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その後

 パレード終了後、犯行に関わったロナロ人たちは全員逮捕された。


 翌朝の新聞にも取り上げられたものの、前皇帝を狙った犯行よりも前皇帝の神秘的な力を大々的に報じてロナロの村やアフランおよびルファの名前も出なかった。

 また、村長および銃で前皇帝を狙った数名の極刑は早急に決まり、他は今後の裁判に委ねられることとなった。

 アフランとルファは、アフランが協力的だったことや境遇も考慮し刑は軽くなりそうだ。


 ということを、パレードから二日後の朝、ツバキはベッドに上半身だけ起こしてサクラから聞いていた。


「ルファの調子はどう?」

「少しずつ反応を示しているようです」


 自爆する寸前、カオウの空間に閉じ込められたルファはカオウが目覚めてから空間から出された。もちろん緑の石を解いた上で。

 幸い気絶していたおかげか、精神への影響は最小限ですみ、数日安静にしていれば回復するとのことだった。

 当事者のカオウはというと。


「やっばうまいなー」


 ズイニャを幸せそうに頬張っている。

 パレードの夜ツバキから与えられた魔力で傷もふさがり体力も元に戻り、すっかり元気になっていた。

 おかげでツバキは丸一日寝込んでいた訳だが。


「そのズイニャって……」

「やっとロウから取り返したんだ。ほらツバキも。あーん」


 ツバキに口を開けるよう促しズイニャを手ずから食べさせる。

 噛むと果汁が口の中に広がり、甘さが顔を自然とほころばせた。


「んで、こっちがアフランたちが買った外国産のやつ」


 ツバキの笑顔に満足すると、もう一度ズイニャを食べさせる。

 ツバキは違いを味わうようにゆっくり噛みしめた。


「こちらの方が少し甘さが控えめでみずみずしいね」

「だろ? ほらもっと食べて」


 カオウがさらにツバキの口元にズイニャを運ぶ。さすがに餌付けされている気分になったのか、ツバキは口を手で覆った。


「自分で食べられるわ、カオウ」

「だめ。体力つけなくちゃ」

「もう大丈夫よ」

「魔力を大量に消費したんだから、自分が思ってるより疲労してるはずだよ」


 ツバキは小首をかしげた。


「眠っていたから記憶がないのだけれど、そんなにあなたに魔力をあげたの?」

「それもあるけど、パレードの時おれを呼んだだろ。いつもの思念じゃなくて、違う方法で」


 今度は目をぱちくりさせた。

 確かにカオウを呼んだが、思念以外の方法など思い浮かばない。


「どういうこと?」

「うーん」


 カオウは目を瞑ってうつむき、その時のことを思い返す。


「おれは寝てて、夢を見てたんだ。ほとんどの内容は忘れたけど、夢の途中でおれを呼ぶツバキの声が聞こえた。そしたら、それまで見ていた景色が消えて、暗闇に浮かぶ小さな光に引き寄せられたんだ。その光の中に入ったら……というか、出たら、ルファがいた。んで、なぜかあいつをなんとかしなきゃ、緑の石を止めなきゃって考えに頭の中が支配されて、気づいたら空間に放り投げてた」


 目を開けてツバキの両手を握る。


「あれは、ツバキの能力で引き寄せられたんだと思う」

「そう言われても、私、そうしようと思ってしたわけじゃ……」

「うん。だけど、魔力をもらったときわかった。ツバキの魔力は以前よりずいぶん高くなってる。おれの能力も使えるようになってない?」


 ツバキはパレードで瞬時にルファの元へ移動したことを思い出した。

 カオウはツバキの表情からそれを感じとる。


「それなら、制御する方法を学ばないと。ツバキは授印の儀を禁止されてたから、そういう訓練の基礎も受けていないだろ」


 コクンと頷く。本来なら、幼い頃から訓練して授印の儀を迎える準備をするが、ツバキには不要だとそれさえ許されていなかった。


「訓練……」


 正直、魔力が高まったと言われても実感はわかないが、魔物を操るだとか、カオウのような能力を使えるとか、自覚できていない力が身の内にあるのだと思うと空恐ろしい気持ちにかられる。

