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番外編 皇女の影武者2

 免疫がなかった、ただそれだけ。故郷にはがさつで幼稚な男の子しかいなかったもの。

 ようやく目覚めたセイレティアにパーティーのことを報告しながら、サクラはそう自分に言い聞かせた。


「サタール国のシルヴァン……」


 セイレティアが顎に手を当てて考える。誰だったか思い出そうとしているようだった。


「ああ、第一王子ね。ジェラルド兄様の友人だったと思うけれど」


 サタール国はバルカタル帝国とウイディラという大国に挟まれた小さな国ながらどちらにも侵略されず生き残っているというなかなか強かな国で、シルヴァンは幼少の頃バルカタルに留学していたらしい。


「それで、そのシルヴァン王子はあなたにそんな歯の浮くようなことを言ってきたのね」


 セイレティアが嫌いな食べ物を前にしたときのような顔をした。隣でケーキを手づかみで食べるカオウに至っては、舌を出して苦いものを飲み込んだような顔だ。


「皇女としてどのようにふるまえばいいかわからず、逃げ出してしまいました。気分を害してしまったかもしれません」


 失礼な女性だと悪評が立ってしまわないかも心配だった。影武者として完璧に役目をこなせなかったと気落ちしてしまう。今なら、主人だったらどのような態度をとるのかわかるのに。


「たいしたことじゃないわ。でもサタールか」


 何やら思うところがあるのか、セイレティアは無言になる。やはりまずいことをしてしまったのかと青ざめると、代わりにアベリアが答えてくれた。


「サタールの王族は昔からバルカタルの皇族と婚姻を結んでいるの。同時にウイディラとも。それによって自国を守っているのよ」

「人質ということよ」

「セイレティア様」


 とげとげしい言い方をたしなめるアベリア。


「そうでしょう? 自分の娘を差し出したり、もらったり。きっと私はとても都合のいい存在でしょうね」


 魔力が高ければ権力者となれるバルカタルでは、代々女であっても皇帝もしくは州長官に選ばれており、サタールへ嫁ぐ女性の多くは傍系だった。

 しかし最近ウイディラがサタールへ圧力をかけているというきな臭い噂がある。より強固な関係を望むならば、現皇帝の妹は喉から手が出るほど欲しい存在だろう。


(ツバキ様の結婚相手候補のお一人)


 黒曜石の瞳を思い出す。彼はあの優しい眼差しの奥で何を考えていたのだろう。

 うつむいて口を真一文字に結ぶカオウを目の端に捕らえながら、サクラは空になった皿を片付けた。





 城の広大な庭園には居住する皇族個人用の区画がある。

 各人をイメージした庭園で、来客をもてなすときにも使用される。

 専用の庭師に頼むのが通例の中、セイレティアの区画は主にサクラが管理し、忙しい時や大掛かりな植え替えをするときは顔見知りの庭師数人に手伝ってもらっていた。


(綺麗に咲いてくれてる)


 椿の花弁にそっと触れる。主人のイメージに合わせ、椿だけは白色でそろえ清廉な雰囲気の庭になっていた。

 落ち葉を掃除しながら、これから暖かくなる季節に向けて他に何を植えようか想像を膨らませ、掃除が終わると花壇の雑草を除去したり害虫の有無を確認していく。

 汚れてもいいように園芸用の服を着ているが、庭師たちのつなぎはかわいくないので、服もサクラが縫った。下は黒色のズボン、上はストライプの布地を使い、ポケットのフラップには丸みをつけて、大きめの飾りボタンをアクセントに付けた。裾が広がらないよう紐を通し締められるようになっている。


 二時間ほど作業を続けていただろうか。そろそろ終わりにしようと両手を上げて体を伸ばす。


(残りは庭師さんたちにお願いしよう)


 ざっと今日の成果を見回し達成感を得る。作業中次に植える花と花壇の完成図も考えた。来週の休みに苗を仕入れよう。

 うきうきしながら道具を片付けていると、「こんにちは」と背後から声がかけられた。

 庭師以外ここへ来るのは皇族かお客様、どちらにしろ高貴な方々だ。

 皇族ならば侍女が先に声をかけて下がるように命じてくるだろうから、お客様だろう。それにしてもあまり見られるのはよろしくない。仕事には役割分担というものがあって、侍女が土いじりをすることを好ましく思わない方々もいる。庭師たちも最初は渋い顔をしていたが、皇族に不可能に近い庭園を要求されたりイメージに合わないと叱責されるよりは侍女に任せた方が得策だと気づいたのか何も言わなくなり、サクラの真面目な仕事ぶりを見て今では手伝ってくれるようになった。


