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5 花園での出会い(3)

 ジュールと、……本当のお母様が亡くなった時の父以外の男性の涙は初めて見た。


 まだ4歳のジュールはよく泣くけれど、父が泣いたのはあの雨の日だけ。まして同年代の子と一緒になったのはこれが初めて。そして、男の子なのになんて綺麗な子だろうと思った。


 彼は恥ずかしくなったのか高そうな服の袖で涙を拭うと、なんでもありません、と言ってそっぽを向いた。そんなことを言われたら、逆に気になってしまう。


「もう少しお時間がありますわ。よければ、私に話してみませんか。……あぁ、申し遅れました。私はシェリル・ミュゼル。ミュゼル伯爵の娘です」


「……ユーグ。ユーグ・フェリクス。公爵家の子息です。……レディに恥ずかしいところをお見せしてしまいました」


「あら、ふふふ。今の私たちはまだ子供です。レディもジェントルもありません。お友達としてお話しさせてください」


 彼は私の野暮ったい化粧や顔には何も言わず、子供が座るには充分な噴水のフチにハンカチを敷いてくれた。彼も中々に紳士だ。


 今日見た男の子たちは、泣かないだけで、走り回ったりケーキを服にこぼしたりと、ほとんどジュールと変わらないように見えたから。


 男の子はそういうものなのかな、と思っていたけれど、彼は少し違う。服も……さっき涙を拭いた袖以外は汚れていないし、走り回って靴が汚れている様子もない。


 私はお礼を言ってハンカチの上に座った。彼も人ひとり分の距離を取って隣に腰掛けた。


「実は、僕は公爵家の跡取りだから、今日は早いうちに誰か婚約者になりそうな子を探してきなさいと言われて」


「あら……ずいぶんと気が早いのですね」


「王家の血縁だから、早くに見つけてその人にふさわしい教育を、と言われたんだけれど……」


「もしかして、見つけられませんでしたか?」


 彼は少しの沈黙の後、こくん、と頷いた。


「可愛い子や、身嗜みの綺麗な子はいるんだけど、それだけじゃ……。ひとりだけ、この子がいいなという子がいたけど見つからなくて。声をかける前に、もう終わってしまいそうだし……」


「どんな方ですの? 私、お友達ができたので急いで聞いてみますよ」


「顔は見えなかった。陛下の挨拶の終わりに、とても綺麗なお辞儀をした……そう、君のような灰色の髪で、……アイスブルーのドレスの……」


 言いながら、彼は信じられないものを見るように私を見た。それ、私だ。


「君か! 君なんだね?! シェリル嬢、僕がいいなと思ったのは君だ!」


 しかし、彼は幻滅したのではないだろうか。いくら所作が綺麗でも、礼を弁えていても、今日の私は元が悪い上に野暮ったい。


 だが、彼の明るい緑の瞳は宝物を見つけたようにキラキラと輝いて私を見てくる。もしかして、自分が美しい人は他人の美醜にはそんなに興味がないのかもしれない。


「……そう、ですね。たぶん、それは私のことだと思います。ですが、ユーグ様。私のような美しくない子では、ご両親ががっかりします。ですから、今日は見つけられなかった、とご報告されるのが一番いいかと」


「君は……何を言っているんだい? そんな野暮ったい……いや、レディに対して失礼だとは思うけれど、お化粧さえしていなければ……」


「いえ、どうかこれ以上、私に私のことを貶させないでくださいませ。ユーグ様、お手紙をくだされば私の素敵なお友達をご紹介できるかもしれません。ですからどうか、見つからなかったと」


 私が未来の公爵様の嫁になったら、笑われるのは目の前のユーグ様だ。こんなに可愛くない……そのうえ、今日は女の子の友達を見つけるために野暮ったい化粧の……女の子にひっかかってはいけない。


「さぁ、戻りましょう。素直にお話しすればいいのです。素敵な子はいたけれど話しかけられなかったと。それでこの話は終わりです」


 私が立ち上がってハンカチを綺麗に畳んで返すと、彼はそれを受け取って不審そうな顔をした。


 それでも、わかった、と一応は頷いて一緒にパーティー会場へ戻り、そこで別れた。


 私のような可愛くない子は、あんな綺麗でしっかりした男の子には相応しくない。今日の事はどうか忘れて欲しい。


 閉会の挨拶をした陛下に、私はやはりひとりだけ……今度は後ろの隅の方で礼をした。


 お母様には、帰りの馬車で3人の女友達と、ひとりの男友達の話をした。その男の子が、一瞬でも私を婚約者に、なんて言っていたのを、私は可愛くないからとお断りしたの、と。


 そう、と微笑んだお母様は何か考え事を始め、私は思っていたより緊張していたのか、馬車のクッションに埋まるようにして眠ってしまった。

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