第4-2話 呪いと魔術師
「そういえばヴァリア先輩。呪いって何なんですか?」
「あら、興味がありまして? イグニさん」
「……聞きなれないものなので」
場所は生徒会室。ミル会長とリリィ、ミコちゃん先輩とユーリが見回りに出ており、イグニとサラ。そしてヴァリア先輩だけが生徒会室で待機していた。
「しかし、それは難しい質問でしてよ」
「『呪い』が、ですか」
「ええ。簡単に言ってしまえば、魔力の代わりに人の澱みを使った魔術。という風になりますわ」
「魔力の代わりに……。じゃあ、ヴァリア先輩が包帯ぐるぐる巻きのときは、魔力を貯めていたってことで良いんですか?」
「いえ。そういうわけではないんです。ここが魔術と呪いの難しいところですの」
ヴァリア先輩は綺麗な姿勢で紅茶を一口飲んだ。相変わらず凄い金髪である。
どうやってセットしているのか気になるところだ。
「呪いは術であって、術では無いんですの。例えばイグニさん。『蟲毒』ってご存じでして?」
「いえ、すみません。不勉強なもので」
「『蟲毒』は、壺のなかで毒虫たちを戦わせて最後に残った一匹が強力な呪いを持つという呪術になるのですわ」
「……残った虫はどうするんですか?」
「使い魔にする者が多いですわね」
「ヴァリア先輩も?」
「いえ。私はそういうのではないので」
ヴァリア先輩はそう言って、イグニにも紅茶を差し出してきた。女性からのいただきものということでイグニは喜んでそれを受け取ると、貴族時代のマナーを思い出しながら口に運んだ。
「私のはもっと原始的な呪いでしてよ。ですが、原始的であればあるほど呪いは強いのです」
「そういうものなんですか」
「あら、イグニさん。あなたなら、納得していただけると思ってましたのに」
「……ああ。なるほど。そういうことですか」
イグニはヴァリア先輩からそう言われて納得。
ヴァリア先輩も、もっとも単純な『ファイアボール』を魔法のレベルまで押し上げたイグニの口から『原始的である方が強いのか?』と聞かれるなんて予想していなかっただろう。
何しろ、彼自身がそうであるのだから。
「『呪い』は魔術的に【闇】属性に割り振られていますわ。けれど、『呪い』はもっと複雑で、大雑把ですの」
「大雑把?」
「そう。魔術は『Aをすれば、Bになる』ということがしっかり決められていますでしょう? けど、呪いは違うんですの」
「決まってないってことですか」
「端的に言ってしまえばそういうことですわ」
隣に座っていたサラがかくん、かくんと船をこぎ始めて、そのままイグニに倒れこんだ。サラの紫色の髪の毛がイグニの膝の上にぶちまけられる。イグニはサラが息のしやすいように顔にかかった髪の毛を払った。
「同じ工程を踏んでも、同じ効果がでるとは限らない。それが『呪い』ですわ」
「不確実ってことですか」
「ええ。10の『呪い』が5になったり、7になったりしますわね」
にっこりとヴァリア先輩がほほ笑む。
「どうして先輩は『呪い』を専門に?」
「裏を返せば10の呪いが100にも1000にもなったりすることがあるのですわ。そして、私には才能が無かった。あとは、お分かりでしょう」
「なるほど」
結局のところ、彼女もまたイグニと同じなのだ。
「戻ったぜ!」
「た、ただいま」
ミコちゃん先輩と一緒にユーリが戻ってくる。
「お疲れ様です。ミコちゃん先輩!」
「おっと、サラが寝てんのか。静かにしないとな」
ミコちゃん先輩はそう言って静かに笑うと、生徒会室の扉を閉めた。
「今日はどうでした? ミコちゃん先輩」
「今日はやらかしたところが少なくて楽な方だったぜ。ミルの方もすぐにもどってくんじゃねえかな」
「ミコちゃん先輩。紅茶はいかがなさいますか?」
「ん。オレは要らねえ。ユーリはどうする?」
「ボクはいただきます!」
ユーリがそう言った瞬間、扉が凄い勢いで開けられた。
「おつかれちゃーん!」
ばーん! と、音を立てて部屋に入ってきたのはミル会長。
あまりにも音がデカいもんだから、サラの身体がびくっと震えた。
「た、ただいま戻りました」
遅れて申し訳なさそうにリリィが入ってくる。
「ば、ばか。ミル、声がでけぇよ。サラが寝てんだぜ」
「……起きた」
と、ミコちゃん先輩がミル会長に言うものの、すっごい不機嫌な顔をしてサラが目を覚ました。そりゃさっきまで寝てたのに急に起こされたらそうもなるわ。と、イグニは目の前にある紫の髪の毛を見つめながらそう思った。
「ありゃ。ごめんねサラちゃん」
ミル会長は両手を合わせて「ごめん」の姿勢を取ると、すぐに生徒会メンバーに向きなおった。
「じゃ、今日の活動は終わり! また明日!」
「もう解散ですか?」
イグニがミル会長にそう尋ねると、
「だって他の部活みんな帰る準備しちゃってるし、今日は特に書かなきゃいけない書類とかないから」
「あ、イグニ。ちょっと話があるから残ってくれないか?」
と、聞いてきたのはミコちゃん先輩。
もちろん、イグニは快諾。
「俺ですか? 良いですよ」
「じゃあ先に帰るね。イグニ」
ということでユーリは先に帰宅。サラは職員室にいるエレノア先生のところに向かった。そのまま、下にある部屋に戻るのだ。いくらイグニとパスが繋がったとはいえ、常時魔力が送り込まれたらイグニとて魔力オーバーする。
なので、今でも彼女の腕には帝国製の魔導具が付けられている。
生徒会メンバーたちが先に帰ったことで、生徒会室の中に残されたのは2人だけ。
薄い夕暮れを背景にして、ミコちゃん先輩がこっちを見る。
「話ってなんですか?」
ミコちゃん先輩が言いづらそうに、もじもじとイグニを見る。
「あー。なんというか」
ミコちゃん先輩が居心地の悪そうに頬をかく。
一体何を要求されるんだろう?
俺の身体とか??
ミコちゃん先輩なら全然OKだけどなぁ。
とか何とか考えていると、ミコちゃん先輩は意を決したように口を開いた。
「イグニ。悪ィんだけど、買い物に付き合ってくれないか?」
「買い物? 良いですよ!」
「そうか! 助かるぜ!」
ミコちゃん先輩はそういって、イグニの手を取った。
柔らかっ…………!!
ミコちゃん先輩は油断したときに女の子を出してくるので心臓に悪い。
思わず好きになりそうになる。
イグニはチョロいので真剣な顔して、そんなことを考えた。