「こちらはセイレティア様の庭園でしょうか?」


 そうです、と答えようと振り返って、固まる。


「シルヴァン殿下」


 さっと顔を下げる。鼓動が早鐘のように鳴り始めた。

 シルヴァンは庭師に顔を知られていると思わなかったらしく驚いている。


「かしこまらないでください。女性の庭師なんて珍しいですね」


 セイレティア付きの侍女だと言っていいものだろうか。化粧はしていないし眼鏡をかけているとはいえ、影武者だと気づかれる可能性はある。王族が下働きに気安く声をかけないでほしい。


「見てもよろしいでしょうか?」

「はい」

「ご迷惑でなければ、案内をお願いできませんか?」


 サクラは目を見開いた。女性としては眉を寄せられるような恰好をしている上に、土で汚れている。とてもじゃないが王族にまみえるような姿ではない。しかし王族の願いを無下にはできない。


「汚れておりますので、別の者を呼んでまいります」


 顔を伏せたまま答える。


「僕はかまいません。やはり椿をメインにしているようですね。咲いている時期に来られたのは幸運だな」


 かまわず歩き始めるシルヴァンに慌ててついていく。下を向いたまま、ちらりと目だけで横顔を窺うと、昨夜のような余裕のある大人の面影はなく、好きなおもちゃを見てわくわくを抑えられない顔をしていた。


「素晴らしいですね。椿は白だけなのに他の色鮮やかな花に負けていない。でも主張過ぎることなく上品にまとまっている」

「そうなんです!」


 サクラはぱっと顔を上げ、ずいと前に出た。


「椿の花言葉は『気取らない優美さ』、白い椿は『完全なる美しさ』。まさにツバキ様にぴったりの花です。他の木や花壇の花には白以外の色を植えていますが、椿だけ白色で統一したのは白銀色の髪に合わせておりまして、月夜にツバキ様が立たれるとまさに椿の花の精……」


 そこまでまくしたて、相手が目をぱちくりさせているのに気づき、下を向く。


「申し訳ありません」


 恥ずかしすぎる。しかも顔は見せないほうがいいのに。どうか気づかれませんようにと目をギュッと瞑る。

 数秒の間。


「…………」


 相手は無言。

 さすがに気になり、もしかしたら怒っているのかもしれないと恐る恐る顔を上げた。


「…………」


 手で口を覆い、笑いをこらえている。が、ついに吹き出した。

 ツボに入ったのか声を上げて笑い、サクラの肩に手を乗せる。


「いや、ごめん。本当にセイレティア様を慕っているんだね」


 その笑う様は昨夜とは別人のようだった。あの優し気な微笑みは少しだけ作られたものだったという気がした。


「ここの庭園は君が管理しているの?」


 いつの間にか敬語でなくなったが、相手は王子なのだ。こちらの方が自然だ。


「はい」

「他の庭園で見かけた庭師たちとは違う服を着ているね。制服ではなさそうだけど」


 城では職種ごとに制服が決められている。無地が多い中、柄物は明らかにそれとは違う。


「通りすがりの庭師です」

「そんなわけはないね」


 まあ、通用するはずがない。


「ツバキ様付きの侍女です。この服は私が作りました」


 シルヴァンはぽかんと口を開けた。

 驚く理由は、侍女が服を作ったり庭仕事をしていることなのか、ツバキ付きの侍女だったことにだろうか。おそらく両方だろう。

 

「元々趣味だった園芸や服作りを、ツバキ様が仕事の一環と認めてくださり、ここの担当になったのです」


 嘘ではない。セイレティアがツバキとして街へ降りるときの服も作っている。影武者が主な仕事なので侍女としての仕事は少ないのだ、とは言えないが。


「それで君は僕を知っていたんだね。セイレティア様の体調は良くなられただろうか」


 なぜ体調を気にかけるのか不思議に思い、昨日パーティーで影武者をしていた際、自分が倒れたことを思い出す。

 逃げるように去ってしまったが、シルヴァンの表情から推察するに怒ってはいないようで安堵した。 


「はい。シルヴァン様に助けていただいたと伺っております。ありがとうございました」

「それは良かった」


 シルヴァンは柔らかく目を細めた。

 じっと見つめられて心臓がきゅっと縮み、顔をそらすと、プリムラの花が目に留まった。

 

「不思議だな」


 シルヴァンの手がサクラの顎に伸びた。顔を上げられ、親指でそっと頬についていた土を拭われる。

 黒曜石の瞳に囚われたかのように、サクラはぼうっとしてしまった。


(また、昨夜みたいに)


 何も考えられない。どうしたらいいかわからない。

 免疫が、ない。

 

