第13話 紳士の魔術師
モテ期到来かと本気で考えたイグニだったが、そこからは普通に説明が続いて初日の授業は終わった。
「ふふ。明日から、しっかりみんなで勉強しましょうねぇ」
エレノアはそう言って教室を出ていく。
残された生徒たちがとる行動は様々だ。
すぐに帰宅する者。元々の交友関係ある者で固まる者。
「ねぇ、イグニ。美味しいケーキ屋さんを見つけたんだけどいかない?」
ユーリがイグニの手をつかんでそう聞く。
「ユーリ、あんた本当に男なのよね?」
その横でちょっと引いた様子のアリシア。
「何言ってるの、アリシアさん。僕はどっからどう見ても男じゃないか!」
「いや……。うーん……。そうね…………」
納得のいかない様子でうなるアリシア。
「ケーキは後にしよう。それよりもやることがある」
「やること?」
「ああ。あの子を助けないとな」
そう言ってイグニが指さしたのは先ほど自信満々にエレノアに喧嘩を売って、秒で叩きのめされたイリスだ。
「え、でも。先生はしばらく時間を置いたら戻るって」
「……いや、俺はそう思ってない」
「どういうこと?」
ユーリが首をかしげる。
「先生は手加減したつもりかもしれないが……。イリスは先生が思っている以上に弱い。このままだと戻らなくなる」
戦力分析。
それは、『魔王領』において必須スキルであった。
相手とこちらの戦力差を把握できなければ、簡単に命が飛んでしまう。
ちなみに『モテ』においても必須スキルである。
そっちの方をイグニが使ったことは1度としてないのだが。
「ほ、本当に!? どうすれば戻るの?」
「水を飲ませれば良い。大量に、それも吐くまでだ」
「み、水を」
「ああ。水ってのは異物を流すからな」
自分の席に背筋をピンと伸ばして座り続けるイリスに肩を貸して、イグニは彼女を立たせる。
「ぼ、僕も行こうか?」
「いや、いい」
「そ、そうか……」
後ろの方でエドワードがしょげる。
しょげたエドワードを無視して、イリスを水飲み場まで連れて歩く。その後ろをついて来るアリシアとユーリ。
モテの作法その5。
――“困っている女性は助けよ”である。
そういうわけで、イリスを水飲み場に連れてきて口を蛇口に近づけると、彼女の身体が反射的に水を飲み始めた。
「え、なにしたのイグニ!?」
「何もしてない。身体が水を求めてたんだろう」
「す、凄いね。イグニ。魔術が上手なだけじゃなくて対処法まで完璧じゃないか」
「……ありがとう」
(ユーリが男じゃなけりゃあなぁ……)
本気で落ち込むイグニ。
(見た目も中身も可愛いのに男だもんなぁ……)
「げほっ。ごほっ……」
水を飲ませていたイリスが大きくせき込む。
「良いぞ、イリス。その調子だ。そのまま吐け!」
「げほっ。うぇえ……」
イリスの口から出て来たのは黄色い粘性の液体。
「これで大丈夫だ。元気になったか?」
イグニはイリスの目を覗きこむ。
先ほどまでと打って変わって目には光がともっており、
「怖かったよぉおお。うわああああああん!!!!」
大泣きしながらイリスはイグニに飛び込んできた。
しかし、その口にはまだ黄色い粘性の液体が付いており、べちょ……と、イグニの制服につく。しかも、イグニに飛び込んだまま泣くものだから涙やらなんやらがイグニの制服を汚していく。
「うわぁ……」
ドン引きするアリシア。
しかし、イグニは違う……ッ!!
「ああ。怖かっただろうな」
「真っ暗で……なにも見えなくて……なにも感じなくて……」
「もう大丈夫だ」
モテるために2年間を必死に戦い続けてきた男は、違う……ッ!!
モテの作法その4。――“常に紳士であれ”。
その作法に則った彼は嫌な顔1つせずにイリスを包み込む。
(……これだッ!!)
そう、これ! 彼はこれを望んでいたのだ!!
(ありがとう、じいちゃん。ありがとう、ロルモッド魔術学校)
恍惚の表情を浮かべながらイリスを包み込むイグニ。
「ありがどう。助けてくれてありがどう!」
「気にするな。俺たちはクラスメイトだろ?」
人目を気にせず泣きじゃくるイリスと、それを包みこんで幸せの絶頂にたどり着く男。
で、それを見ながら困惑する2人。
誰もこの状況を変えようとしないままに時間だけが過ぎていく……。
「へぇ。イリスさんって寮生なんだ」
「うん。親が“学園”に入るなら寮だって……」
「僕とイグニも寮生なんだよ」
「え、イグニ様も!?」
イグニとアリシアの前方でユーリとイリスが楽しそうに喋っている。
……不思議な敬称にはツッコんでも意味がないので無視することにしている。
「なんか、丸くなった感じするわね」
「初日だけあって気を張っていたんだろう」
「なるほど。そういうことね」
アリシアは箒に腰を掛けて低空飛行。【風】属性のAランクとは伊達ではない。
「様、ね。気にいられたみたいじゃない。イグニ」
「え、うん。まあ……」
なんか助けた後の反応がイグニの想定していたものと違っており、彼は未だなお困惑中なのである。
彼の想定した反応は、
『もう大丈夫だよ』
『大好き!』
みたいな感じだったのだが。
現実はと言うと、
『もう大丈夫だよ』
『一生をかけて恩を返させてください! お、お名前は?』
『イグニだ』
『イグニ様!』
みたいな感じである。
イグニの想定よりもちょっと……いや、かなりズレておりどう対応して良いかわからないのだ。
「イグニ様は1人で寮に住まれているんですか?」
「いや、2人部屋だ」
「そんな! うらやましい! 私もイグニ様と一緒に住みたいです!!」
「え、うん。ありがとう」
(あれぇ? 女の子ってこんなグイグイ来るものだっけぇ……)
残念ながらこれまで女の子と数えるほどしか喋ったことの無いイグニは何が普通か分からないのである。
「そろそろ男子寮だから、僕たちはこっちだね」
そういってユーリがイグニの手を引く。
「ちょ、ちょっと! いくらユーリだってイグニ様の手を引くなんて許さないんだけど!」
イリスの目から再び光が消える。
「ん? だって、ボクだよ。イグニと一緒に住んでるの」
「え、えっ!? えっ!!?」
イリスがユーリとイグニの顔を交互に見比べる。
「ユーリは男よ」
「えっ!!!?」
イリスはショックで気絶した。




