儀式当日・朝 前編
儀式当日の話。儀式当日の朝については、また今度ifルート『性転換して幼児退行して生存する』で書きます。絶対に書きます。なぜ、書かないことがあろうか。
その儀式の日、全能の魔神が襲撃に選びし日時は、新月の晩、晦日であった。その日は、美しき星々が天に煌めき、彼女が理解者と初めて出逢った日のようであった。彼女の瞳は正確に未来を見抜く。全ての平行線上にある未来の中から、約定を果たすために、泣く泣く、彼をこの手で殺す未来を選ぶ。なぜ、このような未来を選ばなければならないのか。副官の一人、権利至上主義のレイ、アイツは真の副官である原初の狗とは違い、排除したいが……やつを殺せば、どの大陸にも居場所がなくなってしまう。それは、“二人”であらゆる大陸を制覇して、五つの海を乗り越えてきてしまったからである。自業自得、彼も自業自得で片付けて、正しくこの未来を選びとってしまうのだろう。だから、あの権利至上主義者どもをこの大陸のみならず、全ての大陸から居場所を失わせるために、レイの操り人形になってしまったことにする必要があるのだ。そうすれば、愛していたウィルを殺してしまった、だから、私がこの大陸にいなくなってもいいよね、あと、自由に生きることができる。そして、世界中から愛される大公爵を殺すように仕留めた者どもを落ち武者狩りにしなければならないと扇動することも容易いだろう。
「ああ、それでも嫌だな。ウィルと一緒にあの砂浜の向こうから、海へと逃げて、誰もいない島へといくことが出来たらいいのになあ。さあて、じゃあ、行きましょうか!レイ、私はウィルファ大公爵を仕留めなければならないから、あの無防備な小屋の中にいる標的を潰しに行くわ」
「御意。では、こちらはあの三種の神器を止めに行きましょう。ボクは劔の王子。鏡のエルフは、ドン・ムラサメでいいだろ。勾玉は、大将が仕留めてくれますよね」
「いえ、そっちの神器ではないわ。臣下の方が仕留めるにはいいでしょう。あなたたちでは勝てずに、瞬殺されてしまうのが関の山よ。あの子たちには、私でも勝てないのですから」
彼女は、そう優しく現実を突きつけると、彼はなぜか激昂して剣を突きつける。それを冷ややかな瞳で見ていたドン・ムラサメは、これまで二度だけ感じたことのある、馴染みのある殺気を感じ取る。その殺気は、魔王の血を継ぐ大公爵の激怒のオーラにも似ていた。あの逆鱗に触れたものが、皆、住民全てを無惨に殺し尽くされた。あの怒りに触れていない人間どもは、あれを知らないから、常に落ち着きのある紳士のごとき主君と讃えるのだ。称えるのだ……あの恐怖は抱擁でもあった。しかしながら、この激怒のオーラは、引っ掛け、ウィルファ坊ちゃんの元に向かわせないようにするための方法。レイは確かに強い、全能の副官に選ばれるほどには……
しかしながら、本物の強者を知らない。どんな敵も勝てないと思っていた主君に土をつかせたあの恐るべき戦士。風の精霊を名前に持つあのお嬢様と戦わせようなど……それだけは嫌だ……死にたくない。
「全く生き汚い連中ですなあ。そのような者たちに我らが主が認めたお嬢と坊に立たせるわけには行きませんなあ。シェフ、じゃあ、さっさと殺しましょうぜ。お嬢が心配でなんねえ」
「そうですな。お嬢の大好きなドラゴンステーキに使うドラゴンの良い部位が手に入りましてなあ、あの者たちの内緒話というほど、偽造はされておりませんでしたが、あの者たちの話を聞いている時に、暇でしたので、ついつい狩ってしまったエンシェントドラゴン、あなたたち、帝国の言葉では古龍と呼ぶのでしたね。まあ、そいつがうようよといるこの森の中で、話をするとは不用心なやつですなあ」
