8カーソン伯爵家(3)
「勇者殿に付いて行きたいなど、、認められんぞ?」
「っっ!お、お願いします!」
クリアは伯爵に、深々と頭を下げた。急に目の前で時代劇が始まってしまい、剣人はたじろぐ。
クリアと伯爵の間の空気が凍っていた。
(うわ、、おもしろ。
えーいや、なんで? 俺が勇者、だから?
え~と、できれば強い人と一緒がいi((殴)
剣人はそんな事を思っていた。
確かに『強い人と一緒がいい』というのは生存本能として正しいものである。
『長いものに巻かれろ』『寄らば大樹の陰』というのは、生前から剣人の好きな言葉であった。
もちろん剣人は長くも大きくもない。
アリーセは不安げな表情でクリアを見つめ、夫の顔色をうかがっていた。
皆固まっており、依然として異様な雰囲気は流れ続ける。
剣人はそんな雰囲気から外れ、さらに一人考え事をしていた。
(あれ、そういえばここでは俺が勇者だってことになってるんだよな?
ならここにある『古くから伝わる文言』を王宮とやらに言えば、『ぱーてぃーふぇすてぃばる』に出なくていいんじゃないの? どうなんだろ?
2カ月は厳しくない?
っていうか、クリアって、いわゆる令嬢ってやつだよな、、、
なんか怖いっていうか、ヤバそうっていうか、お、お嬢様を俺なんかに預けて大丈夫です?
怖くなったらに、にげるかもぉしれないぃ、ですよ?)
「確かに他の男共のいるパーティーに入るよりは勇者殿の方が安心だが、、、」
(・・・)
食事の席に沈黙が降りる。
だが結局の所、というか勿論、全ての権限は剣人にあった。
剣人のパーティーであるのだから、それはそうなのだが、
伯爵は腐っても、剣人、つまり勇者より上の立場になれない。
伯爵の娘というだけのクリアなら尚更。
剣人が勇者であると、そう分かっているこの地での剣人の特権であった。
ふいに黒髪が風になびく。
そして剣人は前を向いた。
「・・・あの、クリア?」
「は、はい」
剣人がクリアに話しかけると、伯爵やクリア、その場にいた全員が剣人の方を見つめた。
一瞬狼狽えた剣人だったが、咳き払いをし、クリアに向きあう。
「なんで、付いてきたいの?」
〝いい事ないよー〟と剣人は心の中で付け足す。
クリアは透き通るような、それでいて芯の通った眼で剣人を見た。
(コバルト、、、)
クリアは少し自分の手に力をこめ、呼吸のタイミングに合わせて力を抜いた。
「私、騎士になりたいんです。」
少し顔を赤らめ、眼と同様芯の通った声で言った。
「きし・・・」
そういえば森の中で会ったときも剣を持っていたなぁ、と剣人は思い返す。
(やはり魔法が弱いと、ある程度は自衛のために必要なのだろうか。
貴族制度が残っているし、料理・嗜好品の種類から考えて、中世ヨーロッパほどの文明だろうから、治安が悪くても充分頷ける。
俺は運動神経皆無だから剣術などできない。
どちらにしても前衛が必要か、、、)
「やはり、ダメですよね・・・」
「・・・え?」
俯いてしまったクリアに対して剣人は首を傾げる。
「女が、ましてや令嬢が、騎士なんて本当はいけないんです。」
どんどん小さくなっていくその声に、変なの、と剣人は思った。
「別に、どうでもよくない?」
「「「え?」」」
伯爵、アリーセ、クリアが素っ頓狂な声を上げる。
執事や侍女たちは声は上げなかったものの、興味津々といったように動きを止めていた。
剣人はそういった反応に驚きはしたが、へたれでも、ビビりはしなかった。
自分の意見が間違っているとは思っていないので。
「え。だって、強ければよくないですか?」
剣人はそう言い、辺りを見回した。
その声は、みんなに聞こえた。
そしてみんなの心を掴んだまま離さなかった。
なぜか。
みんな、クリアをずっと育ててきた。
勿論クリアの夢は知っていた。
そしてクリアを騎士にしてあげたいという思いもあった。
けれど一介の伯爵が、一介の伯爵夫人が、一介の使用人が、世間に波風を立てられる訳がなかった。
でも勇者様なら。そんな考えを皆、巡らしていた。
単純明快の、優しさ。
それに、
クリアは強かった。
それはもう。
今日の夕食はいつもより美味しいな、と伯爵は思った。