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『不幸5.ストーカー少女来襲』

『不幸5.ストーカー少女来襲』


「ただいまー」


そうは言っても、一人暮らし。


拓人が自宅に帰って来ても、返事をする相手は誰もいないはずであった。


「おかえりなさいませっ、アタシの王子様!」


ので、玄関先にリラがメイド服を着て待ち構えているのを知った時、拓人は本気で叫びそうになっていた。


「な……なんで……」


――もうドン引きである。


オートロック式の玄関扉を有する部屋にどのような手段で入って来たのかは知らないが、ともかくリラは昨日のゴスロリ服と打って変わり、今回は若干白色多めの服を身に纏い、ちゃんと床に正座したのち、拓人へ向けてお辞儀をしたのだった。


「なんでって、決まってるでしょ? アタシたちはデスティニーの関係なのよ! 運命の赤い糸で結ばれているんだからアナタの部屋で帰りを待っていることはアタシにとって当然の義務でしょ!?」


「ごめん、徹頭徹尾、わけがわからない」


リラの発言する意図がまったく読めなかった拓人は、不法侵入者の登場に、今後の対応を考えた。


「とりあえず、警察行こうか」


「はいぃっ!?」


リラがどのような手段を用いて拓人の自宅を特定したのかを明かしてしまえば、それは単純に昨日の帰り道、拓人の後をこっそり付いて行ったからなのだが、彼は終始ストーカー少女の存在に気づきはしなかった。


彼の自宅を特定したリラは早速今日の朝拓人が学校へ行く姿を確認しては、オートロックで閉められた玄関口から裏口に回り、窓に専用の工具で穴を開けては鍵を開け、この家に侵入したという次第わけなのであった。