「「足止めをしろとは命じられてはいますが、別に倒してしまっても構わないのでしょうよ」」
そう二人とも、獲物を目にした肉食獣かのようなどう猛な笑みを浮かべて、飛びかかる。すると、全能の巫女に目配せをする。狗は取り押さえるが、こいつ、殺していいよなというような目だ。
もちろん、彼女は半殺しである、あとで報復をしたくてたまらないからだ。
瞬間。ムラサメが跳び退く。レイの相手は、どうやら巨漢のシェフのようだ。
さて、戦場を変えて、妖艶な猿は、イタズラを考えついた童のように微笑んでいる。お互い、そうしなければならないというわけではないものの、名乗りをあげてしまう。
「ワッチは、原初の三女、天帝の小間使い、地獄の鬼もワッチの前では童も同然。さあさあ、ワッチの名前を、原初より産まれた魔力のくぼみから産まれた狗様には聞かせましょう。我が名は、孫行者、斎天大聖とはワッチのことよ」
「ほほう、貴公がかの如意金箍棒の使い手、孫か、良かろう。我が名は、ムラサメ。混沌の怒りの焔より産まれた魔神の尖兵よ。仇敵、智慧の魔神の第一の眷属を討つことが出来るとはまことに良き運よ」
お互いに嗤い合う、その愚かさを。飛び散る火花。睨み合う忿怒の眼。それらが物語っていた。
瞬時に狗の元へ飛びかかり、蹴撃を加える。素早い身のこなしから繰り出される猛追に、狗はのらりくらりと躱していく。躱されるたびに、身のこなしが軽やかになっていくではないか。さらに攻撃が激しく、鋭く、強くなっていく。ああ、狗には見えた。その恐ろしき力の源泉を。
「さては、貴公は智慧の魔神の祝福のみならず、混沌から与えられた星の子としての肉体も併せ持っていたのか。ふむ、このままでは分が悪いな。ここは退かせてもらおう。血湧き胸踊る闘争は良きものではあるが、お嬢の腕白ぶりも困るからの」
そう告げると、孫は逃がさないために援軍を呼ぶ。サルの援兵も期待はしていない。だが、孫に与えられていたのは郡で戦う力。わざわざ手加減をしても、勝てていないのでは……面白くない。このまま、ズルズルと戦いを延ばさせていては……主君の献身も無駄になってしまう。我らが目的は一つ。全能の配下を殲滅すること、支配者として甘い蜜を吸い続けてきた貴族への鉄槌。その貴族社会を続ける隣国へと最期にとどめを刺すために我が身を犠牲にした主君を護るために」
協力の声を聞き、山のごとき数の猿が樹林の中から飛び出してくる。その数は、数えきれないほどであり、数の恐怖を与えることだろう。
狗は踏み潰されるのみの運命を座して待つわけにはいかなかった。創造主の助けを求めて哭くが、創造主は無視する。創造主は、もはや、この巡り逢いこそが最初で最期の和解だとわかっていた。それやその機会を何度も何度も、何度も何度も邪魔しておきながら、創造主の命に転嫁しておくその浅ましさが、彼を憤怒へと走らせていた。激情の炎が狗にまとわりつく。
「私の元で出たゴミは、私が焼却処分しなければなりませんね。ええ、楽しかったでしょう。虎の威を借る狐、王国で言えば、熊の後ろに立つ猫と言うのでしたっけ。まあ、どちらでもいいですわ。私の分身体で申し訳ありませんが、ifの未来ではあなたにも頼みますので……最後まで希望を持ち続けていてくださいな」
「ええ……ご主君と貴方と、フーさんが仲良くて、そんな理想的な未来。ご主君を女の子に生まれ変わらせれば……どちらの未来でも可能なように見えますね。じゃあ、サルは最初から最後まであなた様の忠臣ですので、ウサギやクマの次に頼られるのでしょうね。まあ、愉しみながら生きましょう。それが享楽王。孫行者なのですから」
あとは、シェフもケリをつけていることだろう。孫は愛する希望の子の元へと、足を弾ませながら躍り上がっていく。