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16 ずっと守られてきた

 私は混乱から一晩で立ち直った。考えても仕方がないし、盗み聞きはいけないこと。案外私は図太いのかもしれない。


 それに、正面から私がお母様に何もたずねられない、それが私のいけないところ。私にいけないところがあるのに、責めるなんてお門違いだ。


 よく眠れなかったけれど、その分頭の整理はついた。私は今、可愛くない、と言われていない。気付いてしまった以上、まずはこの現状に慣れなければ。


 その日の朝、朝食に降りていくと手紙が届いていた。ユーグからで、私はエントランスですぐに封を切って中を見た。


 昨日はとても楽しかった。君と過ごす時間は私の安らぎで、私は気が急いでしまっている。君はきっと、もっと時間を重ねたいと願うだろうから、明日街へと出掛けるのはどうだろうか? 予定が合えば、ぜひ。……もう急に抱き締めたりはしないから、心配しないで。愛してる。君のユーグより。


 エントランスで顔を真っ赤にした私は急いで手紙をポケットにしまうと、両手で頰を覆って熱を冷ました。まったく冷めてはくれなかったけれど。


 朝食を食べ終わったら返事を書こう。もちろんです、と。そしてお見合いの話も……、ユーグに聞いてみよう。少しずつ、謎を解いていけばいい。


 ダイニングの扉を開く前に深呼吸をして、私は中に入った。


 お母様の顔を見ることと、ユーグからの手紙のことで、うまく振る舞えるか分からなかったけれど。ひとまずの落ち着きを取り戻して席につく。


「あら、シェリル。何かいい事があったの?」


「お、お母様……! あの、先ほどユーグからお手紙が届いて……」


「お姉様、もう名前で呼んでるの? 順調だなぁ、僕もすぐにお義兄様って呼ぶのかな」


「ジュールまでからかわないで」


 手紙の話でせっかく冷ました顔の熱がまた上ってきてしまう。


 私は照れたりしながらも、いつも通り楽しく朝食をとって、自室で急いで返事をしたためた。大丈夫、いつも通りに振る舞えている。……もしかしたら、これもユーグが居てくれるという安心感からかもしれない。彼はいなくとも、私を守ってくれている。


 明日は予定がないので喜んで、何時にどこで待ち合わせるかを書いて、……恥ずかしいけれど、あなたのシェリルより、と手紙を締めた。もっと長く冗長になってしまったけれど、大体はこんな内容だ。


 それを伝令に渡して、私は早速明日の服と靴を選んだ。きっとユーグはエスコートしたがるだろうから、日傘ではなく帽子を被る事にして……、白い帽子なら、淡い色の服と合うはず。同じ白のストライプの入ったAラインの水色のワンピースに白いリボンベルトでハイウエストの所を締めて……悪くない組み合わせだろう。


 このセンスはお母様がずっと培ってくれたもの。私はお洒落だと、今も時々会う3人の女友達も褒めてくれる。


 翌日のデート当日、帽子を被るからと凝らずにハーフアップにした。水色のリボンで髪を留め、化粧をする。


 昨日、気付いてから、私は本当のお母様にそっくりだと思った。ずっと大事にしてきた気持ち、アイスブルーの瞳と灰色の髪を好きだという気持ち。なんだか本当のお母様に化粧をしているみたいで、緊張よりも楽しくなった。


 ユーグと昼に会うのはあのパーティー以来だ。変に思われないようにあまり濃くせず、目元には爽やかな色を入れる。


 自分の顔だと思わなければ、なんだか化粧も楽しかった。


 待ち合わせ場所まで馬車で向かうと、やはりユーグは時間よりずっと早い。私服姿も素敵で、今日は私から腕に手を絡めた。はしたないと思われるだろうかと思ったが、返ってきたのは満面の笑顔だ。


「今日はどこに行くんですの?」


「話題になっているカフェがあるので、そこに。今日は、好きなだけケーキが食べられるでしょう?」


「まぁ、ふふ。そうですね、ドレスではないので。でも太ってしまったら困るので、ひとつにしておきます」


「シェリルが幸せに食べてくれて太ったのなら、私は気にしないけどな」


「ユーグ。女は気にするんです」


 こんな話をして、街中のディスプレイを眺めながらカフェに向かう。途中足を止める事があってもユーグは嫌がらなかった。むしろ、入ってみる? と聞いてくれるので、私たちはのんびりと細々した物を買いながらカフェに向かう。


 荷物はユーグが持つと言って聞かなかった。下手をすると私の普段使いのアクセサリーにお金を出そうとするので、それはなんとか止めた。出してもらった方が恥をかかせずによかったかもしれないけれど、私がまだ距離を詰められないでいる事をユーグは分かってくれてしつこくはしない。


 カフェでケーキを選び、紅茶と一緒にいただきながら、ユーグと何気ない会話をした。彼はケーキだけでは足りないからとサンドイッチも頼む。本当、細く見えるのにどこに入るのかな。


「ユーグ、聞きたいことがあったの」


「なに?」


 食べ終えて、お茶を飲みながら、ざわつく店内で私は言葉を選んだ。


「……10歳のパーティーの後から、ずっと私の家にお見合いの申し込みをしてくれていたの?」


 ユーグは微笑んで茶器を置く。


「そうだよ。彼女なら成長しても……いや、成長すればずっと素敵になるからと、彼女以外は嫌だと父に言い続けた。君のお母様と父は、子供の気持ちは変わっていないか、シェリルに別な相手はできていないかを、ずっとやり取りしていたらしい。君に、他に素敵な人が現れてしまったらとハラハラしたけれど……あの日、会場中の視線を集めて一人で立っている君を見て、私が迎えに行かなければと強く思った」


 そう、あの時私を守って……心細さから救い出してくれたのはユーグ。


 そして、ずっとお母様はユーグが心変わりしたら私が傷付くと……もっと言えば、他に好きな人ができた時に遠慮しなくていいようにと、私にお見合いの事を黙っていた。


 私は守られていた。お母様とユーグに。


「シェリル。本来は跪く所だけど、ここで許して欲しい。……私と、婚約してくれ」


「……喜んでお受けいたします、ユーグ」


 10歳から待たせてしまった。これ以上待たせることも、そして私が彼以外を選ぶこともない。


 私たちは、婚約した。

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