2 ジュールの誕生
早いもので、お母様が来てから5年が経った。私は9歳になり、お母様は毎年、父とお母様から、と言って2着のよそ行きのドレスと花束を用意してくれている。食事も豪華だし、大きなケーキも用意される。
父は相変わらず私に関心はなく、一昨年、弟が産まれた。名前はジュール。ジュール・ミュゼル伯爵令息。
今はまだ3歳の弟は、お母様譲りの黒髪に、父譲りの緑の瞳をしている。屋敷でも天使と言われて、乳母や使用人が競うように可愛がった。
ジュールが産まれてからは、父はお母様にも関心を示さなくなった。父はジュールを跡取りにと考えている。今のうちにたくさん遊んでおかないと、ジュールは父にとられてしまう。
お母様も優しいし、ジュールは可愛い。私たちはまるで3人家族のようであり、私の方が貰われてきた子のようでもあった。
ただ一点。お母様はジュールには「可愛いジュール」と言うけれど、私には毎日「あなたは可愛くないのだから」と何かにつけて言ってくる。もうそろそろ耳にタコができそうなくらい。でも、そう言って父に私への教育費用を出させてくれてるのだから文句は言わない。
私が可愛くないのなんて、私が一番知っている。だから、父は私を避けるのだし、お母様もしつこく言うのだし、メイドにも褒められたりもしない。おシャレする時も、まぁまぁ似合うわね、なんてお母様に言われるだけだ。
ジュールが産まれてからは、よけい……にくたらしいけど、ジュールが可愛いのは私にもわかる。笑いかけられれば抱き締めずにはいられない。本当に可愛い。
私は最初に賢いと褒められた事を励みに、たくさんの本を読んだ。家庭教師もつけられ、それは教育だけではなくマナーや詩歌音曲にダンス、絵画に刺繍といった教養も少しずつ教えられた。私は、可愛く無いのだから、と努力は怠らず、その全てをお母様は褒めてくれた。
どんなにぐちゃぐちゃに失敗した刺繍でも、選ぶ色にセンスがあるわ、とか、つっかえつっかえの詩の音読も、あなたの声で聞くととても素敵ね、と。
本当に、頭が混乱する。絶対に可愛いとは言わないけれど、お母様は私を愛していると思う。実際、愛してるわ、とは言われるし、嘘じゃないのは抱き締めてくれる温かさからも伝わってくる。
容姿だけは誰にも褒められない。悲しいと一人で泣く事もあったけれど、私は自分の意見を理路整然と話せるようになったのだから、いつかお母様に聞いてみようと思う。そんなに私は醜いですか、と。
でもまだ勇気が出なかった。醜いと断じられたら、私はいよいよ、心の中にそっと仕舞っている、自分ではお気に入りの本当のお母様譲りの髪も瞳も、自分で嫌いになってしまいそうだから。
継母と、後妻の意味も知った。そしてお母様が、なぜメイドや使用人にいい顔をされないのかも。
社交界では有名な売女で遊び人だったから、らしい。売女も遊び人もいまいち意味は理解できなかったが、今私とジュールを足元に纏わり付かせながら刺繍をしているお母様は、そんな悪く言われる人間のようには思えなかった。
見上げれば優しく笑い返してくれる。お母様になった時は19歳だったお母様も、今は24歳。若くて綺麗で強そうだった最初の印象から、今は落ち着いていて優しくて綺麗に印象は変わった。
私はお母様が好き。愛してる。可愛くない自分のことも、容姿以外は好きだ。
お母様のように美人だったら、本当によかったのに。だからせめて、優しさは真似しよう。私も優しくて、子供に愛情を注ぐ大人になろう。
どうして私は可愛くないのだろう。その気持ちだけは、消えなかったけど。