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『不幸1.不幸新発売!』3

比較的奥手な拓人の本心を耳にした美柚は、再度彼にカセットテープを見せてきた。


「私はね、人々から不幸の記憶を買い取ると同時に、その不幸の映像をレンタルしてもらったり、売ってもいるの。どうしてだかわかる?」


拓人は首を傾げた。


幸福は欲しいもので、不幸は要らないものであるはずだ。なればどうして、他人の不幸を欲するのだろうか。


「人の不幸を見て、おもしろがりたいからですか?」


「まあ、そういうお客もいるわね」


正解、とは言えない様子の美柚に、拓人はなおも思考を巡らせる。


人が他人の不幸な映像を欲しがる理由……とは?


「人の不幸を観て、自分はそうならないようにするため……でしょうか?」


拓人は考えた末、そう言葉を作った。


美柚は「そのとおり!」と彼を肯定する台詞を発すると、不幸取扱店の意義を告げた。


「ここ、不幸取扱店は不幸な記憶を買い取るレンタルショップでもあります! 買い取った不幸映像は新作、準新作、旧作に振り分けられ、一回のご利用につき最長一週間のレンタルが可能となっています! 不幸映像を記録したカセットテープをレンタルしたお客様は他人の不幸を観て感情移入し、疑似的な人生経験……つまりは学びとしてよりご自身の人生を豊かにするための知恵を手に入れるのです! 不幸映像の種類はさまざま、闘病記や怪我の克服、人間関係、いじめからどのようにして立ち直ったかなど多種多様! お客様に合った不幸を疑似体験および共感していただくことで、今後の人生がさらに味わい深いものになることでしょう! 今ならセール期間中につき不幸レンタル旧作一本100円でのご提供となります! いかがですか、お客様?」


拓人は美柚からそう捲し立てられて、先ほどの電車内広告を思い出した。


その通販番組さながらの口調と勢いに、拓人はやはりどうしても引いてしまい、丁重にお断りさせていただいた。


「すみませんが、興味ありません。他人の不幸を観たいと思ったことなど、今まで生きてきて一度もないですし」


美柚は自分との温度差を拓人から感じ取っていたが、引くわけにはいかない。


なぜなら彼は美柚にとって三か月ぶりのお客様、格好の獲物をただで帰すわけにはいかない。


「そーうですよね! わかりますとも! そうおっしゃるお客様のお気持ちはよーくわかります!」


――ので、美柚は媚びた。


お客の思考に対して共感して見せることで自分が拓人にとっての味方であるとアピールする作戦に出たのだ。


「では、こちらなんていかがでしょう?」


美柚はこの店自慢の砂時計を見せては、拓人の反応を覗った。


「これは?」


まだ席を立ち上がらず、自分の話に興味を持ってくれていると知った美柚は内心にやりと笑い、営業スマイルを浮かべながら商品の説明をおこなう。


「こちらはお客様を幸運にするネックレス型砂時計でして――」


「帰ります」


「ええーっ!? まだ何も言ってないじゃん!」


美柚の敬語が崩れると、拓人は実際に席を立ち、遅刻してでも学校へ向かうために出口へ急ぐ。


魔女の格好をした彼女は「逃がしてなるものか!」と闘志を燃やし、自慢のスタイルの良さをお客に押し付けた。


「お客様、どうか! どうか話だけでもさせてください!」


拓人は女性が腕に抱き着いてきたことで急にドギマギとしてしまい、美柚のふくよかな巨乳がぷにぷにと少年の身体に当たっていることを感じ、彼女に無下な振る舞いはできないと再び席に着いた。


「お客様、こちらはお客様に幸せを授ける代物なのです」


「どうせ思い込みかインチキでしょう? そんな言葉に、オレは騙されませんよ」


女性の胸に弾力にあっさり騙されてしまった拓人ではあったものの、今朝の通販番組に対する感想同様、「身に付けるだけで幸せになれるアイテム」がもしも実在するのなら、今ごろ誰もが買っているはずだと彼女の発言に内心抵抗していた。


