アフランとルファ 2
布袋に入った物を早朝届けるよう言われたある日。時間になるまで部屋で待機していたルファは物を両手に乗せたまま不思議そうに眺めていた。
「仲介物の中身は絶対見ないって約束しただろ」
アフランが注意しても反応がない。肩をたたいてようやく振り返る。
「どうした?」
「……なんだかこれを持っていると力が抜けてく気がする」
何変なことを言ってるんだと奪い取り、しばらく持っていると、わずかだが確かに違和感があった。体の中に流れる何かが吸い取られていくような感覚。
気味が悪くなりベッドに投げた。
「なんだろうね、これ。ちょっとだけ見てみようよ」
「だめだ。もしばれたらどうなるか…」
「ほんのちょっとだけ。ここを緩めたら覗けそうだよ」
「だめだ」
ルファは聞かず、数本の紐で固く括られているそれをこじ開けようと、袋の口付近にあった結び目に爪をひっかける。
少しずつ少しずつ丁寧に緩め、何とか作った隙間に無理矢理細い指をねじ込む。
ようやく解けた。
まだ外は暗かったので明かりをつけて確認する。
「赤い……宝石?」
高さ三センチほどのピラミッド型の物体が何個か入っていた。覗いた隙間は小さく手を入れて取ることはできない。
兄にも掲げて見せる。
だめだと言いながらも静観していたアフランは、数秒逡巡したのち、ちらりと中身を覗きこみ、すぐさま目をそらした。
「なんだと思う?」
「もういいだろ。そろそろ時間だ、ちゃんと結んでおけよ」
日が昇る少し前、食堂をそっと抜け出した二人は指定された場所へ向かった。待機していた同郷の男性二人に渡し、一通の手紙を受け取ると、アフラン達はその場を離れる。
「いよいよ来週か」
男性の声がなんとなく気になり、離れたふりをして隠れて聞き耳を立てた。
「やっと俺たちの積年の恨みを晴らす時がきたな」
「これで終わりではない。我々の力を示す第一歩だ」
「ああ、魔力がなくても殺せることをあいつらにわからせてやる」
「シェヴィッツ・シパシーバ」
そう言うと男性たちはどこかへ消えていった。
アフランたちは一目散に食堂まで走った。途中言葉は出なかった。彼らの言葉が頭の中でぐるぐる回る。
恨み?殺す?
食堂の前まで来ると一度息を整え、そっと部屋に帰る。まだ心臓がドキドキしていた。
ルファがアフランの腕をにぎる。
「ね……ねえ。殺すって聞こえたけど……」
「僕もそう聞こえた」
彼らは来週と言っていた。来週あることと言えば、真っ先に思いつくのは新皇帝の即位式だ。今、街の話題はそればっかりで、チハヤも他の従業員もパレードを心の底から楽しみにしている。
まさか、とは思う。しかし積年の恨みという言葉からも、バルカタル帝国に対してとしか考えられない。
「手紙、見てみようよ」
ルファの震える声。
手紙は糊付けされており開けばすぐにばれてしまうからそれはできない。しかし、この茶色い封筒はごく一般的なものだ。だったら。
アフランは皆が起きて仕事の準備を始める時間になると、こっそりチハヤの部屋へいき、同じような茶色い封筒を探した。
「あった」
封筒と、ついでに紙も数枚拝借する。
部屋へ戻って震える手で仲介する封筒から手紙を取り出した。
村長到着
十二時に待つ
旧ケデウム語でそれだけ書かれていた。
「アフラン!ルファ!なにやってんだい、時間だよ!」
チハヤの怒鳴り声が聞こえた。準備中のチハヤはおっかない。アフランは急いで新しい封筒へ入れて糊付けした。これで見た目はわからないはすだ。
昼前に受取人を見つけ、料理と一緒に手紙をそっと渡す。内心びくびくし汗が背中を伝っていたが、気づかれた様子はない。
仕事が終わると、アフランとルファは賄いも食べず部屋にこもった。
「村長が来てるの?」
「そう書いてあった」
村長はロナロの生い立ちについて前村長である父親から教わる。父親は祖父から、祖父は曾祖父から、歴代の村長から脈々と語り継がれている。それは出来事としてだけでなく、感情まで詳細に。故にバルカタルへの憎しみは色褪せることなく彼らの胸に生き続け、時代と共に変わる豊かな商人や旅人と、変化のない自分達の暮らしを比べ更に燃え上がっていた。
シェヴィッツ・シパシーバ(頭を仕留めろ)
それが村長の口癖だ。
村長は代々狩りの名手で、一発で獲物の頭を仕留めるよう教え込まれている。そして豊猟を神に感謝する祭りで村に古くから伝わる歌を歌い、バルカタルの皇帝を罵り、高らかに叫ぶのだ。
デオラ・ム・モルヴィアナト・シェヴィッツ・シパシーバ!
いつか必ず皇帝の頭を仕留める!
その時の彼の顔を、アフランは忘れられない。
村長が来てる。
憎悪の対象であるバルカタルへ来る理由。それは、皇帝を殺す以外、考えられなかった。