第4-3話 先輩と魔術師
「ミコちゃん先輩が買い物に誘ってくるなんて珍しいですね」
「ま、まあな。イグニくらいしか聞ける相手がいなくって……」
「何買うんです?」
「弟が明後日誕生日なんだよ」
「なるほど! そのプレゼントですか」
「そろそろ成人するからよ。成人した男に何を渡せばいいのか分かんなくって……」
「そういうことなら任せてください!」
「そう言ってくれると思ったぜ!」
「じゃあさっそく行きましょう!」
「おう!」
イグニとミコはそろって学校を出ると、市場に向かった。市場と言っても、露店が並んでいるわけでは無い。いわゆる商業区というやつで、いろんな店が一か所に集まっている区画のことだ。
ちなみに王国の成人年齢は15歳。
つまり、ミコちゃん先輩の弟はイグニたちの1つ下ということになる。
「弟さん、何の仕事に就くんですか?」
「冒険者だってよ。昔からの憧れだったらしいんだ」
「じゃあ、それに見合ったものが良いですね」
「イグニもそう思うか?」
「もちろんです!」
とはいっても、イグニには冒険者をやったことが無いので何が重要かは知らない。
だが、イグニの祖父であるルクスは違う!
貴族の中から冒険者になると抜け出して、単独冒険者として無双すること幾星霜。
今では“最強”と呼ばれるようになった英雄である。
そんな彼から冒険者の真実の習慣を教わったイグニからすると、手に取るように分かるのだ。
そう。あれは北にある『魔王領』でもむせ返るような熱気に包まれていた夏のこと……。
――――――――――――
「イグニ。良く見ておけ。この木は『バルブブの木』と言ってな、木を切断して幹をお椀状に削っておけば、明日の朝には水が溜まっておるんじゃ」
「飲めるの?」
「いや。蒸留せんと飲めん。お前は『ファイアボール』が使えるから火には困らんじゃろう」
と、【水】属性魔術が一切使えないイグニがちゃんとしたサバイバルを教わっている途中だった。
「じいちゃん。他にも冒険者の技を教えてよ!」
「うむ。まあ、そう焦るな」
そういうルクスはドヤ顔。
イグニの癖は実は遺伝である。
「持っておいた方が良い道具って何かあるの!?」
「持っておいた方が良い道具か」
「うん! でも俺も知ってるんだ! 素材をはぎ取るための武器。それらを入れるためのポーチ。各種治療薬! あとは冒険に応じた量の食糧! どう!? 完璧でしょ?」
「ああ。そうじゃな。じゃが、もし仲間と組んで冒険をするときにはさらに必要になってくるものがあるぞ」
「な、何……?」
「エロい絵じゃ」
「は?」
イグニはルクスの言い出したことが理解できずに語気を強めた。
「なんじゃイグニ。その反応は」
「ふざけないでちゃんと教えてよ!!」
「あのなぁ、イグニ。ワシはふざけておらんぞ。人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、そして性欲じゃ。そしてイグニ。人は死にかければ死にかけるほど性欲が強くなっていくもんなんじゃ」
「で、でも……。冒険にエロ本って……」
「何を言うか。それでギスギスしてパーティー間の友情が崩壊なんてザラにある話じゃぞ」
「ぼ、冒険者が……?」
「ふむ。そうか。イグニ、お前は数々の英雄譚を見て育ってきたからか。良いかイグニ。英雄譚は人の良いところしか映さぬ。汚いところは映さないのじゃ」
「汚いところって?」
「排泄とかかの」
「た、確かに……」
英雄譚で育った連中の中には英雄はうんちなんてしないと真顔で言ってるやつらもいるくらいである。
「イグニ。人は人。良いところも汚いところもあわせて受け入れることが大切なんじゃ。そしてイグニ! これはモテにも繋がるぞッ!!」
「え!? エロ本がッ!?」
バチン!!!