「知らない女の子がオレの家にいるんだから、通報するのは当たり前だろう?」


「ちょっ、えっ、知らないって何よ! 昨日アタシを助けてくれたじゃない!」


しかしそんなリラの事情を知る由もない拓人は当面した非常事態に即座に対応し、警察を呼ぶことにした。


防水仕様のそれを手にすると、「1」の数字ボタンを二回、連打する。


「おねがい、警察はやめて! アタシ、アナタの帰りを待っている間に夕ご飯を作ったの! だからアナタに危害を加えるつもりはまったくないの!」


拓人は眉をひそめつつも「うーん……」と唸り、ひとまずケータイを手にしたまま彼女の話を聞いてみることにした。


「ね? ねっ、この衣装もアナタのために買ったのよ! お急ぎ便で! どうっ、似合うでしょ!?」


拓人はリラが着ているメイド服を見た。


白と黒で彩色された服と同じ色のカチューシャが、リラの黒髪と程良くマッチしている。


「ま……まあ」


拓人はストーカー少女の存在にテンションを著しく下げながらそう言った。


苦笑しつつリラの必死の抵抗を見つつも、拓人は警察へ連絡するための最後の電話番号をプッシュした。


プルルルルルル……。


「……って! なに本当に通報してんのよっ!」


「いや、するだろ普通に」


プルルルルルル……発信音が鳴るケータイを拓人の手から強引に引ったくり、床に投げ捨てるリラ。


「お、おいッ、何してんだよ!」


拓人は自身の所有物を粗末に扱われて腹が立った。


床に叩き付けられてもなお発信音を鳴らし続けるケータイを放置したまま、ストーカー少女は言葉を発する。


「とりあえず学校疲れたでしょ? 家に上がってご飯でも食べてってよ!」


「いや、ここ元々オレの家なんだが」


プルルルルルル……。


『はい、こちら警察署ですが……』


「それよりお前、どうやってオレの家に侵入はいったんだ?」


「こう、窓ガラスに穴を開けてちょちょいと!」


「泥棒か!? ……いや、あながち間違ってはいないけれども」


『もしもーし……もしもーし……』


「で、何を作ったんだ? 確かに今、学校帰りで腹ペコだが」


「カレーよ! えへんっ、自信作なんだから!」


電話が警察署に繋がったまま、リラはあらかじめ用意しておいたカレーを拓人の部屋のリビング、そのローテーブルの上に置いた。


「一口で良いから食べてみて! きっとアタシの家庭力に驚くはずよ!」


拓人はお腹が空いていたこともあってか無性にリラお手製カレーの味を確かめたくなり、手渡されたスプーンを受け取った。


「色は……まあ普通だな」


「早くはやくー!」


『出ないなら切りますよー? いいですねー?』


スプーンを持ちルーと白米をブレンドさせ、口の中へ。


「ごほっ、ごほっ、げェほッ! おま……お前、何入れた? このカレーからせ……洗剤の味がするんだけど!?」


『大丈夫ですか!? いま悲鳴が聞こえたと思うんですが……!』


「うそぉー!? アタシがそんなミスするわけ……」


拓人は急いで台所へ駆け出し、ゴミ箱に捨てられた洗剤の容器を発見した。


「やっぱり! オレを殺す気か、お前は!」


洗剤入りカレーのおそろしさを知った拓人は台所の蛇口から勢い良く水を出し、コップも用いずに口と咽喉のどを洗った。


『大丈夫ですか!? 脅されているんですか!? もしもし、住所を教えてください! 殺人事件であればすぐに現場に急行いたします!』


「ごめん、間違えちゃった!」


「間違えたで済む問題かよ! ……ていうかどうやったらカレーに洗剤を入れるミスをするんだ!」


「いや……なんか容器にオレンジとかレモンとか描かれてたし、良い香りが付くかなぁーと」


拓人はリラの発言と生活力――および家事力の無さに愕然とし、頭を垂れた。


「なんて最悪な日だ! ストーカー女が家の中には居るし、そのストーカー女に洗剤入りカレーは食べさせられるし!」


「あっ、そうだ拓人、実はお掃除もしといたんだよーん」


「嫌な予感しかしねえ」


拓人は確かに六畳のリビングが片付いていることに気づき、そこにあるベッドやソファー、テレビやエアコンに至るまですべてが埃一つ無く綺麗にされていることを知った。


「へーえ、さすがにリラといえど、掃除は出来るもんなんだなあ」


「そうよ! ふふっ、アタシのすばらしさにひれ伏すがいいわ!」


「……って、ああ、あれ? ここに仕舞っておいたDVDは!? ベッドの下の漫画は!?」


「ああ、アレ」


リラはいきなりすっ……と目を細めると、横目で台所にあるゴミ捨て場のほうへ視線を移した。


「あの女の敵はすべて処分しておいたわ。これからいつもアタシがいるんだから、もうああいう物は拓人には必要ないでしょ?」


「ノーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


ああいう物――それは拓人が大事にだいじにコレクションしてきたエロ関連のグッズであった。


ゆずの他には女の子との接点が無い拓人にとっては唯一の癒しであったそれらは全て一つのゴミ袋に纏められ、リラの手によって葬り去られようとしていたのだ。


『また悲鳴が聞こえましたが何かありましたか!? 救急車が必要ならすぐに出動させますが……もしもし、もしもし、応答願います!』


拓人は厳重に縛られたゴミ袋の結び目を解き放ち、中に押し込まれるようにして入れられた数々のDVDと漫画を見た。


DVDはすべて女の怨念が込められたかのようにへし曲げられ、ぐにゃぐにゃとなったそれらは一つ残らず使い物にならなくされていた。


エロ漫画にしても同様で、「これでもか!」というくらいぐしょぐしょに水に浸され、たとえ乾かしても原型は取り留めない程ぐしゃぐしゃになっていた。


「リラ、オレはお前を許さねえ……! オレの大事なコレクションを……!」


「あと、パソコンの中にあった、えっちなデータも全部消去しておいたよ!」


「くそがぁああああああああああああああああああああああああああああああああァ!」


『どうしましたか!? 返事をしてください! もしもし、もしもーし!』


ツー、ツー、ツー。


そこでようやっとリラが拓人のケータイを拾い上げ、まだ通話状態になっていたことに驚いては、電源ボタンを押して通話を強制終了させた。


「これでわかったでしょ? アタシの本気が」


「……ああ。よくわかったよ」


拓人はそこで胸から提げられたネックレス型砂時計を手にし、その不幸砂残量を見た。


「まだちょっと残ってるな……」


そうして自身に降り掛かる不幸を予知しては、リラからの次の攻撃に備えた。


(いいさ……。エロ本やDVDはまた買えばいい。データもまた一から集め直せばいい。ともかく今はこのストーカー女だ! 昨日出会ってしまったがばかりに、まさか家にまで侵入されるとは思ってもみなかったが、どうにかして彼女を家から追い出さないと……!)


拓人はリラが手にした自身のケータイを確認した。


この家に家庭用電話は無い。それは拓人がケータイの利用だけで事足りると思っていたためだ。


しかしこうなってみると家電が急激に欲しくなる。


ストーカー少女の通報のためにはまず電話の存在が必須だ。


リラが拓人の視線に気づくと、彼女は再び彼が警察へと通報するのを防ぐため、その電子機器を自分のスカートのポケットへと仕舞い込んだ。


「渡さないわよ! アタシは今日から拓人と一緒に暮らすんだから!」


「はあっ……!?」


またもや突拍子のない発言に困惑すると、拓人は今しがた受けた精神的苦痛をもってリラへと反撃した。


「お前とは出会って間も無いだろう? 今日にしたって出会って二日目だ。そもそもリラはそんな相手と一緒に住んで嬉しいのか?」


「嬉しいわよ。だってアタシの王子様だもん! 運命の人だもん!」


――即答だった。


リラのあまりの勢いとテンションに翻弄され、拓人は言葉が詰まってしまう。


「リラ、いいから自分の家に帰るんだ! きっと親御さんも心配しているはずだろう?」


彼女は拓人のそんな言葉を受けて、ずきりと心が痛んだ。


「心配なんかしないもん!」


「えっ?」


拓人は子どもを心配しない親がいるはずないと思っていたため、リラの発言に驚く。


「……心配なんかしないもん」


そう言うや否やリラは拓人のベッドに飛び込み、メイド服姿のままハリネズミになってしまった。


「リラ、何してんだよ。そこはオレの布団だろう。とにかく今日は帰れって。な?」


「ふんっ!」


リラはベッドの布団に包まると籠城し、身を隠しては閉じ隠ってしまった。


「おいおい……。また面倒くさいことになった……」


拓人がそれからわがままなリラをベッドから引き剥がすのに三時間ほど掛かり、そのあと彼女はしぶしぶといった様子で彼のマンション、その一階の部屋を出た。


「また来るからね!」


「……寒くないのか?」


メイド服から彼女が持参していた私服に着替え終わったのち、リラは部屋を出た。


リラの私服はあまり見掛けない黒いワンピースと、同じく黒と赤のチェック柄スカートでコーディネートされており、こうして見ると普通の女の子に見えてしまうのだから微笑ましい。


ここにきてようやく拓人は、昨日の無料お試し版不幸の反動としてやって来た幸福の正体が、紫雲リラとの出会いなのではないかと思い当たった。


「リラ、今度は頼むから普通に入って来てくれ」


拓人は壊された自室の窓ガラスを思い返し、夜が待つ夕暮れ時の空を見遣っているリラに言った。


リラは拓人の言葉に肯定も否定もせず、自由気まま、マイペースな調子で笑顔を見せた。


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