1 私に新しいお母さんができました
私は雨の中、黒いワンピースに黒い靴を履いて、ミュゼル伯爵……父の脚にしがみついていた。
3歳の私でもわかる。温かく笑いかけてくれた母は今、土の中に埋められた冷たい石櫃の中で眠っている。そしてもう目覚めることはない。
買い物に行ったときに、酔っ払いの操縦する馬車が歩道に突っ込んできた。そんな事故だった。あまりにあっけなく、私も父も立ち会うことすらできなかった。
今、傘は必要ない。私も、父も、雨が流してくれるままに涙を流していたから。
父はそれから1年後、新しい母と結婚した。メイドが言うには、継母、というものらしい。
19歳の、私からしてみればとっても綺麗な大人の女性。なんで父の……父はかっこいいけれど、30歳は超えていたはずだ……、これもメイドに聞いた言葉だが、後妻、とやらになったのか分からなかった。
喪は明けているが、黒を基調に赤をアクセントにしたとても素敵なドレスを着て、赤い口紅が似合う、黒髪とルビーの瞳の綺麗な人。
「シェリル、挨拶なさい。今日からお前の義母さんになるリナリアだ。これからはリナリアの言うことをよく聞いて、素直に従うように」
母が亡くなって1年。父は私を避け気味になった。朝食も晩餐も時間がずらされ、メイド長が私の身の回りのものを揃えてくれた。父の顔を見たのも、数日ぶりだ。
そして突然やってきた若い継母。メイドたちはいい顔をしていなかったが、ルビーの瞳は柔らかく微笑んで私に向けられていた。
「はじめまして。シェリル・ミュゼルです。よろしくお願いします」
お母様、と呼ぶべきなのか、名前で呼ぶべきなのか分からなかったので、彼女の希望を聞くまで呼ぶのは避けた。
この時点で、私はこの継母に、悪い印象もいい印象もなかった。子供の時間は大人が感じるよりずっと早い。だから亡くなった母を思い出さない訳ではなかったけれど、新しい母を拒絶する気持ちもなかった。
「あなた、本当に可愛くないわね」
優しい瞳で微笑みながら、赤い紅を引いた花びらのような唇から、私に向けて最初に出た言葉。
びっくりして、私は固まってしまった。母……実母はいつも「私の可愛いシェリー」と言って抱きしめてくれていた。でも、今、優しく笑ったこの年若い継母とやらは、私に向けて可愛くないと言い放った。
「私の事はお母様と呼んで頂戴。シェリル、よろしくね」
どうよろしくすれば良いのだろう?
頭の中は混乱していたが、父は継母の言葉を咎めなかった。もしかして父が私を避けていたのは、私が可愛くないからだったのだろうか。
「はい……お母様」
「賢い子ね。これからは私と一緒にご飯を食べたり、お茶にしたりしましょう。今まで一人で寂しかったわね」
私を可愛くないと言った新しいお母様は、膝をついて小さな私を抱きしめた。
柔らかくて、温かい。いい匂いがする。
こんなに綺麗で優しい人が言うのだから、私は可愛くないのだろう。
だけど、賢いとも言われた。いい子にして、父の言うように素直に言うことを聞いていれば、少しはマシになれるかもしれない。
その日から、私のちぐはぐな日々が始まった。
新連載です。溺愛しつつ家族ものの話かな?と思います!
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