「違うに決まっておるじゃろうがッ!」
「い、いや。話の流れ的に……」
「女も人! 当然、綺麗なところだけではなく汚いところも当然存在する! じゃが、それを見て拒否する男がモテるかッ!? 女の綺麗なところだけを見続ける男がモテるかッ!?」
「も、モテない……!!」
「そうじゃ! じゃからイグニ! 良く聞けッ!! モテの極意その8ッ!! “女を受けいれられる男はモテる”!! つまるところの包容力じゃッ!!」
「ほ、包容力……っ!!」
「清濁併せ吞み、それを踏まえて計画立てよッ!!」
「す、すげぇ。まるでじいちゃんが本物の冒険者みたいだ……!」
「ワシは本物の冒険者じゃが」
――――――――――――
「なぁ、イグニ。冒険者に向けて何が良いと思う?」
「そうですね……」
ここでまさかエロ本です! とは言えない。
男の先輩なら冗談めかして言うかもしれないが、相手はミコちゃん先輩である。
普通にセクハラでアウトだ。
「ポーチとかが良いんじゃないですか?」
だからイグニは真面目に行った。
「ポーチ?」
「冒険者って色々小物がいるんですけど、それを入れるポーチもいるんです。でも、冒険者に成りたての頃って武器とか防具買うのにお金が消えるからちゃんとしたポーチってなかなか買えなかったりするんですよね」
「へぇ! そうなのか!」
「だからポーチがおすすめです」
「やっぱりお前に聞いて正解だったぜ。イグニ!」
「さっそく見に行きましょう!」
「おう! オレの行きつけの店があるから、そこに行こう」
ミコちゃん先輩はそう言ってドンドン市場に入っていく。イグニも定期的にデートスポットを視察に来ている市場だ。当然、道もよく覚えている。
「いらっしゃーい。って、なんだい。ミコじゃないか」
「おばちゃん! 今日はポーチを買いに来たぜ」
「ゆっくり見ていきな……って、あら。今日は彼氏も一緒かい?」
「ばっ。ちっ。ちげーよ!!」
うなじまで顔を真っ赤にしたミコちゃん先輩。
普段は男勝りなのに急にこうなるところ本当に可愛い。好き。
「なんだい。違うのかい」
「こ、コイツはただの生徒会の後輩だってば!」
「いつもミコちゃん先輩がお世話になってます」
とりあえずイグニは一礼。
「あら。ちゃんとしてるわねぇ。良かったじゃないミコ。この子、可愛い顔してるし」
「いっ、イグニが困ってるだろ! これ以上はやめとけよ!!」
そういうミコちゃん先輩だが、一番困っているのはミコちゃん先輩であるということはイグニにはわざわざ確認するまでもないことである。でも可愛いのでOKだ。
「今日はユーマのポーチを買いに来たんだ!!」
「ユーマの? もう15歳かい。早いねぇ」
「ああ。あのチビが冒険者になるからっていうから、誕生日プレゼントも兼ねてな」
「それで彼氏と一緒にプレゼント買いに来たってことかい」
「だから! 彼氏じゃないって!!」
顔を真っ赤にして否定するもんだから、逆に本当っぽくなってることにミコちゃん先輩気が付いてるのかなぁ? と、のんきに隣からミコちゃん先輩を眺めるイグニ。でも流石にこれ以上はミコちゃん先輩が可哀想になってきたのでイグニは助け船を出した。
「ミコちゃん先輩。ポーチ探しましょう」
「そ、そうだな。見させてもらうぜ」
「ゆっくり見ていきな」
そう言っておばちゃんは裏に引っ込んでしまった。
「すっごい仲良いんですね」
「……まぁな。ガキのころからお世話になってるし」
「まだガキじゃないか」
ぬっと奥からおばちゃんが顔を出した。
「うわっ! ビックリした! 引っ込んでろよ!」
「はいはーい」
そう言っておばちゃんは笑いながら裏に戻った。
まるで親子みたいだ。
「ポーチつっても色々あるな。お、見ろよイグニ。これ可愛いぜ」
そう言って手に取ったのは小さめかつピンク色したポーチ。
相変わらず女子力高いミコちゃん先輩である。
「本当だ。可愛いですね」
「これにすっか」
「えッ!?」
「ん? ダメか?」
「……ミコちゃん先輩の弟さんって、こういうの好きなんですか?」
「いや。オレが良いなって思っただけだぜ?」
「お、弟さんはいつもこういう物を付けてらっしゃるので……?」
「いや。普通の男物だな」
「こ、こっちにしません?」
イグニがおずおずと差し出したのは紺のポーチ。大きさもそれなりで、ポーションや素材剥ぎ取り用のナイフも難なく入る実用性を重視したものだ。
けど、ミコちゃん先輩はデザインで選んでるっぽいし、こんな無骨なデザインは断られるかも知れない。だが、ここは一人の男としてミコちゃん先輩の弟さんであるユーマ君にピンクのポーチをプレゼントさせるわけには……。でも、ミコちゃん先輩の選択肢を無かったことにしたくはないし……。
と、イグニが悶々と悩んでいるのをよそに、
「おー! 良いな! こっちにするか!」
ミコちゃん先輩は笑顔でそのポーチを手に取った。
「おばちゃーん! これにする!」
「あいよ」
イグニは一人の男として、まだ顔も見ないミコちゃん先輩の弟を救えたことに誇りを抱いた。
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