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『不幸3.紫雲リラ』2

「……入って」


「――は?」


「いいから入って!」


「う……うん」


橋から十五分ほど歩いただろうか。


彼女に連れられて拓人が向かった先は、一軒の家だった。


(オレにこの家に上がれって言うのか?)


正味拓人が女の子の家にお邪魔するという経験はゆず宅を除いては初めてのことであったが、異様な状況も手伝って、その事実にときめく心など生まれ得なかった。


「……お邪魔します」


とは言ってもその家の中に入るとほのかに生活臭が漂ってきたので、拓人はどうしても少女の意向を意識せざるを得なかった。


(このは何を思って見ず知らずのオレをここに連れて来たんだ?)


拓人の疑問はもっともであったが、びしょ濡れのゴスロリ少女にそれを問うには少々勇気が必要であった。


「……タオル」


先ほど動画を撮っていた時の快活さはどこへやら。


彼女はまるで人が変わったようにテンションが低くなり、家の洗面所からバスタオルを二枚持って来ては、その一つを彼に渡した。


二人して玄関先で髪と身体を拭いていると、奥のほうから男女の言い争う声が聞こえてきた。


彼女のご両親だろうか。相当な剣幕で怒鳴り声を発する二人は平日だというのに家から出ず、口喧嘩に没頭していた。


「……上行こ」


「……お、おう」


……何と言って良いのか、拓人はどのように立ち振る舞えば良いのかもわからずに彼女の後を付いて行った。


「……入って」


やがて彼女に導かれて一つの部屋へ招かれると、そこにはパソコンやカメラが置かれ、アイドルのポスターなどが貼られた女の子の生活空間が待っていた。


タオルであらかた身体を拭いたものの未だに服や靴下はぐしょ濡れで、彼女の部屋のカーペットの上へと足を踏み入れて良いものか非常に躊躇った。


「……いいから入って」


そんな拓人の事情を察したのか、少女は彼に入室を促した。


拓人は彼女に導かれるがままカーペットの上を歩き、次にベッドの上に腰を下ろすよう言われ、その通りにした。


そして、本題を告げる少女。


「アタシの名前は紫雲リラ。アナタは?」


「オレ?」


「そうよ。アタシの動画撮影を邪魔しておいて、いったい何なのよ?」


「何ってそりゃあ、君があんな危ないことをしていたからだろう!?」


先ほども告げた彼女を助けた理由を話すと、なぜだかリラは「ふふっ……」と小さく笑い、やがて、


「ふふふふふふふっ!」


と気味悪く発言しては、しきりに自身のお腹を押さえるのだった。


(…………?)


リラの行動に対して一から十までまったく理解することができていない拓人は、彼女が自身の部屋、その床の上で笑い転げる仕草に対して疑問を投げ掛けた。


「なに笑ってんだよ! ……おいっ!」


「だ……だってアナタ……ひひ……」


リラは涙目になった目元を横にした人差し指で擦ると、拓人に向けて華やかかつさっぱりとした笑顔を向けた。


「だって……だってあんなに……!」


拓人は先ほど学校で受けた恥辱を思い出し、目の前の彼女と照らし合わせた。


ズボンは今や雨によって綺麗になっていたが、リラにおもらしをした事実がバレたのかもしれない。


そう思って不安になったものの、少女の次の言葉を聞いてほっとした。


「あんなに馬鹿なことをする人って、初めて見たんだもん……っ!」


「あはははははっ!」と馬鹿笑いを続けるリラに唖然とした拓人は、自分の秘密が漏れていないことに安心しつつ、彼女の突拍子もない発言と態度に抗議した。


「ば……馬鹿なことって! 実際に馬鹿なことをしていたのは君のほうだろう!?」


そんな彼の台詞を聞いているのかいないのか、リラは床でごろごろと転げ回っていた状態から急に起き上がり、猫のごとく拓人の座るベッドへと這って行っては、自身の問いを再びぶつけた。


