10 再会
実の母に可愛いシェリーと言われていたのは、もうずっと前だ。亡くなってから、私に可愛いと言う人なんていなかった。
女友達というのは互いの容姿を褒めるもののようだし、実際にはお世辞と分かっていても、それは少し嬉しかった。
しかし、今日の私はお母様の魔法で本当に、別人のように美しい。自分でも……、毎日鏡を見て可愛くないと思っていた自分でも、今日、鏡の中にいた自分は綺麗な人だと思った。
まるで他人事のようだが、実際他人事の気もする。これはお母様の魔法があってこそだ。
——謙遜は美徳だが、卑屈は表に出すものではない。
ならば今日の私は、私を褒めてあげよう。謙遜は、今日は忘れよう。卑屈と一緒に。
魔法をかけられた一夜の夢。私の目的は変わらない。私が可愛くなかろうと、可愛かろうと、私の内面を見てくれる人を探すこと。
内面は、たくさん磨いてきた。誰かと比べたわけではないけれど、恥ずかしくないレベルなのは違いない。お母様がずっと褒めて伸ばしてくれた。
今日はそこにお母様の魔法……別人のように美しく仕上げた化粧された顔がある。今日の私は美しいと、お母様も、使用人も言ってくれた。……父が、本当に久しぶりに私を見てくれた。
自信を持って微笑んで会場を回り、たくさんの人と話そう。私の内面を見てくれる誰かに出会えるまで。
……踊ってみたかったけれど、そんな時間はあるかな? 踊りながら会話できるような人もいるかもしれない。今日の私なら踊りを申し込まれるかも。
馬車の中でそんな事を考えているうちに、到着したようだった。御者が手を取って私を会場の前におろしてくれる。
本当なら父にエスコートされて昇る階段を、転ばないように一人で一段一段進む。幸い、赤いカーペットが敷かれていて滑り止めになっているので、ドレスの裾さえ踏まなければ大丈夫そうだ。
そして大きな両開きの扉の前に立つ。門兵がいて、名前を告げると扉を開けてくれた。伯爵位以上の貴族には招待状が届いているから、女一人でもそれを見せれば中には入れる。
扉が開く。外にも篝火は焚かれていたが、中はいくつものシャンデリアと壁の燭台によって昼のように明るい。
「シェリル・ミュゼル伯爵令嬢のご入場!」
中の案内係が大音声に叫ぶ。既に人はたくさん集まっていてお喋りに興じていたが、それに負けない声だ。
入口は外の階段を登って2階。アーチ型の階段の下に会場がある。
案内係の声に、お喋りをしていた人が一応というように入り口に目を向けた。
会場が徐々に、シン……、と鎮まっていく。
(や、やっぱり変だったかしら……、元がよくないと、お母様の魔法でも……)
悪い考えが頭を過ぎる。この後は階段を降りて、会場に立たなければいけない。なのに、たくさんの視線で、静寂で、私は足がすくんでしまった。
微笑みを絶やさないようにするので精一杯だ。しかし、動けない。今動いたらかならず転ぶ気がする。
そこに、一人の男性が登ってきた。背が高く、それでいて顔は美しく、シャンデリアに煌く金髪に明るい緑の瞳。
「お久しぶりです、シェリル嬢。どうか、この私にエスコートの光栄を」
まさか、と思った。たしかに名乗りはしたが、あの時の私は違う意味でお母様の魔法にかかっていた。
覚えているはずが……一致するはずがないのに。
微笑むその人は、成長しても面影の残る、ユーグ・フェリクス公爵子息だった。