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『不幸1.不幸新発売!』2

「ようこそいらっしゃいました! 不幸取扱店へ!」


(来ちゃった……)


どのような心の葛藤が拓人の中に生まれたのか、気づけば彼は地図に描かれた店内へと足を踏み入れていた。


都会の入り組んだ狭い路地からビルの階段を上り、三階部分に位置する店は思いのほか清潔感にあふれ、少々怪しい物品こそあれど、それも含めて拓人の好奇心をくすぐっていた。


「本日はどのような目的でご来店なされたのですか?」


まるで、テンプレートな魔女。


この店に店員は一人しか見当たらず、女性である彼女はありきたりな三角帽子とフードを被り、全身を黒一色で覆っていた。


拓人は生まれてこのかた初めて学校をサボるという経験をしてまで気になっていた疑問を口にする。


「あの……不幸取扱店って、幸せの間違いですよね?」


女性店員はなぜだかその質問を受けてぱあっと明るい表情を見せ、「いえいえ、私は不幸を専門に取り扱っております」と告げては、拓人にさらなる懐疑心を抱かせた。


「では、自分が嫌いな人を不幸にするってことですか?」


「違いますわ」


二十代前半と思わしき魔女姿の店員は黒カーテンで閉め切られた店内、その奥のほうへと駆けて行っては、なにやらがさごそと探し始めた。


拓人は脚を曲げしゃがんだことではっきりと形がわかるようになった女性店員のお尻をまじまじと眺めては、黒い衣服の特長を知覚した。


「これを見てくださいませ!」


「カセットテープ?」


今や過去の遺物と言ってもよかろう。


現代ではめっきり見なくなったそれは、どこからどう確認してみてもカセットテープに違いなかった。


拓人もたまたまその知識を持っていたというだけで、実際に目にするのは初めてのことだった。


「それが……何だと言うんですか?」


魔女のコスプレに身を包んだ女性店員の大きく膨らんだ胸元に『あかり美柚みゆ』というネームプレートが付けられている。


拓人は外国人のように「あかり」が名前なのか、それともそのまま苗字なのかと頭を悩ませた。


美柚は久しぶりのお客に内心ドキドキワクワクしつつ、一本のカセットテープを専用の映写機に差し込んだ。


どうやら見た目こそ過去の逸品そのままだが、こちらは音声のみならず映像を記録する機能を有しているようで、美柚はあたかもDVDやブルーレイディスク、はたまた映画フィルム同様にカセットをセットしては、店内の小型スクリーンに映像を映し出した。


ガラララララララ……。


カセットテープが読み取られている音なのか、最初こそ小うるさかったものの、次第にカタカタ……と静かになっていく機械音。


拓人は店内に映し出された映像が誰かの視点越しに記録されていることに気づいた。


つまり、人を外から撮影しているのではなく、誰かの視点そのものから物や風景が見えているといった具合なのだ。


視点人物の顔は見ることができず、また当人の手や足こそ垣間見えても、どのような表情をしているのかまではわからない。


やがて、視点人物の野太い声が聞こえてきて、男性の行動を記録した映像だと知ることができた。


『俺と、付き合ってください!』


いったい何の映像かと思えば、それは男性の告白シーンを視覚化したものであった。拓人は若干薄暗い室内にて、出会ったばかりの女性店員とそれを眺める。


『ごめんなさい!』


男性視点で撮影されているためか、妙に彼へと感情移入してしまって寂しい。


どうやら告白した彼は好きな女の子に振られてしまったようだ。


……と、そこで映像が途絶えた。


「この不幸は、これで終わりよ」


「は、はあ……」


正直なところ、意味がわからない。


約三分ほどカセットテープの映像を観させてもらったが、特にこれといった感想は出てこない。


結局視点人物の男性が誰だったのかはわからないし、映像すべてを観終わっても、ただの苦い青春の一ページだったなとしか思えない。


「ええっとー、あとオススメの不幸はー」


と考えていると、かなりスタイルの良い女性店員はまたしても新しいカセットテープを探しに店の奥のほうへと行ってしまった。


拓人はいよいよわけがわからなくなって、大きな声で彼女に疑問を投げ掛ける。


「いったいこの映像は何だったんですか?」


ひょこっ、と物陰から再び姿を見せた美柚は、拓人に向けてにっこりと笑顔を振りまく。


「不幸よ」


「不幸? どういうことです?」


美柚が言うには、このカセットテープは当事者本人の不幸の記憶そのものだと言う。


「このカセットテープはお客様の忘れたい嫌な記憶、悲しい記憶、むかつく記憶などをお売りいただいて出来た代物なの。そのためこのテープに記録された映像の視点人物たちはみんな、過去のお客様たちというわけ」


