恵まれた身分にはそれ相応の責任が伴うもの
ユグリナ王国の貴族の義務。
1).常に民のために、税金は使わなければならない。民に税金の用途は明記して、古代の契約術式の紙に記さねばならない。
2).貴族が道路や建物などのインフラストラクチャー整備などの建築費を支払うことがあった。その代わり、建設した道路や建物に自分の名前をつけることもある
例:大公爵ウィルファは、領民のために、巨人の裂け目という割れ目に橋を率先してかけるなど、している。また、劇場も建設していたり。楽団のコンサートを無償で公開したり、そうしている。
「お嬢、付いてきてください。これは大公爵の後継者としての義務ですからね。一緒についていきますので、何かあったら、お守りはします。が、あくまでも、お嬢自身の手で討伐してくださいね。地竜の群れを!」
地竜とは、この地域に多く棲むモグラである。でかいモグラを想像してもらえると良いだろう。そのモグラの爪が土を掘るのに適しているように、歯は岩を噛み砕くのに適している。そして、胃に小石などを利用して、動植物をすりつぶす。その過程で、土を豊かにさせてくれるカミサマも同然のミミズや微生物を食べてしまう。そのせいで、五年の豊穣が保証された大地が死の土地となってしまうのだ。だが、農民という猛者たちでも討伐が難しい。アイツら、モグラなんで、モグラたたきのようにうまくはいかない。出てくる地竜を叩こうとすれば、すぐに逃げられてしまう。そんな地竜を倒すのには、特殊なにおいが必要なのだ。
大公爵の血筋は、魔獣をおびき寄せる。いや、より細かく条件付けをすると、大公爵の本家筋、かつ魔力が非常に多い、さらにもう一つ、大公爵の次代当主となることを神の前で宣誓した人間であることが条件なのだ。だから、父さまだと魔獣が大侵攻のように一気に襲来してくる。しかしながら、ワタシでは地竜を呼べるのかと不安になる。父さま、過労死してしまうのかと思うほどに業務が多いとは……言えないはずだ……よく、わからないけど。
さあて、まあ、この仕事は去年から、お付きのクマさんと一緒にしているのだが、地竜を探すことから始めよう。地竜の痕跡は、奇妙な三点の穴。
その穴を見つけて、少しずつ痕跡を捜し求めてみる。地竜の三本の穴から、水を流す。水を流してみると、地竜は穴から出ようとこちら側へとやってくるのだ。そこに罠を仕掛けて、地竜が飛び出た瞬間に捕らえる。しかしながら、地竜のサイズが予想以上に大きいな。このサイズ、Lだな。この地竜の肉は美味いやつだとクマさんは言ってくれた。あの竜の大きさは、肉の美味さに比例している。というよりかは、年月を経た地竜は大きくなる。そして、発達した筋肉の鎧は、より肉質を美味にさせてくれるそうだ。だが、このままでは、噛みちぎられないほどに硬い肉なので、柔らかくさせるために数日ほど煮込まないといけない。
数日ほど煮込んでできたダシも美味いのだ。あのガラでできたスープ……思い出しただけで、よだれが出てきてしまうね。
さあ、次のお仕事を、クマさんから聞くことにする。
「ウィルさまから御用だと言われていたのは地竜の討伐と、税を民たちから取ってきてくれ、あと小遣いを渡すから、遊んで来いとのことです」
小遣いといっても、父さまは、民の生活を豊かにするために自分の収入を疎かにしている上に、自分の財布から出している。だから、倹約家の父さまには、金をあまり出さない。民に対しては太っ腹だし、家臣や母さまにも金を大目に出すが、次の当主となる人間には、金を特定の額だけでやりくりできるように渡す。そんな父さまが金貨5枚も渡すなんて、何の冗談だ?
いや、父さまは、最近、ダメになってきているらしい。当然、父さまが今病の床に臥せっていることも知っている。だから、ワタシは父さまに認めて欲しいのだ。安心して、仕事を休んでほしい!
「……そういえば、父さまが成し遂げた偉業の中に、税収の基本制度の改革があったのでしたっけ?」
「ああ、いや、お嬢のその知りたげな金色の瞳、我が主人に似ているものでしたから……本当はですね、お嬢の子守など嫌でした。四忠の連中に任せているのが不安なわけではありません。しかしながら、右腕としては、我が主人の病を治すこともできない無力さが嫌いにもなりますよ。まあ、輝夜を側にお付きにさせていることを考えたら……嫌にもなるし、不安にもなりますよ」
そう言って、クマは軽やかに笑う。不安を弾き飛ばすように笑う。そして、厳かに告げる。
「お嬢、我が主人からの伝言です。それはさておき、今日はオレの影の仕事でも、この日記に記しておこうかと思うが……この日記には実は意味がない。おそらく、産まれてきた娘に言うだろうが、大公爵とは、民の願いがあってこそ、民の尊敬があってこそなのだ。名君であることが当たり前となってしまった大公爵の当主になることは重圧がかかる。さらに、自分で言うのもなんだが、オレはあまりにも偉業を成し遂げすぎた。その後に続く我が娘が愚かであると決め付けられたくはなかった。また、我が娘に最後に寄り添えないのではないだろうか。彼女には自由であってほしい。自分の真似をしないでほしい。豊かな才能も、全てを知る力と引き換えに手放してきた。色々なものを手放して、大切な人を守れなくて手にした名声……そんなものを得なかった方が良かったと後悔するくらいならば、オレの娘としてではなく、ウィルファ=リューク・ラスとして生きてほしいのだ。あと、オレの因果をお前に受け継がせるわけにはいかないからな。お嬢、大公爵としての身分を、私欲のために利用してもいいんだ。オレはそうさせるために、背負わなくてもいいものまで背負うから。オレにとって、お前の父親として語り継がれてもらえるほどにはちゃんと仕事もしてほしい。だが、“理解者”を後見人とする約を執り行った。お前は、好きなように道を選べ。オレみたいにはならんでくれ」
これは父さまらしい長く語りすぎで、誰よりもわがままな父さまらしい語り口ではないか。
さっさと税収を確保しに行こう。
税は民の収穫高の三割と決めている。収穫高の二割は飢饉の備えとして常に蔵に入れてもらうようにしておく。
民たちが、父さまのことに対して不安がっている。どうするべきか、教えて欲しい。でも、父さまならば……大仰に身振り手振りをして、父さまはワタシの公爵としての力を与えるために神殿で儀式を執り行っている。だから、安心して欲しいと伝える。母さまから伝えられた口実だ。父さまはあまり民たちの前で弱音を見せたことがない。
いや、父さま、民たちの前で泣き言を吐いたこともあったって聞いたけど……
「……恵まれた身分にはそれ相応の責任が伴うものだからね、お前と一緒に歩みたいよ。こんな復讐ではなくて、エルロスとウィッカー、クッデンの仇討ちの争いではなくて……生きていたいものだよ。リリアシア・オシュン」
「……ええ。でも、あなたは責任に囚われてはいないでしょうか?大公爵と言えども、魔神の心友と言ったところで、ただの人の子なのに……」
そう言ったことを顧みると、ああ、あの子の後悔の理由も気づく。死ぬ間際まで、病床で眠り込んでいるように影武者に頼み込んでいるが……さあ、ここからは責任の問題ではない。友たちと、彼女に巫女を任せて、最高の親友は娘がやってくるまで待つようだ。そもそものきっかけがどこにあろうと構わないよ。クマに任せたんだ。オレの死を偽らせて見せるために、調伏した獣たちにも任せたんだ。
……だから、来いよ。お嬢、お前との約束、1日たりとも忘れたわけではないぜ。