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閏時 ~Leap at the time~ 第5話

作者: 凪紗


「もとをただせば、私が不用意だったのがいけなかったんでしょうけどね。さっきお店を出て行った女性に、彼女の傘と私のそれとを取り違えられてしまったの」


 本日二食目のティラミスのドリンクセットを食べ終えた雅美は、達矢に促され、そう切り出して、事の顛末を語りだした。


「似ていたのよ。『真紅』っていうのかしらね、彼女の傘の布の赤さが、私の傘のそれより鮮やかな赤だったことを除けば、瓜二つだったの。取り違えられたことに気付いたのは私がお(いとま)しようとした時、彼女がお店を出てから五十分くらい経ってからだったから、たとえ行き先がわかっていたとしても追いつけたかどうかっていう状況で……」

「じゃあ、それを取り戻そうとして?」

「そう。あなたたちから提案されたの。時間を巻き戻した経験はありますか? 閏時を使ってみますか? ってね。言われてすぐには何を言われているのか、全然理解出来なかったわ」


 そこまで言って、くすっと小さく笑う。


「まあ、それはそうですよね」

「常識的な反応だと思います」


 弥那と達矢はともに苦笑しながら、雅美に先を促した。


「こう言ってはなんだけど、傘を取り違えられたのがここで良かったわ。もし他の場所で取り違えられていたら、こうして取り戻すことは出来なかったかも知れないもの。本当にありがとう」

「いえそんな、僕らは大したことはしてませんよ」


 頭を下げる雅美に、応対に困る達矢。それでも雅美は首を振る。


「そんなことないわ。だってあんな、なんの変哲もない赤い傘が取り違えられたところで、普通なら、買い直せば良いだけの話であって。わざわざ時間を巻き戻してまでして取り返そうなんて思考にはならないと思うもの」

「それは、そうかもしれませんけど……」

「目印に、チャームのひとつも付けておけば良かったのにね。でもあの傘の前の持ち主は本当に、地味な女性(ひと)だったから」


 傘立てに差した赤い傘に一度目をやって、雨が降り続く窓の外を眺めながらそう言って、遠い目をする雅美。

 弥那が二杯目のブレンドを、そっと雅美の前に置いた。


「え? 頼んでないわよ?」

「いいですよ、食後の分。サービスです」


 サービスというよりも、お詫びのつもりだった。自分がもっと注意していれば、起こらなかったことかも知れないから。


「そんな、悪いわ」


 困った顔の雅美に、微笑を返す弥那。


「お得意様ですから。それよりあの傘。雅美さんからのプレゼントだったんですよね?」

「ありがとう。そうなの。目立つのが苦手だったから、赤い色自体を嫌がっていたんだけどね。ファッション性よりも交通安全上の必要性を説いたら、渋々納得して受け取ってくれたのよ。それなのにあんなことになってしまって」

「前にも言いましたけど、雅美さんはもちろん睦美(むつみ)さんも、何も悪くありませんよ。ドライバーが百パーセント悪いです」

「その通りです」


 自嘲するように笑う雅美を、元気づけるように私見を述べる二人。

 泣きたくなるのを(こら)えるように笑う雅美。


「ありがとう、二人とも」



 雅美には、二つ上の姉がいた。谷口睦美。姉であると同時に、職場の先輩でもあった。

 しかし雅美が入社して間もなく。誕生日から数日後に、不慮の事故で亡くなってしまった。ただでさえ視界の悪い雨の中を有り得ないくらいのスピードで走っていた車が、赤信号を無視した挙げ句に、赤い傘をさして帰宅途中だった睦美をはねて、さらにはひき逃げまでしたのである。

 だから赤い傘は雅美にとって、当初は睦美への贈り物であったのだが、後に睦美の形見となった。決して買い直しで済むものではない。

 達矢たちは、雅美が初めて店に訪れた時に雅美から語られたその話を親身になって聞いていた。そのため、雅美が傘を取り違えられたのを知っても、買い直すという提案は最初から頭になかった。



