七夕に願いを ― 流れ星になったオリオン ―
とある猫王様が治める王国。
その森の中で事件は起きていた。
「・・・もう、いい加減にして」
「待ってくれ、アルテミス。話を聞いてくれ・・・」
アルテミスはケリュネイアの背中にまたがり、逃走。
どうして、オリオンはしつこいの?
もう、私に話しかけないで欲しい。
いったい、私はどうしたら・・・。
そうだわ。
王様に相談しましょう。
こうして、アルテミスは猫王様の城を目指し、ケリュネイアに指示をする。
「はーっ」
ため息しか出てこない。
(何でこうなったのだろう?)
現在、森の中。女神様に抱きつかれている。
(やれやれ・・・)
この状況は・・・。
そもそもの発端は前の日に、さかのぼる。
とある女神様は猫王様に相談ごとを持ってきた。
「王様、聞いて欲しいのです」
「何事ですにゃ、我輩でよければ話を聞きますにゃ」
「ありがとうございます。実は・・・」
女神様は猫王様に一部始終、話した。
「・・・そんなことがあったのですにゃ。心中察します」
「それで、何か策を授けて欲しいのです」
「うーん? 思いつく策は無いです。しかし、適任者を紹介しますにゃ」
「適任者?」
「ガットよ、大将軍を大至急呼んでくるにゃ」
「はっ」
私に白羽の矢が立った。明日から夏期休暇だというのに困ったものだ。ガットが執務室に入ってきた。彼が急いで執務室に入ってくるときには、ろくなことがない。どうせ王様の思いつきだ。悪い予感がする。案の定、夏期休暇は取り止めとなった。
「大将軍、王様がお呼びです。大至急、王の間に来てもらえますか?」
(ほらね)
「どうしたの? 今度は何?」
「女神様の用件のことです。ストーカーを撃退して欲しいそうです」
「・・・それは女神様にとっては一大事だね。直ぐに行こう」
私はガットと共に王の間へ急いだ。着くまでにガットからアルテミス様のことを教えてもらった。
「来たにゃ。コイツが大将軍オテロです。ぼさっとしていないで、アルテミス様に挨拶するにゃ」
「・・・どうも、初めまして。オテロと言います。なぜだか、この国の大将軍を任命されている旅の者です」
「私は狩猟・貞淑・月の女神・アルテミスです。初めまして、オテロさん。私を助けていただけますか?」
「はい。協力させていただきます」
「それでは、大将軍。後は頼んだにゃ、失敗は許されないにゃ」
(いつもこれだからな・・・)
「私、失敗しないので・・・」と言ってやりたかったが、止めた。馬鹿馬鹿しい。それでも言いたいことがある。心の中で叫んだ。
(夏期休暇を返せー!)
(今回は、ストーカーを倒すだけだよな・・・)
難しい案件ではない。でも、油断は禁物だ。ガットに残りの仕事を任せて、私は城を出発した。
(やっと城を出れたんだ。思い切りやるぞ)
ストーカーには申し訳ないが、手加減しないからな。私の憂さ晴らしに付き合ってもらうよ。ふふふ・・・。
この女神様は、いつも傍にいる鹿と仲良し。時にはその背中に乗り、颯爽と狩りを行う。その姿はまるで宇宙を駆ける流れ星。そんな彼女に憧れる者は、男女問わずとても多いらしい。ガットに、そう教えてもらった。
しかし、貞淑の女神の潔癖ぶりに、たいていの男性はアタックを諦めてしまう。
(それにケリュネイアが蹴ってくるからね)
ケリュネイアと呼ばれるその鹿は、黄金の角が太陽の日差しに照らされ輝く。青銅の蹄は大地を素早く駆け抜け、その速度は矢より速い。時には彼女を守るため、ボディーガードも兼任。下心を持って近づく不埒な輩には立派な角と蹴りで撃退する。
(鹿ではストーカーを撃退できなかったのかな?)
狩猟と貞淑を司る女神であるアルテミス様。狩猟の時には凛とした姿を見せるのだ。普段は素直で優しい、親しみやすさも感じさせる淑やかな女性。しかし、異性に対して極端に潔癖であり、気軽に口説こうとする男を嫌う。
(過去に何かあったのかな? そんなに男を嫌わないで欲しいな)
私も男である。下心はないが、嫌われたくない。しかし、「男好きになれ」とは言わないが、正直なところバイ菌扱いは止めて欲しい。こんな女神様を好きになるなんて、ストーカーめ!
(ふざけるな。王様の相手だけでも大変なのに、余計な仕事を作るな!)
私は怒りに身を震わせた。
そのストーカーの名前はオリオン。
彼は一人の女性と長続きしない軽薄な男。ところが、女神様と出会って恋愛観は一変したのだ。
偶然、狩りに出かけた森で運命の出会い。彼女の夜空を写した瞳を見て、体に電流が走ったように恋に落ちた。片思いの恋。
「これが・・・。運命の恋なのか?」
女神様に恋をしたオリオン。すぐさま、いつもどおり、口説こうとしたところをケリュネイアの一撃を食らい、全力で拒否される。
彼女の極端に固い貞操観念も含めて、ますます本気になったオリオンは、めげずに彼女にアタックを続けたのだった。
そんな、しつこいオリオンにアルテミス様は嫌気をさし、王様に泣きついたという訳だ。
(絶対にオリオンは許さないぞ。夏期休暇を奪った恨みを晴らす!)
