確に切り分ける癖が付いている。
だからこそ、自分にできないことは人に頼る。頼み込む。
それが、彼の生き方なのだ。
「……そうね。イグニは、そう言うわよね」
そっと、アリシアが儚げに笑って、
「ねえ、イグニ。これから先、私にどうしようもないことが降り注いだら……イグニは助けてくれる?」
「当たり前だろ?」
何を言ってるんだと言わんばかりに、イグニはアリシアを見た。
「……占いか?」
そして、尋ねた。
アリシアは、自分を強く見せたがる癖がある。
けれど、それは弱い自分を必死になって隠すためだとイグニは知っている。
だから、ここまで彼女が弱気になっているとすると、それは彼女が何かしらのきっかけで弱気にならざるを得ないということがあるからだ。
「……うん」
果たしてアリシアは、頷いた。
「きっと、遠くないうちに私は犠牲になる」
「それは、一体……?」
「詳しい事は……分かんない。占いは、そこまで万能じゃないから」
ただ、と彼女は前置きしてつづけた。
「占いで出たカードは『磔』。意味は、犠牲や生贄。遠くないうちに、私の身に……それが降り注ぐの」
「…………」
「多分、だけどね」
アリシアがそっとイグニの手を握る。
「政略結婚、だと思う」
静かに、そこにある事実だけを語るようにアリシアは言葉を紡ぐ。
「帝国は、強気な外交戦略で国土や領土を広げて来たけど……その分、敵も多いから、どこかでバランスを取らないといけない」
「それが、アリシアだって?」
「かも、知れない。セリア姉さんは、“極点”だから帝国から離れられないし、離さない。エリナ姉さんは……半獣人だから」
「……ん?」
その言葉にイグニは首を傾げる。
「ダメなのか?」
「ううん。ダメじゃないけど、差別の対象になっちゃう。だから、やっぱりそこは……難しいと思う」
「だから、消去法でアリシアが……ってわけか」
「うん。そう、かも……知れない」
すっかり意気消沈してしまったイグニは、彼女にかける言葉を探した。
アリシアは、回答なんて求めないのかも知れない。
ただ、話を聞いて欲しいだけなのかも知れない。
そうして、自分の中で答えを探しているのかも知れない。
(こんな時、じいちゃんだったらなんて言うんだろうな)
ふと、イグニの中にそんな考えが横切った。
そして、彼女にかける言葉を探している内に、光が彼の脳裏を横切った。
――――――――――
『こ、答えを……求めて……無い?』
『そうじゃ。女から相談されて、ほいほい我が物顔でアドバイスする男がおるがの。ありゃあモテん』
『な、何でだよ! おかしいじゃん!!』
あれは真冬のこと。
北にある『魔王領』の冬は体に堪えるほど寒く、故に『ファイアボール』は必須だった。
『答えを求めてないのに相談するなんて、おかしいよ!!』
『おかしくないッ!!』
ルクスの咆哮が雪山の中に響き渡った。
『ただ話を聞いて欲しいだけの時もあるッ! 話している内に答えが己の中で見つかることもあるッ!! そのヒントが欲しいだけの時もあるッ!!!』
『……な、なるほど…………?』
いまいちよく分かっていないイグニは首を傾げる。
『話を聞いて共感して欲しいだけの時もあるのだッ! お前にだってあるはずだ。ただ、辛かったことや、苦しかったことを……『辛かったね』と他人から言われるだけで救われたような気になったことが……ッ!』
『いや、無いけど』
『ならこれから来るッ!!』
『そうなのかなぁ……』
『そうじゃッ!! じゃが、女からの相談が厄介なのは、それがきっかけじゃない』
『え、そうなの? てっきり考え方が違うからなのかと思ったけど』
『それもある。じゃが、人間である以上本当に助けてほしい時があるのじゃッ!』
『……どういうこと?』
『助けてほしいけど、助けてほしいと言えない苦しみ……。人であるならば、それを抱えるもの……ッ! じゃが、そこでむやみにアドバイスをして終わり……そんな人間がモテると思うか!?』
『………ッ!?』
『……辛さと苦しみの中にいてなお人に頼れないからこそ……相談という形で他人に助けを求める……ッ! そんな時にこそ……ッ!』
一息。
『助ける男がモテるんじゃ……ッ!』
『お、おお……ッ!』
『無論、生半可な実力では助けられん……ッ! 強者であるからこそ、何物も寄せ付けないほど圧倒的でなければ半ばで潰える……ッ!』
『わ、分かったよじいちゃん! 俺頑張るよ!!』
『よし、分かったなら修行に励めッ!!』
と、ルクスが叫んだ瞬間、ズドドドド……と、信じられないほどの地鳴りが辺りを制した。
『あれ? じいちゃん魔力熾した?』
『ワシはなんもやっておらんぞ。……ん?』
イグニとルクスの視線が全く同時に雪山の頂上付近に向いた。
そこから迫ってくるのは圧倒的な雪の壁。
『雪崩だーッ!!』
雪山で叫べば、そうなる。
―――――――――
雪山での淡い思い出を思い返しながら、イグニはふとアリシアのことを考えた。
そういえばアリシアは肝心なところで身を引いてしまう、そんな女の子だ。
ただ、我儘を言えば手を伸ばすのに、それを恐れて言えなくなってしまうそんな女の子だ。
けれど、イグニは知っている。
それは、自分が悪いのだと。
アリシアが我儘を言って、それに万全に応えれるほどの期待と信頼を抱かせられない自分が悪いのだと。
だから、イグニはアリシアの手を握り返して、
「アリシア。俺にいい考えがある」
そう、言った。