「いいから値段を言ってください。オレはこれから学校に向かわなくちゃならないんですから」


どうせ……どうせ……そんな言葉ばかりが思い浮かんでくる。


拓人はどうせこの話もデタラメだと思い込み、信憑性に欠けた事実に煩わしさを覚えた。


そこに、美柚の一声が突き刺さる。


「お代は頂きません」


「へ?」


思ってもみなかった金額に、拓人は呆気に取られていた。


万単位の膨大な金額を提示されるとばかり考えていたから美柚の発言に少しばかり興味を抱いたし、無料となればどんなカラクリがあるのかと訝しむ気持ちも生まれてくる。


「こちら、不幸を溜め込む砂時計を無料でお客様に差し上げます」


そう言って、美柚は首から提げられるよう紐の付いた砂時計型アクセサリーを拓人に手渡した。


「ええと、不幸を溜め込むって、どういう……。もしかして、オレが不幸になるってことですか?」


この女性店員は人を不幸にするグッズをプレゼントして、その不幸の記憶を先ほどの話のごとく買い取ろうとしているのではないか。


拓人はそう思考を巡らせてみたものの、確かなことはわからない。


そしてまたそれ以上に、美柚の次の言葉に驚いた。


「お客様には砂時計とともに不幸を一つ、無料でプレゼントいたします! この不幸はお試しサービスといたしまして、一切お代のほうは頂きません」


「ええっと……」


拓人の頭はこんがらがっていた。


不幸、不幸とまるで彼にとって利益があるかのような物言いをする美柚だが、たとえタダであっても自分が不幸になるような商品を手渡されたところで、嬉しいわけもない。


そもそも、この砂時計が本当に人を不幸にするちからがあるとも思えない拓人なのであった。


「不幸不幸って、不幸に関係する商品をいくらもらったところで嬉しくなんてないですよ! オレは幸せになりたいんです! オレを幸せにしてくれる商品をください!」


拓人の幸せになりたいという願いは、ある明確な目的および理想のために掲げられたものであったが、このとき彼が誰に好意を寄せているのかについては、して語られることはなかった。


「わかっておりますとも。こちらの砂時計に不幸を入れていただくことで、お客様は不幸な出来事に見舞われます。ですがここが重要です! その不幸の反動として、お客様はその不幸に見合った幸せを手に入れることができるのです!」


「不幸に見合った幸せ?」


「そうでございます。一聞して危険な物のように思われるかもしれませんが、幸福になるためにはリスクが付きものです。何の努力も無しに見返りが得られるなどファンタジー世界の出来事に過ぎません。この現実では、不幸の先行投資……要するに幸せになるため、不幸の先取りが大事なのです」


「不幸の先取り?」


「そうでございます。この砂時計は、不幸を先取りするシステム。つまりは先に不幸を経験しておくことで、いつでもご自身が望むタイミングで幸運を呼び込むことができるのであります!」


「いつでも幸運に……」


拓人は騙されていた。


それはもう、完全に。


けれども自分が幸せになれる可能性が不幸を溜め込む砂時計にあると聞いて、すっかりその気になっていた。


裏では当然のごとく美柚の策略が企てられているのだが、高校一年生の拓人はそのことに薄々気づきつつも、自身の幸せを願っていた。


「この砂時計の上部に不幸のカートリッジである紫色の砂を注ぎ込むと一定時間、お客様に不幸が舞い込みます。けれども、そうした困難や障害を乗り越えたのち……上部の砂がすべて下に落ち切ったのち砂時計を引っ繰り返すことで、あなた様に幸福な時間が訪れるというわけです」


「なるほど」


「いかがですか? まずは不幸の効力がどのようなものなのか実際にお試しになられた後、継続してご利用していただくか決めるというのは? 本来でしたら不幸の砂入りカートリッジはその効き目に応じて代金を頂いているのですが、今回は特別、お試し用の不幸を無料で差し上げます。どうぞお持ち帰りください」


美柚の言葉、その異様な説得力というのか、ともかく好奇心をくすぐる名状し難い興味に引かれ、ついつい不幸グッズを受け取ってしまった拓人。


「ありがとうございましたー! またのお越しをお待ちしております!」


そうしてお店を後にする頃には少し大きな不安と好奇心、そして幾許かのワクワクドキドキとした感情が、拓人の内に生まれつつあった。


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