「それにしてもそれ、本当に不思議な時計ね」


 自分のせいですっかりしんみりしてしまった場の空気を一新しようとしたのか、雅美が明るく振る舞い、そんなことを言った。


「え? ああ、この懐中時計ですか。そうですよね。ひとり一回きりで一時間だけとは言え、時をこえることができてしまうんですから」

「こんなこと聞いてしまって良いのかわからないけど、いったいどこで手に入れたの?」

「達矢が、時空の狭間でです」


 間髪入れずに弥那が端的に答える。


「時空の狭間?」 

「正確には、時空の狭間によってこの世界とつながった、異世界の骨董屋です」


 鸚鵡(おうむ)のように聞き返す雅美に、達矢が略さずに答えた。


「異世界の骨董屋」

「ええ。こちらの言い値で売ってくれると言うので三千二百四十円で買わせてもらいました。ただ、おそらくですけど骨董屋はカモフラージュで、実際はラボか何かなんだと思っています」

「「えぇっ?!」」


 なおも鸚鵡返しする雅美に、何か確信があるのか、達矢はいくらか自信を持ってそう言った。言い切った。

思わず声を揃えて驚く弥那と雅美。


「ラボって、研究所のことだっけ?」

「ええ、僕はそこの所長か博士かに、その懐中時計の被験者、つまりモニターとして選ばれたんですよ。たぶん」

「「たぶんかいっ!」」


   * * *


「その与太話が案外、的のど真ん中を射抜いていると知ったらどんな顔するでしょうね、彼ら」

「そうだな。多少、興味はある」


   * * *


「真面目な話、どこだと思います? こういう物が、実験段階とはいえ実在している世界って」

「うーん……この世界の延長線上にある未来か、もしくはこの世界とは別の時間軸の並行世界(パラレルワールド)か。それとも……」

「こことは別次元の世界って可能性も、無くはないよね」


 達矢の問いかけを受けて雅美が予想し、弥那が後を継いだ。普通なら『そんな、ドラマや漫画じゃあるまいし』の一言で片付けられてしまう話題ではあるが、ここにいる三名はみんなその『ドラマや漫画みたいな出来事』を実体験したのである。

百聞は一見にしかず。信じるか・信じないかという次元の話ではない。


「それはどうだろう、この世界の通貨が使えたし、店のたたずまいや店内の雰囲気は、昭和中期のそれを思わせるものだったぞ?」

「意図的に、そんな感じに寄せてきたんじゃないの?」

「ああ、その可能性はあるな」


 達矢と弥那のやり取りを聞いて、雅美が別の視点からの推測に切り替えた。


「出どころがどこであれ、もしこれが試作機なんだとしたら、ずっと使えるものでは無いでしょうね」

「そうなんでしょうか。今のところ、四回は使えていますし、これと言った不具合も起きていませんが……」

「いいところで、あと一回か二回って感じはするわね。なんとなく」


 五回や六回なら、区切りとしてちょうど良いだろう。ひょっとすると、中途半端に四回で終わり、もう使えなくなってしまっているのかもしれないが。


「ねえ達矢くん。もしこれが試作機で、いつか閏時の機能が完全に使えなくなったらどうするの?」

「今となってはもう弥那のものなので、弥那がどうしたいかにもよるんですが。僕個人として正直なところを言えば、そうなる前に骨董屋に返したいところです。ですがいつまたあのカフェかどこかに時空の狭間が現れるかはわかりませんし、アポの取り方もわからないですし、どうしようか悩むでしょうね」

「そっか」


 いずれにしても、現代の技術ではとても出来はしないことをやってのける代物なのだ。今の時代にあってはいけないものであるとの認識もある。弥那の弟のように、何かしら良くないことに使われてしまう可能性もゼロではない。餅は餅屋という言葉もあるように、未来の骨董品は(未来の?)骨董屋に返すのが妥当な気がする。

 問題は、返したくても返せないという点だろう。


「ちなみにそのカフェ、私の前の職場だったんですよ」

「そうだったのっ?」

「ええ、だから達矢からこの懐中時計の話を聞いた時にはそりゃあもう驚きました。まさか自分の職場が時空間の特異点だなんて思ってもいませんでしたからね」



 ――そんな話をしていたのは昨日のこと。

 今日はマティバレィの定休日で、弥那は久しぶりに前の職場を訪れようとしたところ。

 そこに見慣れたカフェはなく、達矢から聞いていた通りの、昭和中期を思わせる佇まいの骨董屋が建っていたのである。



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