第4-13話 兄と魔術師
「帰ったぞおおお!!」
朝、眠っていたイグニは突然聞こえてきた大声で目を覚ました。
「な、なんだ……!? なんの声だ……!!?」
慌ててベッドから飛び起きて、着替え終えたイグニは鏡で最低限の身なりを整えて部屋から飛び出した。
「声が大きいですよ。ハウエル様」
「エラか! 相変わらずだな!!」
何だか知らないが、とんでもない熱血漢が屋敷の中に入ってきた。
身長は2mくらいあるだろうか、それが丸々といかつい筋肉で身体を覆っている。まるで熊が歩いているみたいだ。
「旦那さまがお待ちです」
「親父がか! すぐに行くぞ!!」
いちいち声が大きいのなんの。
イグニは寝起きの頭でハウエルと呼ばれたデカい男を見た。
「イグニ。おはよう」
「エリーナ、あの大きい声の主は?」
「あれは、ハウエル兄さんだ。アウライト家の三男になる」
「……三男」
昨日の夜イグニがセッタに呼び出されて、今日帰ってくると言われていた人だ。そして……不可思議な頼みの関係者でもある。
「3年前にロルモッド魔術学校を首席で卒業して、今は王都で騎士をやっている。出世街道を歩んでいるよ」
「それは、すごいな」
そもそも、男性よりも女性が得意とする魔術を学ぶ学校を男で首席卒業していることも賞賛に値されることだ。だが、それよりも騎士団の出世街道に乗っているというのも凄まじい。まあ、ロルモッド魔術学校の首席だからこそ乗れているのかも知れないが。
「ハウエル兄さんは、アウライト家では珍しく剣を使わないんだ」
「魔剣師じゃないのか」
「ああ。それに、兄さんは強くてな。在学中も騎士団員としても負けたのは数えるほどしかない」
「……凄いな」
イグニは負け続けであった。
特にルクスと巨乳に。
巨乳は今でも勝てる気がしない。
「それだけ強いと、やっぱりモテるのか?」
と、イグニは一応気になることを聞いておく。
「いや、ハウエル兄さんはモテない」
「声がデカいから?」
「暑苦しいからだ」
「あぁ……」
思わずイグニは納得してしまった。
「イグニ、今日はすることが無いからウチの周りでも案内しようと思うが……どうだ?」
「お願いするよ」
「うむ。でも、その前に朝食だな。イグニ、こっちだ」
イグニとエリーナが一緒に軽い朝食を取っていると、バーン! とデカい音を立てて、扉が開いた。
「2人とも食事を取っているのか! 良いことだ!!」
デカい声の主は身体のデカいハウエル。
「むむ? 君がイグニ君だな! 親父から話は聞いているよ!」
「よろしくお願いします」
イグニは一応、離席してハウエルに握手を求めたが、
「そう堅苦しくするな! 家族になるのかも知れないのだからな!!」
ハウエルはそれを気にした様子もなくガハハ、と豪快に笑ってイグニの背中をバンバン叩く。それが痛いのなんの。
「なんだイグニ君! 君は細いな! もっとしっかり食べるべきだ!!」
「お気遣いありがとうございます……」
一応、イグニは身体を絞っている。
理由は2つ。
1つ目の理由は彼の戦闘スタイルが『ファイアボール』を使った中・遠距離攻撃を主体とするため、近接戦闘のように体重が必要ではなく、逆に移動速度を求められるため身のこなしと柔軟性という観点から身体は細い方が良いということ。
2つ目の理由は細マッチョの方がモテると聞いているからだ。
ちなみにイグニが身体を絞っている理由の比率で言うと、2:8なので2つ目の理由の方が占めている割合が非常に大きい。
「しっかり食べて、しっかり身体を作れよ! 身体づくりは全ての基礎だ!!」
「頑張ります」
「エリーナは……。まあ、いつも通りだな」
ふと、エリーナの手番になったときにハウエルは、ちらりと視線を向けて……そして、どうでも良さそうに視線をそらした。
「しかしイグニ君! 君は強いんだってな!! 親父が褒めていたぞ!!」
「それなりだと思っていますよ」
「なんだ! 変に謙遜するんだな!! 俺と一戦やらないか!」
「いえ、すみません。これから、エリーナと一緒にデートなんで」
「で、デートっ!?」
パンを口に入れていたエリーナがイグニの言葉でむせ返った。
ごほっ、ごほっ、と何度か咳き込むと慌てて水を一杯飲む。
「なんだ。そんなことどうでも良いではないか!」
「いや、俺にとっては一番大切な時間ですよ」
「む……。そうか。そこまで言われたら仕方がない! また、時間があるときに誘うとしよう! ではまた!!」
そう言って、ハウエルはくるりと方向転換すると再び大きな音を立てて外に出て行った。
ふぅ……と、心の中で安堵の息を吐いて、ちらっとエリーナを見ると食べかけのパンを皿の上に置いてじっと見ていた。
「お、おい? どうしたエリーナ?」
「そ、その……。すまない。私のせいで」
「何が?? ハウエルさんのこと?」
「そ、そうだ。イグニに……その、デートだなんて……嘘をつかせて」
「……? だって、デートだろ?」
「あ、いやっ、ちっ、ちがっ」
「違うのか?」
「いや、違わないが……!!」
エリーナが顔を赤くして、あたふたしている様子が可愛いので少しイグニはエリーナをからかう。
「その……。良かったのか……? 私とデートなんて……」
「俺はエリーナとデートできて嬉しいよ」
「ひゃぁ……」
エリーナは綺麗な悲鳴を上げて、顔を真っ赤にしてしまった。
可愛い。
イグニはあたふたしながら朝食を食べきるエリーナを笑顔で見つめた。
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「姉さま。『霊視石』です」
「ありがと。妹ちゃん」
姉たるラニアは妹であるニエから幽霊系のモンスターの方に向かって方位磁石のように向きを変える『霊視石』を受け取った。
「でも前の時って、これがあっても針刺さなかったんだよねぇ」
「備えあれば患いなし……! です、姉さま!」
「妹ちゃん! 難しい言葉を知ってるんだね! 偉いよ!!」
そういって妹の頭をなでるラニア。
本当は妹ではないが。
2人は誰もいない鉱山の中を『霊視石』を頼りに歩いていく。
流石に冒険者が殺されたということで戦闘訓練を受けていない鉱山労働者たちを、働かせるわけにはいかないからだ。
「あ、姉さま。『霊視石』が動きましたよ!」
「ヒッ! ど、どこ!?」
「……姉さま。どうして、幽霊系のモンスター苦手なのにこの依頼受けたんですか」
妹の影に隠れる様にガクブルしている姉をジト目で見るニエ。
「若いときに身体張らないと売れないからだよ!!」
だが、その言葉を聞いてすぐに賞賛に変わった。
「凄いです! 流石は姉さまです!!」
「でしょ!? しっかり考えてるんだから!」
「あ、反応的にもう近くですよ!」
「ひゃぁ……」
姉は震えながら妹の影に隠れた。