 その感情も訓練したら抑えられるのだろうか。訓練したら、自由に能力を使えるようになるのだろうか。

 そこまで考えて、はたと気づく。


「訓練したら、カオウみたいに瞬時に移動できるようになるのよね?」


 カオウがニヤリと笑う。


「面白そうだろ?」

「うん。とーっても」


 ツバキも不敵に笑った。


 二人とは対照的に、制御を学ぶだなんて珍しくカオウがまともなことを言うと感心していたサクラは、真意を知って血相を変えた。

 ここ数日、主人は倒れて帰ってきている。魔力も高くなっているというし、また無茶をするのではと気が気ではない。


「ツバキ様、あまり魔力は使わない方が……」

「大丈夫よ。もう倒れないように制御する方法を学ぶのだもの」


 目がキラキラしている。こうなった主人はもう聞く耳を持たない。

 困った顔をしていると、ツバキは予想に反してしおらしい態度になった。


「……心配かけてしまってごめんなさい。それに、結局即位式のほとんどをサクラに任せてしまったわね」

「そ、そんな。私にツバキ様の代わりが務まったかどうか」

「パレードでの貴女はとっても素敵だったわ」


 騒動の最中だったためほんの少しだが、セイレティアとなったサクラを見ることができた。

 華やかな黄色のドレスに身を包んだその姿はまさにパレードに出ている自分を俯瞰しているようで奇妙な心地がするほどだった。

 女官仕込みの仕草も優雅で、本人ではないなど誰も気づかないだろう。

 サクラがいなければツバキも自由に動けず、ルファを止めることもできなかったかもしれない。そう考えると感謝してもし足りない。


「私のわがままに付き合ってくれてありがとう」

「そうおっしゃるなら少しは自重してくださいませ」

「あら、それとこれとは話が別よ」

「そうでしょうね」


 ツバキとサクラは、ふふと優しく笑いあった。


「それはそうと、シュン皇帝がお会いしたいそうです。準備してもよろしいでしょうか?」





 皇帝となったジェラルドの執務室へ通されたツバキはカオウと共に三人がけのソファに腰を下ろしていた。革張りの上質なソファはやや硬く、自然と背筋が伸びる。


 この部屋はつい昨日まで父親がいた執務室で、調度品も父親がいたときのまま。

 シンプルだが品の良い家具や、人物画が主流の昨今において雄大な風景画を飾るところから父親の性格が伺え、これから少しずつジェラルドの色に染まっていくだろうこの部屋を目に焼き付けるように、ツバキは隅々まで見回す。


「待たせてすまない」


 扉が開く音と同時に入ってきたジェラルドの声に我に返った。

 襟元のボタンを外しながら対面のソファにどさりと座った彼の顔はいささか疲れているように見える。以前から父親を補佐していたとはいえ、皇帝に就いた今ではさらに多くの仕事をこなさなければならないのだろう。


「お忙しいようですね」

「まあ、色々とな。それより、体調は良くなったか」

「おかげさまで」

「まったく、観衆の中にお前を見つけたときは肝が冷えたぞ」

「よく私だとわかりましたね」

「一応兄だからな。父上にもお前が出ろと言われていたのに」

「だって、心配だったのだもの」


 上目遣いで可愛らしくこちらを見るツバキに深いため息をつくジェラルド。


「……言っても聞かない奴だとはわかっていたが。やはり監視を厳しくする必要があるようだ」


 上目遣いのツバキの顔が不満げに歪んだ。


「監視って……どのような」

「たいしたことではない。綿伝を父上から借りた」


 綿伝とは白い綿のような魔物で、仲間内で意識が繋がっており、人の言葉は話せないが聞いた言葉は繰り返せるため、彼らを介して会話ができる。生きた携帯電話のようなものだ。元々ツバキの母親の授印だったが、死後数匹だけ父親の授印となっていた。


「セイレティアとサクラ、それからトキツに付かせる」

「トキツさんにも?」


 ギジーの能力があれば居場所を特定できる。GPS付き携帯電話になった。


「ああ。それから、トキツをセイレティアの護衛として公式に雇うことにした」


 公式ということは城内でも護衛されるということだ。これでは城からこっそり出ることもできなくなった。


「なんだか、してやられた気分です」

「というと?」

「トキツさんを私の護衛にしたのはロウではなくお兄様でしょう? 初めからトキツさんと綿伝を一緒に私に付かせるおつもりだったのでは。その口実を私は自ら作ってしまったように思うのですが」

「察しがいいな」


 ジェラルドは意地の悪い笑みを浮かべる。


「お前はもうすぐ公務で他州や他国へ行く機会が増えるから、融通のきく護衛と綿伝が欲しかったのだ。お前をどう説得しようかと考えていたが、命を危険にさらすほどじゃじゃ馬なら文句は言えまい」


 やはりじゃじゃ馬という言葉は兄発信だったのだとツバキは兄を睨んだ。

 ジェラルドは余裕でその視線をはねのける。


「どうせお前は監視をつけてもつけなくても自由に行動するのだろう。むしろこれ幸いと堂々とするのではないか?」


 図星を指され視線をそらした。


「代わりといってはなんだが、カオウをセイレティアの正式な授印と認めることになった」


 顔がぱっと華やぐ。


「それは、お父様がカオウを認めてくださったということよね?」


 この問いに、ジェラルドは肯定も否定もしなかった。

 ネルヴァトラスは今も決してカオウを認めず、印を解くことを願っている。

 だがカオウにその気はなく、ツバキも彼のそばを離れないのなら、拒絶よりも容認した方が得策だとジェラルドが説得したのだった。

 それは、カオウの監視をするためでもある。

 ジェラルドには龍であるカオウを手元に置いておきたいという思惑があった。他国に知られるのだけは避けたい。

 その考えに対して、ネルヴァトラスは皇帝はもうお前なのだからと譲歩しただけだった。


「これでカオウも堂々と城へ出入りできるね」

「おれは別に今のままでもいいけどなー」


 カオウは口を尖らせた。

 こっそり城に忍ぶのもなかなか楽しいのだ。


「好きなときにズイニャを食べられるのに?」 


 一転してカオウの顔も華やぐ。

 好きなときに好きなだけ好きなものを取り寄せられるならやぶさかではない。


「ただ、さすがに龍とは公表できないから大蛇とする。異論はないな?」


 カオウが頷くのを見てツバキも同意した。

 もうコソコソする必要がなくなるのなら、蛇か龍かはツバキにとって大した問題ではない。

 龍を授印にするなど帝国にとっては大問題なのだが。


「細かいことは後日連絡する。それまでは大人しくしているように」


 以上だ、と言うと、ジェラルドはまたせわしなく部屋を出て行った。


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