『不幸6.あさひなとの初デート』2
「おっせーなー、ゆずのやつ! もう三十分の遅刻だぞ?」
ゆずとあさひなとのやり取りなんて知りもしない拓人は、朝の十時三十分、雨宮駅前にあるアンブレラツリーの前に立っていた。
比較的雨の多い雨宮を象徴するシンボルを目印にして、かれこれ三十分ほど幼馴染みの到来を待っていたが、依然として彼女が来る気配はなかった。
そんな折、拓人の元に一本の電話が掛かってきた。
「おうゆず、おっせーぞ。早く来ねーとオレ帰るからな」
『ごめんごめん、拓人。実は今日私、急な用事で行けなくなってさー』
「はあっ!?」
『そんなわけで私の代わりに友達がそこに向かっているから、今日はその娘と映画館に行ってくれない? たぶん拓人も喜ぶと思うから』
「ちょっ、ええっ!? ……行けない!? 今日の映画に!?」
『うん、そう。だから私の代わりにみどりちゃんがそこに向かってるから、彼女と映画デート楽しんでよ、ねっ?』
「み、みどりさんが!?」
『うん』
拓人は想い人の名前を発したゆずが一方的に電話を切ってしまったことで、ぐるぐると思考を巡らせてはやっぱり理解が追い付かなかった。
そのためゆずの予言どおりに翠緑あさひなの姿を目前にした時にも、上手いリアクションを取ることができなかった。
「み、みみみ……みどりさん!?」
ぺこっ、とお辞儀をするあさひな。その数メートル後方に、ゆずの姿があった。
(……よしっ、とりあえずまずはファーストコンタクトは成功ね)
拓人が帰ってしまっていた可能性も考慮していたが、三十分経ってもなお、彼は幼馴染みを待っていた。
ゆずは今日、あちらこちらと物陰に隠れつつ、事あれば恋愛相談をしてきたあさひなへと助言をしようと考えていた。
そのための方法はまさにあさひなさながら、テレビでADが手にするカンペのように画用紙に文字を書き、意思を伝えるというものだった。
ちなみに三十分も遅れたわけは、あさひなが夜も眠れずに初デートに思いを馳せ、気づけば寝落ちして朝急ぐことになったためである。
(ど……どうしてみどりさんが……?)
『不幸を溜め込む砂時計』の効力だろうか。
しかしまだ拓人は、砂時計の落ち切った砂を引っ繰り返してはいない。
これはいったいどういうことか。
しばしのあいだ二人は硬直し、何も喋らない時間が続いた。
そんな時、拓人の目の前に画用紙を持った知り合いの姿が映る。
(ゆず!?)
拓人にその存在を知られたことで隠れる意味こそなくなってしまったゆずだが、あさひな共々発言力に乏しい二人とあっては、アドバイザーの存在は非常に有用であった。
ゆずは画用紙に『あんたの恋を応援してあげるわ!』と書き込んでは拓人に見せ、自身の意向を伝えた。
(ゆず、お前ってやつは……)
なんて良いやつなんだ……と、拓人は幼馴染みが作ってくれたシチュエーションに感謝していたが、実のところそのゆずの行動はあさひなのためであった。
昨日ファミレスで作戦会議をした女子二人は、今日の拓人とのデートのために色々と計画を練っていたのである。
『ほら拓人、みどりちゃんと映画に行って来なさい!』
画用紙に文字を書いて物陰から応援してくれる幼馴染みに感謝しつつ、拓人はようやっとあさひなへと声を掛け、雨宮駅そばにある映画館へと向かった。
「……みどりさん、今日はよろしく」
あさひながこくんっ、と頷くのを見て、拓人は幸せを感じ始める。
「じゃ……じゃあ映画館……行こっか」
首を縦に動かしたあさひなを確かめて、拓人は映画館へと歩を進ませる。