「…………?」


「今見せた男の子の記憶は千円で買い取らせてもらったわ。時間も短いし普遍的、葛藤も精神浄化作用カタルシスも薄い。そのため安くなってしまったけれど、想い人にフラれた記憶を忘れられるとあって、お客様は快諾して記憶をお売りくださったわ」


「記憶を……売る?」


「そう。ここは不幸レンタルショップでもあるのよ」


今しがた耳にした台詞に、拓人の頭はくらくらとした。


不幸レンタルショップ? 


……なんだそれ。


要は映画を観るDVDや音楽を聴くCDをレンタルできるお店のように、人々の不幸を映像化して貸し出すお店がここだと、彼女は言っているのか?


「映像は、どうやって売られているんですか?」


「まあ!」


美柚はここでもぱあっと明るい表情を見せたかと思うと、拓人をデスク脇にある椅子へと腰掛けさせた。


「私ったら三か月振りのお客様につい興奮して、お茶を出すことも忘れていましたわ。紅茶? コーヒー? それともオレンジジュース?」


「え、あ、じゃ……じゃあ紅茶で」


本当はオレンジジュースが飲みたい拓人であったが、美柚に子どもっぽいと思われたくないので遠慮した。


少しして美柚が暗い室内の中で豆電球が灯ったデスクの上にティーカップを二つ置くと、逸る気持ちを抑え切れずに拓人に問うた。


「それで? あなたに忘れたい記憶は無いの?」


美柚は言ってしまえば、不幸を集めるコレクターであった。


別の言い方をすれば、不幸蒐集家。


他人の不幸を眺めることで、そこから人生の教訓を得ようというのだ。


「いや、オレにはそんな忘れたい記憶なんて……」


「一つぐらいあるでしょ! ほら、隠れてクラスの女子のリコーダーを舐めてみたり、お姉ちゃんのパンツのにおいを嗅いでみたりさあ!」


「いや、オレはそんな変態じゃないんで……」


初対面であるにも関わらずぐいぐい質問してくる魔女姿の女性に、拓人は若干引いていた。


「んーじゃあ、さっきの映像みたいに好きな子に告白してフラれた経験は?」


「ないです」


「片想いしていたクラスの先生が他の大人の男と結婚して、苦い思いをしたことは?」


「ないですねー」


「勉強とかスポーツで納得のいく結果が出なくて悔しい思いをしたことは!?」


「あー、それならたくさんありますね。特に勉強については、いつもそう思っています」


「はー、やっと不幸な思い出が見つかった。あなた、さては割と幸福な人間?」


「いや、それはわからないですけれど」


拓人は迫り来る魔女からの質問に、辟易しながらそう告げた。


薄暗い店内には水蒸気を発する加湿器と二つの針がぐにゃぐにゃと曲がった掛け時計、一心不乱に籠車を回すハムスターの入っているケースがあった。


「でも、幸せにはなりたいのよね?」


「えっと……」


それこそ、拓人が学校をサボってでもこの店に来た理由であった。


人間誰しも、幸せになりたい。


それは拓人も例外ではなく、たとえ「不幸取扱店」という見るからにいかがわしいお店だとしても、気になって来店してしまう理由は、まさにその一点にあった。


「幸せになりたくて、このお店にやって来たのよね?」


念を押すように、女性店員「あかり美柚」が尋ねる。


「ええ、まあ……」


「はっきりしないわねえ! 幸せになりたいの? なりたくないの? どっちなの?」


「………………」


「ねえったら!」


「な……なりたい……」


「聞こえないわよー?」


「なりたいです!」


「ふふっ、そうこなくっちゃ」

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