「サクラー。いるのー?」


 庭園の入り口の方からアベリアの声が聞こえた。

 シルヴァンの手が引っ込む。

 「ここです」とサクラが応えると、アベリアが大きな籠を持って現れた。


「ここでお茶会することになったから、手伝っ……」


 サクラの隣にいた人物に気がつき、萎縮する。


「シルヴァン殿下!?」


 さっと顔を伏せて礼をするアベリア。サクラに向けてなにやってんのよあんたと言わんばかりのオーラが漂っている気がする。

 止まっていた時間が急に動き出したように、顔が火照り変な汗が背中に流れ始めた。


「私の部下が何か致しましたか?」

「素敵な庭園でしたので、無理を言って案内して頂きました。セイレティア様がいらっしゃるのでしょうか」


 丁寧な言葉に戻り、爽やかな笑顔を作る。

 アベリアはすぐさま下がった。セイレティアに連絡に行ったのだろう。ほどなくセイレティアが現れ、シルヴァンの前に立ち優雅にお辞儀する。


「昨晩はありがとうございました」

「いえ、お元気そうで安心致しました」

「今日お帰りになられるそうですね」

「ええ、ジェラルド陛下に挨拶に伺いましたら、庭園を見る機会を頂いて、ついここまで来てしまいました。どの庭園もそれぞれ個性があって素敵ですね」


 ジェラルドや他の兄弟たちの庭も見てきたらしい。


「私の庭はこちらの侍女が作ってくれたんですよ」

「聞きました。椿の花がとても美しい」

「ありがとうございます」


 シルヴァンの笑顔に負けず輝くような笑みを浮かべるセイレティア。

 堂々と咲く椿の前に二人が並ぶ姿はまさに絵画のようだ。


(本物の絵)

 

 昨夜慌てて帰った後姿は、シルヴァンの目にはさぞ滑稽に映ったことだろう。所詮、偽物は本物にはなれない。

 胸が痛むのは、重要な役目を満足に果たせない自分の不甲斐なさのせいか、それとも。


 サクラは園芸用の道具を片付けるため、二人の邪魔にならないよう反対の道を歩き始めた。




 庭園から離れたシルヴァンは困惑していた。

 二つの大国に挟まれた小国サタール。生き残るため強力な後ろ盾を得ようと、幾度となく婚姻という縁を言い方は悪いがうまく利用してきた。そして、次期王妃の最有力候補は大国の一つ、バルカタル帝国の皇女セイレティアだ。

 魔力はさほど強くなく、病弱で臆病という噂があり、王妃に相応しくないと否定的な意見もあるが、地位は申し分ない。

 周りはそう信じている。

 周りは。


 そんなやり方で自国を保とうなど、いつまでも出来るわけがない。これまではバルカタル帝国が戦争をけしかける側だったから、ウイディラはバルカタルを刺激しないよう間にあるサタールと表向き友好なふりをしていたにすぎない。

 しかし、先代の皇帝から風向きが変わった。それを好機とばかりにウイディラが不穏な動きをしているという報告もあり、これまでのように婚姻関係だけで安眠を得るなど愚策に過ぎない。


 さらに年々上がる防衛費。肥よくの地以外これといった資源のないサタールは常に金策にあえいでいるというのに、国民を守るための防衛費を確保するため国民に重税を課そうとするなど本末転倒だ。

 それよりも、早々にバルカタルと同盟を結ぶなり、場合によっては属国に下る道を選ぶべきだとシルヴァンは考えていた。ジェラルド皇帝とも秘密裏に話を進めている。


 だいたい、皇帝の妹なんて高嶺の花すぎるのだ。大帝国から小国へ嫁ぐなど降嫁するようなものだから、気位の高い人なら屈辱と感じるかもしれない。

 

 そう考えていたから、昨夜のパーティーでは、早くお目当ての皇女と話をしろとせっつく両親から逃げるようにバルコニーに隠れていたというのに。まさかセイレティア自ら現れるとは思っていなかった。


 噂に違わぬ美しさ。しかしその表情は青くなったり赤くなったりせわしなく、凛々しい目元なのに遠慮がちな眼差し。美しいというよりかわいらしいという表現が合っていた。


 自分でも驚くべきことに、もっと知りたいと思った。しかし話せたのはわずかな時間で、するりと手から離れてしまった。だから心残りがあったのだろう、庭園に立ち寄り、期せずして再会できた。

 変わらず美しく、気品ある堂々とした佇まいに、強い意志を秘めた瞳。


 昨夜とは雰囲気が違った。体調が戻ったからと言われたらそうかもしれないが。

 ふと、微かに土の付いた親指に気づく。先程侍女の頬に触れた指。

 面白い侍女だった。頬を染める表情はまさに、昨夜の──。

 

(疲れているのだろう)

 

 頭を振る。自国のために、考えなければならないことが山ほどある。昨夜の想いは一時の気の迷いだったのだ。


 シルヴァンは指に付いた土を払い落とした。


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