「いた。オテロさん。彼がオリオンです」
それだけを言うと私の後ろに隠れた。
「大丈夫ですか? 彼と少し話をしてきます。隠れていてもらえますか?」
「・・・はい。よろしくお願いします」
アルテミス様は木の陰に素早く移動。ケリュネイアと一緒に隠れた。
(いや、ケリュネイア。お前まで隠れる必要は無いだろう・・・)
木に、もたれ掛かり薔薇の花を口にくわえるオリオン。
(キザな奴だな。少し痛い目をすれば、こりるだろう)
「・・・やぁ、君がオリオンかい?」
「そうだが・・・」
「私の名前はオテロ。アルテミス様に、つきまとうのを止めて欲しい」
「なぜだ! お前には関係の無い事だろう。ここから消えろ! 俺は忙しいんだ。そろそろ彼女が現れるからな。今日こそ・・・」
(まー、分かりきっていたけど・・・)
彼は声をあらげた。どうやらストーカーの自覚が無いらしい。
(やれやれ・・・仕方がない)
どうせ、話し合いにならないのは分かっている。私は手加減をしなかった。いきなり、全力の攻撃を仕掛けた。
「カムイ無双流・天弦」
「ガハッ」
彼から聞こえた声はそれだけだった。キラリと空の彼方へ消えた。昼さがりの流星となったオリオン。
(ふー、スッキリした。ゴメンよ、オリオン。文句があったら、猫王様に頼むよ)
「アルテミス様、オリオンを排除しました。もう出てきても大丈夫ですよ」
私は笑顔で女神様を呼んだ。
「オテロさん、ありがとうございました」
突然、貞淑の女神様に抱きつかれた。なぜこうなったのか?
(先ほどまでバイ菌扱いだったよね)
「・・・お礼がしたいから、家まで来てもらえませんか?」
「えっ、・・・でも、迷惑でしょう?」
私は早く帰りたかった。
(今から帰れば、夏期休暇を取得できるハズだ)
「迷惑だなんて・・・。是非、お礼をさせてください」
「・・・あっ、そうだ。用事を思い出した。今日はここで失礼します」
「待ってください。オテロさん・・・」
私は走って帰った。ポツンと女神様達を森に残して・・・。ケリュネイア、後は頼んだ。
(・・・ゴメンなさい)
一方、その頃オリオンは、とある場所まで飛ばされていた。そこには、さらなる悲劇が待っていた。
「うっ、痛い。オテロと言ったか・・・アイツは化け物か?」
「・・・ほう、バカ弟子のことを知っているのか?」
「だ、誰だ?」
「ふっ、女性に名乗らせる前に自分から名乗ったらどうだ」
「・・・失礼。俺はオリオン。狩人だ」
「ところで、オテロが何をしたんだ。言ってみろ」
「・・・奴に蹴り飛ばされたんだ。ちきしょう、アルテミスを口説きたかっただけなのに・・・」
「・・・なんだ。ただのナンパか、くだらん。つきあいきれん。くらえ、カムイ無双流・天弦!」
「な、なんで・・・グハッ」
オリオンは西の空。夕方の空にキランと輝く流星となった。本日、二度目の流星。ダーシェの蹴りはオテロと威力が違う。カムイ無双流継承者の蹴り。
七夕の空に星が一つ、流れた。誰もオリオンとは知らず、願い事を心の中で三回呟いたことだろう。空には天の川が見えるくらい、薄暗くなっていた。
「師匠、何かありましたか? 声がしたんですが・・・」
修行をしていたレムカが、心配そうに現れた。
「あぁ、何でもない。お前は修行へ戻れ。ちょっとしたゴミを始末しただけだ。気にするな」
「それならいいんですが・・・」
レムカが修行に戻ろうとした。突然、師匠に呼び止められる。
「・・・ちょっと待て、気が変わった。修行をつけてやる」
「えっ、急にどうしたんですか?」
「気にするな。ただの気まぐれだ」
「よし、頑張るぞ! 師匠、いきますよ」
「いつでもいいぞ。かかってこい!」
レムカはダーシェに向かって攻撃を繰り出した。
その攻撃を余裕でかわすダーシェ。
(アイツは一人でも修行しているみたいだな。精進しろよ、バカ弟子・・・。くれぐれも身体には気をつけるんだぞ)
一方、女神様は夜空を見上げていた。天の川が綺麗に見える。
「ねぇ、ケリュネイア。私にも『織姫と彦星』のように素敵な恋人を見つけられるかしら・・・」
ケリュネイアからの返事はない。
「先ほどのオテロさん、なんてどうかしら? ケリュネイア」
黙って傍に寄り添うケリュネイア。
「あっ、見てケリュネイア。流れ星よ。どうかオテロさんにまた会えますように・・・」
― 完 ―
オリオンから開放されたアルテミス。
次の日、王様にお礼を言うため、再び城を訪れる。
実はそれは口実で、オテロに会いに来たのだった。
「大将軍から、報告受けました。無事解決してよかったですにゃ」
「はい、王様に相談してよかったです」
「そうでしょう。これからも頼ってくださいにゃ」
うれしそうに照れる王様。
笑顔でキョロキョロとするアルテミス。
「あのー、ところで・・・。オテロさんはどちらに・・・」
「あー、大将軍なら夏期休暇にゃ・・・」
「・・・そうでしたか、残念。直接、お礼がしたかったのに・・・」
「そういうことでしたら、我輩が承っておきますにゃ」
「・・・仕方がありませんね。王様、これを皆さんで召し上がってください」
そこにはバスケットに焼きたてクッキーが入っていた。
「ありがたく頂戴しますにゃ」
そこから一つ摘まむ王様。
「う、旨いにゃ」
「うふふ」
喜ぶ笑顔のアルテミス。
本当の気持ちは・・・。
乙女心ははたして届くのだろうか・・・。