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21 リナリア・ドーヘン男爵令嬢の事情(※リナリア視点)

 私は小さな頃から可愛い、可愛いと言われて育った。両親からも、使用人からも、同じ貴族の子息令嬢からも。


 可愛い私はひっきりなしに男の子たちからアプローチされ、女の子には陰口を叩かれた。必然、味方は男の子たちになった。女友達はできなかった。


 そして17歳で成人してから、男爵家……つまりは領地を持たず事業のみで成り立つ最下位の貴族である私に、本気でアプローチする貴族の子息はいなくなった。


 ちょっと遊んでやろう、という男と恋人になっても、家格の高い家の娘との縁談となればすぐ破局した。それでも私は愛を囁かれればそれを信じて、裏切られる。それの繰り返しによって、いつしか遊び人だとか、売女だとか呼ばれるようになった。男女関係なく、だ。いよいよ味方は誰もいなくなった、家族以外に。


 別に遊んだ訳じゃない。何度だって真剣に想いを寄せて、信じて自分を磨き、私を愛してくれる人だと思っては突き放されてきただけなのに。


 疲れ切った私に、父が縁談があると言ってきた。驚いたが、声の調子からあまり良い話でもなさそうだと思ったので、私は耳を傾ける事にした。


「お前に嫁の貰い手は無いだろうと思ってはいたが……、伯爵家から婚約の申し出があった」


「……随分とうまいお話ですね、お父様。何かご事情が?」


「うむ……リナリア、私はお前が噂されているような娘でないことは知っている。すまない、私が男爵であるばかりに、このようなことになってしまって……」


 気まずそうにお父様は言葉を切る。伯爵の嫁になる、政略結婚として悪い話ではない。特に、今の悪名高い私にとって。


「いいのです。……私も、もう愛だの恋だのにはうんざりしました。どこへでも嫁ぎましょう」


 私が目を伏せ諦めの笑いを浮かべて告げると、父は真剣な顔になった。怒りさえ感じさせる顔だ。


「まず、相手はミュゼル伯爵だ。小さな娘がいる。結婚する頃には4歳になっているだろう」


 ミュゼル伯爵。たしか、半年前に奥様を事故で亡くされた方……領地運営と王宮で官僚として働く立派な方のはず。夜会で遠目に奥様と並ばれているお姿を見たことがあったけれど、ずいぶん歳上ではあれど、脂ぎった好色な方ではない。


 少しホッとした。あの夫妻の子供なら、どちらに似ていてもきっと可愛い子のはず。仲良くやれる気がする。


「ミュゼル伯爵は、跡継ぎの男児をもうけたいという条件を出してきた。お前のデリケートな部分に人の手が入る事は覚悟なさい。また、愛することはないだろう、とも……それでもいいのなら、結納金は払うし持参金はいらないと」


 計画妊娠をするためには、私の生理周期や夜の営みの日は医者やメイドによって把握し決められる。そして、それを行うにしても、そこに愛はないと。だから金は払う。つまり、金で妻として私は買われるらしい。


 普通の淑女ならいくら政略結婚と言っても怒るところなんだろうけれど、私はもう、愛を得ることも愛することにも疲れている。


 そう、娘がいると言っていた。恋愛はもう要らない。その娘を愛そう。そして、決して私と同じ道には進ませない。どんなに後で憎まれてもいい。私は私のやり方でその娘と、産まれてくる子供を愛そう。


「ミュゼル伯爵は奥方に似た娘を……避けている。男親として娘を守ることはないだろう。……余りにもリナリアに失礼な話だと思っている。正直はらわたが煮えくり返っているが……、お前の意思を尊重しよう」


 事業によって財を成したお父様にとって、結納金はさしたる問題ではない。ただ、このままでは私は好色な脂ぎった貴族のもっと年嵩の男性の、よくて妻、悪ければ愛妾が精々だ。


「この話、お受けしましょう。当然結婚式もありませんね?」


「あぁ、ない。書面上での契約を神殿に納めて国に籍を申し入れるだけだ」


「かまいません。……私は、あまり賢くなかった。可愛いと言って育てられた事には感謝しています。実際、私の美貌は装飾品として連れ歩くには殿方には魅力的だったようですから」


「リナリア……」


「私は、ミュゼル伯爵の子供に愛を注ぎます。たとえ後で憎まれてもいい、きっとその残された娘と、今後生まれてくる子供を大切にします。……ミュゼル伯爵のお気持ちもわかりますから。今、小さなレディはきっと一人で、何も分かっていないはず。私が嫁いだら絶対に寂しい思いをさせませんし、伯爵の分も私が守ってみせます」


 そうして私は、ミュゼル伯爵との婚約に同意した。数度の会食を経て、彼と私の間には絶対に愛が生まれない事は理解できた。伯爵が娘を……シェリルを避ける理由も聞いた。予想通り、シェリルには前妻の面影が色濃いからと。


 そして結婚し、伯爵家に多少抑えた色の……それでも結婚したのだから、少しは華やかにも見えるドレスで入った時、シェリルを見て驚いた。


 なんて可愛い子だろう、と。天使が地上に降りてきたらこんな子供に違いない。灰色の緩くウェーブのかかった長い髪の毛にアイスブルーの澄んだ大きな瞳。純粋な興味いっぱいに見上げてくるこの女の子が、今日から私の娘になる。


 伯爵家の娘だから間違いは起こらないだろう。だけど、男親であるミュゼル伯爵……旦那様は、娘には関わらずに生きたいと願っている。何か起こった時、旦那様は頼れない。


 私がこの娘を守って、育てて、自力で自分を守れるようにしなければ。それと同時に、たくさんの愛を注がなければ。


 だから、私は言った。私が間違えたきっかけ。この娘に対する本当の評価、その反対の言葉を。今後、一生恨まれてもいい。この娘を愛して守ってくれる誰かの手に渡すまで、私は絶対にこの娘を独りにしない。この娘自身を傷つけてでも、他の何からも守ってみせる。


 そして、19歳の私には、この方法しか思いつかなかった。


「あなた、本当に可愛くないわね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 義母と娘のどちらの気持ちもわかる。 19歳だとそれしか思いつかなかったのも。同じ失敗をさせたくなかったのも。 辛すぎてどうしても義母に聞けなかった気持ちも。 でも他で目一杯愛したから、真っ直…
[一言] やっぱりなぁ…。 人が良いのに、初撃がかなり重たいブローだから過去に何かあったなぁ…って思うよ。
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