「アナタ、名前は?」


リラにとってはもっとも大切な質問であったがしかし、その想いに拓人が気づくはずもなく、彼はぶっきらぼうな調子で、なんとか口から言葉を発した。


「三潮……拓人だ」


「歳は? アタシは高二の十七歳」


「オレは一つ下だ。高一」


「ふうん。じゃあどうしてあんな馬鹿なこと《・・・・・》をしたアタシを助けたの? ……助けようと思ったの?」


リラはもう一度あの言葉が聞きたかった。


自分を必要としてくれているという実感の込もった、あの言葉が。


「そりゃあ、あんな馬鹿なこと《・・・・・》をしていた女の子がいたら、助けようと思うだろ、普通は」


リラは今まで、心のどこかで拓人のような人を待っていたのかもしれない。


だから動画なんていう多くの人の目に触れるものを始めたのかもしれないし、実際誰かに必要とされたいと思っていた。


「そうなんだ。ふーん」


リラはその言葉を聞くと、さも興味がなさそうに振る舞い、拓人から顔を逸らした。


「動画、邪魔しちゃったのは謝るよ。でも、本当にオレがいなかったら君は……」


その言葉を言い終わらないうちに、リラが言った。


「ねえっ、これって運命だと思わない!?」


「……はあ!?」


――やはり、突拍子もない。


拓人はそう思うと同時、リラの持つ独特なリズムに慣れてきていた。


彼女はどこか自分と同じでコミュニケーション障害を抱えているのだ。


であるから、人の話を聞かないし、自分の要求を相手の都合も考えずに押し付ける。


口下手で人見知りな拓人とは打って変わった性質だがしかし、彼にも共感できる部分は多かった。


「ちょっと待って、紫雲さん」


「リラで良いよ、運命の人さん」


「運命の人?」


「そう、運命! デスティニー! デスティニー・マイハート!」


「ツッコミが追いつかねえと言うより、ツッコミどころ、いや……ツッコむ気力さえ起きん」


「不登校なアタシが川に飛び込む動画を撮影していたところ突如現れた王子様!」


「王子様って……聞いてるこっちが恥ずかしいんだが」


「王子様は言ったわ! オレはお前が必要だ。君無しでは生きてはいけない!」


「オレそんなこと言ったっけな……」


「どしゃ降りの雨の中、果たされた出会い! これこそデスティニー! デスティニー・マイハート!」


「テンション……テンションの上がり下がりが激しくて付いていけねえよ、もう……」


リラは完全に自分の世界に浸っていたが、拓人はそんな彼女の調子に合わせることができなかった。


何を隠そうリラは一年生の冬休みから二年生の春――現在まで一度も学校に顔を出していない不登校児なのだ。


人との会話もチャット上でしかおこなわない。


喧嘩ばかりの両親とは不仲となり、リラは言ってしまえばネットの世界に現実逃避して日々を過ごしていたのだった。


今日のように川に飛び込もうとするほど過激なことこそなかったが、今まで色々な動画を投稿して、インターネット上での会話を愉しんでいた。


名付けるならば、アクティブぼっち。


行動力豊かな引きこもりである。


「ゆえに! 拓人、アナタはアタシのデスティニーの人なの! アタシの運命の人なの!」


「いやわからないよ言ってる意味が。デスティニー言い過ぎて運命がゲシュタルト崩壊してるよ」


あるいはただ、縋りたかっただけなのかもしれない。


リラは曲がりなりにも、拓人という自分のピンチを救ってくれた恩人を得て、彼に頼りたかっただけなのかもしれない。


両親と心を近づけずにおこなってきた動画投稿生活。


ひとりぼっちな日々はリラに寂しさを与え、いつしか心の居場所を失っていた。


画面の前でおこなわれる会話はどこかチープで、顔の知らない相手とのやり取りは簡単に途切れてしまう。


そして自分の人生なんてもうどうでも良くなって、半ば投げやりな動画を撮影していたところ、現れた王子様。


王子様なんて、まさしくチープだ。


そんなもの、お伽噺の中にしか存在しない。


リラはそのことを痛いほど知っていたし、事実初対面の拓人にしてみたって、本当に「王子様」だなんて思ってはいない。


ただ頼りたかった。


……縋りたかった。


喧嘩ばかりで自分を相手にしてくれない両親への期待はとうに枯れ、家の外の世界――はたまた自分の知らないどこか未知の世界に幸せがあると信じていた。


――だから拓人のことが格好良く見えた。


見えてしまった。


雨でずぶ濡れとなり、どうしようもない拓人のことが格好良く見えてしまった。


自分と同じくびしょ濡れな彼に共感してしまった。


――不幸な彼に。


「いいんだよ、わからなくて。アタシとアナタが今日この日出逢った。その事実だけで、いいんだよ。だからアナタはアタシの王子様。運命の人」


不幸が人を魅き付けるのなら、まさにこの時この状況シチュエーションのことを指すのだろう。


拓人とリラは、出会った。


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