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伏せ字

 ギジーの幸せそうな寝顔を頬杖をついて見下ろしていたトキツが異変に気付いたのは、ギジーの隣で一緒に眠っていた綿伝が急に飛び起き、キーキー騒ぎ始めたからだった。

 自ら話せない綿伝は言葉を乗せる人がいなければ何を訴えたいのかわからない。ジェスチャーしようにも手がないので、慌てふためく綿を見て目をぱちぱちさせるしかなかった。

 

 ドンッ……ドンッ

 

 扉に何かがぶつかる音がしたので開けると、ツバキが持っていたはずの綿伝がいた。トキツのそれと同じくキーキー騒ぎ立てている。これはツバキに何かあったと察し、能力で居場所を確認すると、ぐったりしたツバキを横抱きにして歩く男の姿が見えた。周囲に明かりはないのかうす暗くて明確な場所が判別できない。

 トキツをちらちら見て部屋を飛び出した綿伝の後を追った。

 

 たどり着いたのは屋敷の裏庭。護衛が立っていたので聞くが、知らないと言う。しかし外にいることは確実。屋敷の敷地外へ出るならもっと警備は厳重なので、この裏庭以外に考えられない。

 トキツは護衛を睨みつける。


「おい。本当に見なかったのか?男女が一組外へ行ったはずだが」

「知らないね」


 護衛が目線を逸らして答えた瞬間、トキツは護衛を壁に押し付けた。ナイフを相手ののど元へ突き付ける。


「外へ出たのはわかっている。どこへ行ったか知っているか」

「あ……ああ、噴水の方へ行った」


 能力で見える範囲を少し広げると、確かに噴水らしき造形物があった。


「誰が一緒だったかわかるか」

「……ケデウム副長官の息子だ。今頃お楽しみだろう」


 トキツは下卑た笑みを浮かべた男を離し、駆けだした。

 レオがツバキを攫いに来たのかと思ったが違った。それなら敷地外へ出ることはないだろうが、まずい状況なのは変わらない。

 走りながら能力で様子を確認すると、ちょうど噴水のそばのベンチに寝かされるツバキが見えた。

 男は乱れたツバキの髪を手ですいて、頬をなでる。口紅で艶やかにつやめく唇に触れた。


(それ以上は、触るなよ……!)


 裏庭は木々がうっそうと茂っていて見通しが悪く、目印になるような特徴のあるものがないので、詳しい場所がわからない。焦りだけが募っていく。

 やっと噴水へたどり着き、右回りで探そうと方向を変えたとき、男の悲鳴が聞こえた。


「うわあ!来るな!」


 声がした方へ一足飛びで向かう。

 そこには、ベンチに横たわるツバキと怯えて尻餅をついている男がいた。そばに落ちていた木の枝を振り回している。

 目をこらしてよく見ると、長細い何かが首をもたげて男を威嚇していた。ツバキを守っているように見える。


(蛇?)


 普通の蛇よりも大きく、小さくヒレのついた手があった。


「おい!お前!」

「ひっ!」


 トキツが声を荒げると、男は悲鳴を上げて転がるようにどこかへ逃げた。蛇のような生き物は男が消えるまで威嚇し続け、見えなくなると今度はトキツへ頭を向けた。

 じっとトキツを吟味するようににょろにょろと首を動かす。しばらくそうしてから、害はないと感じたのかツバキから少し遠ざかった。

 

 トキツは飛びかかってくるかもしれないと用心しながらツバキへ近づく。

 肩を揺すって声をかけると、ツバキが薄目を開けた。固い口を無理矢理動かす。


「…キ……さ……?」

「もう大丈夫だから」


 優しく声をかけると再び目を閉じた。

 トキツは小さな懐中灯を取り出して、ツバキに怪我がないか全身を眺める。 

 ツバキは体のラインがきれいに出る薄地のドレスを着ていた。鎖骨と肩を出し、スカートの裾は前側が短く、細い生足がすらりと伸びている。いつもより大人っぽい化粧に、甘い香水の匂い。聞こえるのは風が揺らす木々の音だけ。懐中灯のほのかな明かりが胸をざわつかせる。


 ごくり、と唾を飲み込んだ。


 思わず上げてしまった手は、何処へ伸びようとしていたのか。せめぎ合う葛藤がそれ以上進むことも下ろすこともさせず、中途半端な位置で止まっている。


 シャーという声とともに、殺気を感じた。

 見ると先ほどの蛇のような生き物がトキツを威嚇している。首を不気味に動かし、これ以上手をツバキへ近づけたら噛みついてきそうだった。


「分かってるよ」


 トキツは手を引っ込め、上着を脱いでツバキへかけた。




 

 数時間後、ツバキは重いまぶたを上げた。

 意識はぼんやりしており、わずかにしびれが残っている。


(私、どうしたんだっけ)


 ふと手にぬくもりを感じ、目線を下げるとサクラがツバキの手を握って祈るように額に当てていた。ギュッと握り返すと、サクラが満面の笑みを浮かべる。


「ツバキ様!!よかった」


 見慣れない天井。ここはどこか、何をしていたか思い返す。


「確か、エドワード様と話していて……」


 薬を盛られたことを思い出し、血の気が引く。体がガタガタ震えた。

 涙目になったサクラがツバキを抱きしめる。


「大丈夫ですよ。あの変質者は捕まえました」


 彼はこっそり城を出ようとしているところを発見された。セイレティアのことを恋人だとか運命の相手だとか話していたらしい。警察へ突き出したが、ケデウム州の副長官の息子という立場もあるので、後日ケデウム州警察に引き渡されるという。エレノイアの怒りを買ったため、エイラト州から永久追放されるそうだ。ジェラルドへも報告したのでケデウム州から出られなくなるかもしれないとのこと。

 安堵して、恐怖でこわばった体を緩ませる。


 その後、サクラからもらったお茶をゆっくり飲んでいると、外からダダダダダという音が聞こえた。徐々に大きくなり、バターンと勢いよく扉が開く。

 案の定オスカーだ。


「セイレティア!!大丈夫かい!もう心配ないよ。あの男は×××を×××して×××は××××しておいたからね!」

「…………」


 ツバキとサクラの顔がぼっと火が付いたように赤くなる。

 

「今夜は心細いだろう。僕とエレノイアが一緒に寝てあげるよ。おいで子猫ちゃん」

「遠慮しておきます」


 ツバキの目が遠くなる。このテンションの人が一緒なんて冗談じゃない。

 

「心配いりません。私がツバキ様のそばについていますから」

 

 サクラが助け舟を出してくれた。しかし。


「ああ!そうだね、四人で寝た方がいいよね。遠慮することはない、エレノイアのベッドは広いから」

「えっ。きゃあ!」

「ちょっとオスカー!」

 

 二人をひょいと両脇に抱えて、オスカーは上機嫌でぐんぐん進んでいく。

 先ほどの恐怖を感じる暇もないほどにぎやかな夜になりそうだ。


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